もしも空を飛べたら

小石原淳

第1話 ねえ、「ラピュタ」って書ける?

「や、やあ、貴江たかえ。どうしたんだい?」

「どうしたの。何か焦ってるみたい」

「そんなことないよ。ただ、びっくりした。だって、今日から一週間、おじいちゃんとおばあちゃんのために豪華クルーズ旅行に付き添ってあげてるんだろ?」

「ええ、そうよ。さすがにあの年齢で二人旅っていうのは怖いから」

「で、貴江達が乗る船Aって、出港したら携帯の類は使えなくなるんじゃなかったっけ? ていうか貴江自身がそう説明してくれた気がするんだけど。七日もの間、話ができないの、寂しいって」

「うん、言った」

「じゃあ、何で今電話できてるの? 出港は午後五時だと聞いてたはず」

「まだ五時三分よ。港を出てもしばらくはつながるわ」

「そそうなんだ。ししらなかったな」

「なあに? 声が震えて、どもってるみたいだけど?」

「気のせい気のせい。そっちはセレモニーかなんかでやかましいんじゃないのかな」

「セレモニーは賑やかに始まっているけれども、今私がいるのは部屋、客室よ。じゃなきゃ、静かに話せないじゃないの」

「そうか、なるほど、そうだよね」

「変だわ」

「な、何が」

「みっくんが。さっきから凄く怪しい」

「そんなことは――」

「あるの。みっくん、家にいる?」

「何言ってるの。いるに決まってるじゃないか」

「そうかなー。うーん、テストしてもいいよね?」

「テストって。学生の頃から苦手なんだけど」

「あなたが家にいるかどうかのテストよ。家にある物について、これから問題を出すわ。みっくんはその物を見ながらでいいから、答えてね」

「え、あ、ちょ」

「じゃ、スタートね。CDラックの前まで行って」

「ええ? はい、CDラックね――(これくらい間を取ればいいかな)――はい、着いたよ」

「ジブリアニメの一角があるでしょ」

「うん、あるね(よかった、ジブリアニメのことならかなり好きだから、正解する自信あるぞ)」

「その中に、『天空の城ラピュタ』関係の盤がいくつかあると思う」

「う、うん。ある」

「そこから、『天空の城ラピュタ』のサウンドトラック盤を取り出して。間違えないでよ。サウンドトラック」

「あー、イメージアルバムってのもあるな。これじゃなくて、サウンドトラック。よし、あった(小芝居成功、だろ?)」

「ケースを開いて」

「え。っと、開きました(ケースを開く音が向こうに聞こえなくても大丈夫だよな?」

「そこに入ってる歌詞カード、じゃないか、ブックレットを取り出して」

「はいはい」

「ブックレットの最後に歌詞が載っていたと思うんだけど」

「入ってる(歌詞に関する問題? さすがに簡単すぎないか)」

「歌詞の左隣に、映画からのシーンが上下に二枚、あるわよね」

「う……うん(やべえ。どんなシーンだっけ? 見た覚えはあるんだ)」

「二枚の内の下の方だったと記憶してるんだけど、パズーが小屋でシータにラピュタ伝説について話して聞かせている場面」

「あ、うん、合っている(まさか引っかけじゃないだろうな)」

「よかった。では、問題です。そのシーンでパズーが手に持っている書物には、表紙にアルファベットでラピュタと書いてあります。その綴りを読み上げてください」

「うん?」

 “みっくん”は思った。

(簡単すぎだろ。これでも自分、ジブリアニメはよく観てるんだぞ。貴江も知ってるだろうに。特に初期のは何度も目を通した。ラピュタの綴りくらい、簡単だ。大したファンじゃなくたって、言えるだろ)

 “みっくん”は、それでも一応、自分の太ももに指で書いてみた。うん、間違いない。

「どうしたの? 字が小さかったかしら?」

「いや、大丈夫。答えるよ。ラピュタのアルファベット綴りはLAPUTAだ」

「――ひどい! どこにいるのよ今!」

「え? え? 何で? 家だよ」

「嘘、ぜーったいに嘘! 帰ったら尋問だ――」

 電波が届かなくなったらしく、通話は突然終わった。

「おっかしいなあ。何でばれた?」

 “みっくん”はつい、独り言を口にした。小さな声だったので、離れた部屋にいるもう一人の彼女には聞こえなかったようだ。

(ラピュタはLAPUTAだろ)

 思いつつ、念のために検索してみた。結果はすぐに出る。

(ほら見ろ。LAPUTAだぜ。何を怒ってるんだ、貴江のやつ……というか、何で嘘を見破れたんだ?)

 今日は早めに切り上げて、二人の家に戻ろうかなと思った。すぐにでも『天空の城ラピュタ』サウンドトラック盤CDを手に取って、確認したい衝動に駆られている。

(ああ、もしも空を飛べたらなあ)




※『天空の城ラピュタ』サウンドトラック盤CDのブックレットに載っているカットでは、パズーの持つ書物の表紙には


   「RAPUTA」


  と書かれています。私(作者)所有の物では。

  のちに訂正版が出ているかもしれませんが未確認です。あしからず。



 おわり



追記

 その後、気になって検索してみると、映画の該当シーンでも「RAPUTA」表記であるとのこと。

 こうなった訳には諸説あるみたい。


・初期設定ではRAPUTAだった


・『天空の城ラピュタ』の世界では『ガリバー旅行記』が架空の物なのでRAPUTAとした


・LAPUTAだとスペイン語で「売春婦」の綴りと同じになるので、文字が出るシーンではRAPUTAに変えた


 個人的には三つ目が魅力的ですが、映画ではLAPUTAと綴られている箇所が複数出て来るので、残念ながら弱いかな。

 公式見解を知りたいものです。


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