異世界を制するのは剣でも魔法でもなく本!?

のほのほん

巣立ち

夕日が街に降り注ぎ町が赤らんでいる,そんな風景の中を、一人の高校生が歩いている。この高校生の名は髙木たかき 読どく。読というのは読書家の親が考えてつけてくれた名前で、珍しい名前でたまに同級生にいじられたりもするがそれでも読は自分の名前を気に入っていた。親の愛情をしっかり受けそれに感謝できる環境で育ったからだ。そうでなければ学校の帰り道に読み途中の小説の続きのことを考えワクワクしなかったであろう。もしかしたら学校にしか行かなくなっていたかもしれない。運命というのはそれほど可能性に満ちており、ちょっとした出来事が幸せを呼んだりはたまた後悔することになったりするのだ。そんな運命の大きな可能性を読は後々実感することになる。




読の毎日は将来のために高校に行くということマンガや小説のことで満たされていた。部活にも所属しておらず学校が終わり次第帰り、休日はたまに友人と遊びに出かけそれ以外は本の虫になっていた。人付き合いも苦手というわけではなくむしろ明るいふるまいで周りからは好かれ、嫌う者もほとんどいなかった。そんな読の風貌は比較的痩せており身長も175㎝あり顔も普通といった感じであった。




十分ほど歩き家にたどり着いた。読は7階建てのマンションの7階に住んでおり比較的恵まれている住環境に身を置いていた。エレベータはもちろんあるのだが、学校の体育の授業だけでは運動量が足りないと思い読は毎回階段を使っていた。そして今日も階段を上ろうとした時、読を呼び止める者がいた。




「あら読ちゃん学校終わり?」


松葉杖を片手に持った老人が話しかけてくる。




「あ、おばあちゃんこんにちは。そうだよ」


ちゃんと呼ばれる年ではないが、呼ばれなれているので今更あまり違和感はない。少し気恥ずかしい程度だ。読が小さい時から気にかけてくれて面倒を見てくれたりしたおばあちゃんで、遠方に住んでいてなかなか会えない本当のおばあちゃんたちのようにかわいがってくれる人だ。




「偉いねぇ勉強の調子はどうだい?辛いと思うけど頑張るんだよ」


その口調からは純粋に読のことを思っての発言であることが伝わった。




「まぁぼちぼちかなちゃんと勉強するから大丈夫だよ。おばあちゃんは今から散歩?」




「そうかいそうかいそりゃよかった。運動しないとだからねえ読ちゃんと一緒さ」




「ふふそうだね。足元に気を付けてね」




「ありがとねぇじゃあそろそろおばあちゃんは散歩に出かけるとするよ」


そう言っておばあちゃんは杖を片手に歩きだした。




夕日の温かさが階段の隙間から背中に伝わってくる。少し体温が上がるのを感じながら階段を上っていく、少し汗ばみだしたころ七階にたどり着く。少し呼吸を乱しながらポケットにしまってあるカギを取り出す。制服を脱ぎ部屋着に着替え冷やした麦茶を片手に、読みかけの小説が置いてある自分の部屋に向かう。エアコンをつけ少し肌寒いと感じる温度に設定する。麦茶でのどを潤し、エアコンが効き始めるまで


体を休める。エアコンが効き始めてからが読のお楽しみの時間だ。部屋を冷やした状態で毛布を足に被せ麦茶を飲みながら小説を読む、それが読のスタイルだ。読は毛布というかもふもふとした肌触りの良いものが好きなのだ。さすがに暑い時に毛布を被れるほど、暑さに強いわけではない。だからこそエアコンを部屋に効かせるという方法だ。そこまでして毛布を肌に触れさせておきたいというのは、なかなか変だが本人はその変具合には気づいていなかった。




一時間ほど小説を読み続けふと今の時間が気になり時計を見る。もう少ししたら母親が帰ってきて夜ご飯といった時間だ。時計を見たときふと近くにある木でできた箱が目に入り、箱をくれた人物との思い出が蘇ってくる。この箱は隣の部屋に住む大学生の結衣姉ちゃんがくれたものだ。幼馴染とも呼べる存在で、読が明るく人に好かれるようになったのは結衣のふるまいを近くで見ていたからというのもある。結衣は時にふざけたり突拍子もないことを言って周りを楽しませる天真爛漫を体現したかのような女性であった。そんな彼女の姿を読はここ二年見ていない。結衣と読は二歳程の年の差があるが、結衣が高校三年生の時彼女は部屋に引きこもり始めた。風の噂によれば充実した高校生活を送り、大学の推薦も決まっていた結衣を妬んだ同級生が色々結衣に嫌がらせをしたらしい。どれだけのことをしたら人を部屋に引きこもらせるのか、想像は容易ではないがさぞひどいことをしたのであろう。そんなことをする人物の嫉妬の対象になったのが運の尽きだ。




そうして過去に思いを馳はせていると、鍵が玄関のドアに差し込まれドアが開く音がした。だが一向に母親が家の中に入ってくる気配はせず、廊下を歩く音も聞こえてこない。違和感を感じ部屋を出て玄関


を見てみると、ドアが開きっぱなしになっておりドアの先には真っ白い空間が広がっていた。




「おおおおおおなんじゃこりゃあああ」


本来であれば近所迷惑になるためこんな声量で叫んではいけないが、目の前の状況を前にただ驚くしかなかった。




目をこすったりほっぺたをつねっても現状は何も変わらない。そうしているうちに少しづつ落ち着きを取り戻し始めた。




「見るからに異世界につながってるって感じだよなー。携帯も圏外表示、家の電話も何回もかけたけど繋がらない。帰ってきたはずのかあさんの姿も見当たらない」


言葉にすることで現状を確認していく。確認していくうちに多少は冷静になれていることに安堵しながら、これからどうするか考えていく。




「もう選択肢はドアの先に行くしかないか」


覚悟をきめ必要な準備をして靴を履く。準備といっても包丁などで武装したとかいうわけではない。自分を大切に育ててくれた両親と結衣姉ちゃん、かわいがってくれたおばあちゃん宛てに感謝の気持ちを紙に書着替え、出かける時用の動きやすい服に着替えたというだけだ。意味があるかはわからないがその行為は真の覚悟を決めるための、必要な儀式ともいえた。




靴がしっくりくるようにトントンと靴で地面を叩く。




「今までお世話になりました。行ってきます」


そうして読はドアの向こうの真っ白い空間へと足を運ぶ。周りを見渡してもただ真っ白なだけの世界が広がっているだけだ。後ろを見てみたがドアは消えており完全にこの後起きる何かを待つしか選択肢はなかった。

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