No.7 extra order
クリシェール
ナナと可奈美と子犬と義体と仕事
初夏の陽気に私も手足があればしっとりと汗ばむような季節になってきた今日この頃
大通りに面したオープンカフェのテラス席に腰を下ろしコーヒーを頼み可奈美を待つことにする。
注文する際に店員に怪訝な表情をされたが何かおかしいい所でもあっただろうか?
カバンから文庫本を取り出し目を通していると、注文のコーヒーが届き香しい匂いが漂ってくる。
コーヒーに口つけながら読書を続けていると
「ナナちゃんお待たせ!」
そう言って元気に近づいてくる黒に近い茶色のボブカットの女の子が居た。
「待った?」
そう言った彼女の問いにううんと首を振ると良かったと彼女は胸をなでおろした。
そうしていると再び店員がやって来て可奈美のオーダーを聞き立ち去っていく。
そう言えば…
「さっき注文した時あの店員に怪訝な顔をされたんだけど…」
私がそう言うと可奈美はキョトンとした顔をしたのちに笑い出した。
「それは、たぶんナナちゃんの格好の所為だと思うよ」
そう言われて自分の格好を改めて見る。
黒に近い色のジーンズにTシャツ、それに男性物の黒いレザージャケット…私的におかしい所は何もないのだが…
「だんだん暑くなってきたのにそんな真っ黒のジャケット着てるからだよ」
彼女は笑いながらそう言う。
確かに日も高くなり気温も上昇してきた近頃、地球温暖化だとかなんだとか騒がれて今年も例年より平均気温が高いらしいが…
「暑くないの?」
彼女の問いに私はあんまりと答える。
でもそうか、このジャケットが目立ってたのか…そう思いジャケットを脱ぐと今度は店中の視線を一斉に浴びてる感じを受ける。
「可奈美、なんだか私さらに目立ってる気がするのだけれど…」
彼女はハハハと苦笑いをしている。
「たぶん今度はその腕の所為だと思う…」
腕?
確かに私は義手であるがこの国にも義手の人もそれなりに居ると聞いてるし別段珍しいものでもないと思ったが…
私の義手はかつて私の主任研究員をしてくれた人の形見で特別ではある。やはり珍しいのだろうか?
半袖のTシャツの先から見える黒くてゴツゴツした装甲を持つこの義手は性能面を重視して外見を度外視したって主任は言ってたっけ?
女の子には似つかわしくないけど仕方がないとも言ってた気がする。
「よし、決めた!」
可奈美はそう言うと、私を真っ直ぐ見つめて
「新しい日常使いの義手義足を買おう!」
そう言った。
「別にこれで困ったことは無いわよ」
そう言った直後だった。
「君、ちょっと良いかな?」
そう呼びかけられて振り向くとそこには警官の姿があった。
「良かったね注意だけで済んで」
そう言って可奈美は私の前を歩き道案内をする。
結局は道楽でこんな義手義足をつけてると言うことにして厳重注意で済んだが、精密検査などされたらおそらくもっと面倒な事になってたかもしれない。
そう思った私は、何やら考えがある可奈美についていくことにしたのだった。
都心から少し離れた所にある下町の風情が残る通りにやって来て、しばらく歩いているとこれまた年季の入った工場が目に入ってきた。
可奈美はそこに躊躇わず入っていくと奥にあったこじんまりとした工房に足を踏み入れ
「あんちゃーん、居るー?」
と誰かを読んだ。すると奥から作業着姿のガタイの良い男性が現れる。短く切り揃えられた頭をかきながら欠伸をして
「可奈美か?どうした?」
と問いかけて来た。どうやら可奈美の知り合いらしいが、珍しい…男性だ。
「ナナちゃん紹介するね。従兄の伊藤彰。あんちゃん、こっちが友達の氷室ナナちゃん」
従兄か、通りで…
私は可奈美に促されるまま挨拶をしてそのまま立ち尽くす。
可奈美はニコニコとしてそのままで互いに挨拶を済ませた私たちはただ無言でなんとも言えない空気になっていた。
「あれ?ほかに話す事無いの?」
「あのな可奈美、ちゃんと説明をしろといつも言ってるだろうが」
「あー、そうだった。あんちゃん!ナナちゃんに手足作ってあげて」
「あーつまり客か…」
そう言うと頭をかきながら面倒くさそうに私を見つめてくる。
「とりあえず欲しいのは何処だ?腕か?脚か?」
「全部」
「は?」
どうやらこの男は義体技師らしい。私はジャケットを脱いでジーンズの裾をめくりあげて両手両足を見せる。
「…たまげたな」
そう言って男は近づいて来て私の手足をまじまじと見つめる。
「メーカー物じゃないのは一目でわかる。オーダーメイド品だが、何と言うか、格が違う感じがする。なんだこれ、初めて見るぞ!最近流行りの有機シームレスじゃなく、メカメカしいフォルム、使用してるのはカーボンケーブルか?いやそれよりも…」
そこまで聞いたところで私は咳払いをする。
「あー、取り乱してすまない」
「それで、私の手足作ってくれるの?」
「あ?あー金さえ払えば作ってやるが…」
そう言う男の視線は完全に私の手足に釘付け状態で話が進みそうにないのでいったん隠す事にした。
「いくら払えば作ってくれる?」
「あー、物による。どんなのが欲しい?」
するとここぞとばかりに可奈美が割って入り
「女の子っぽい物!それ以外はNGだからね!」
「…だそうです」
「そうなると、やっぱりシームレスの物になるかな?腕は肩からだな…足の方はどのあたりからだ?」
「両足とも大腿部の中程から下」
「となると、両手両足合わせて40万くらいだな」
40万か…貯蓄的にも問題は無いな、などと考えてると
「えーもっと安くしてよ」
と可奈美が駄々をこね始める。正直な話十分安いほうだと思うのだが…
「性能は?どの程度の物なの?」
「試して見るか?」
「ふむ」
「どうだ?」
悪くはない、やはり値段相応ともいえるが十分な性能ではある。
あるが…
「反応速度が若干いまいち、ラグがある感じがする」
「え?」
「軽い分強度も低いしパワーも貧弱ね」
「待て待て待て!」
そう言われて私は彰の顔を見る。
「日常使いなら十分すぎる性能だぞ!それにうちの工房じゃ最高品質って言っても過言じゃない代物だ!」
そう言われても、正直な感想を言うとスペック不足感は否めない。
「一体今までどんなものを使って…たん…だか…」
彰は私から取り外した右腕を見つめる。私は咄嗟に右腕を持ち上げ自分の体で隠す。
「なぁ、その腕見せてくれよ」
「断る」
壊されたらたまったもんじゃない。
「よく見ると細かい傷とかもあるしさメンテとかしてないんじゃないか?俺だったタダでメンテしてやってもいいぞ!」
確かにこの義手義足はずっとメンテナンスなどしていない。いつかどこかでしなきゃならないとは思うのだが…
この男は信頼できるだろうか?
いや、可奈美の紹介、ましてや身内なのだからある程度は信頼しても良いが、本当にこれを預けて大丈夫なのだろうか?
結局落としどころとして、新しい義手義足ができてからメンテナンスを依頼するかどうか決めると言うことになった。
「ひとまず、一か月後までに四本作るから、その時に細かい調整をするからまた来てくれ」
彰にそう言われて私たちは工房を後にする。
「一か月後か…」
…早くないか?
いや、遅いのか?
研究所に居た時はストックが大量にあったから製造工程なんて気にしたこともなかったが義手一本作るのに一体どれくらいかかるのだろうか?
そもそも主任は一体どんなペースで私の義手義足を作っていたんだろうか?
今思えばほぼ毎日の様に義手や義足を壊してた気がするのだが…
「それじゃあ、今日はこれでお開きだね」
可奈美はそう言って私の顔を覗き込んでくる。
「そうね」
短く返すと可奈美はニッコリと笑ってまたねと言い、駅の雑踏の中に消えていった。
私も帰路につこうとしたときにふと今晩の食べ物が何もない事を思い出し近くのスーパーマーケットによることにした。
スーパーマーケットに入ると様々な生鮮食品が並べられて居るが、私は目もくれずに総菜売り場へと脚を運ぶ。
最近知ったのだが、このくらいの時間になると総菜は安くなるらしい。
お金に困っては居ないのだが、可奈美がしきりに勧めてるくので私もこの時間帯に買い物をするようになってしまった。
買い物をしてる時にふと気づく
視線を感じる。
敵意とかそう言ったものじゃなく好奇心だとか珍しいものを見るような感じで他の人の視線を感じる。
やはり浮いているのか。
敵意じゃないからと今まで受け流していたが、そう言う風に気づいてしまったらなんかこう、むずかゆいと言うか、なんだか気になってしまう。
かと言ってジャケットを脱いでしまえばまた警察に職務質問されてしまうだろう。
正直この国ではこの手の戦闘用義手は違法なのだ。当然と言えば当然だ。この国は平和で誰かに守られるのが当たり前な日常なのだから、日常から危険は排斥されるのだ。
私の住んでいた世界とは全然違う。
今まで銃を握り刃物を振るい。様々な命を奪って来た私からしてみたらこの国の危険に対する意識の低さは多少目に余るところがある。
こんな日常いつ崩れ去ってもおかしくないのに…
総菜をいくつか取り、レジで会計を済ましてスーパーの外に出ると日はすっかり傾いてあたりは薄暗くなっていた。
路地を歩いているとだんだんと街灯にも明かりが灯り始め昼から夜へと変わりゆくのを実感する。
しばらく歩きとあるマンションに入り二階へあがってゆく。
そこの一番奥の部屋。それが私の今の住まい。
玄関を開けて中に入ると、かつては区切られていた部屋は今は無く、すべての壁を取り払ったワンルームと化していた。
いや、一番奥の一部屋だけプライベートルームとして残しては居るのだった。最近はあまり入りもしないが…
それ以外はコンクリートの打ちっぱなしの壁にフローリング、部屋の中央にテーブルと椅子が二脚。
そして壁側にソファーが一つあり、入り口から少し離れた所に後付けされたシャワーユニットがある。
それにあまり使わないテレビとその足元には新聞勧誘のしつこさに折れて取ることにした日刊紙が積んであった。
私はジャケットをハンガーにかけ買って来た総菜をテーブルの上に置くと、部屋の奥の方にあるむき出しのキッチンに足を進め、ストックしてた真空パックのご飯の封を少し開けて電子レンジに突っ込むと今度は服を脱ぎ脱いだ服をシャワーユニットの傍にある洗濯籠に乱暴に突っ込むと、シャワーユニット内にある鏡に向き合ってみる。
昔は黒かったが完全に金髪になってしまった髪に、どこか幼げな印象を受ける顔。
これ以上大きくなる見込みのない胸に引き締まった腹筋、そして異様なまでにゴツゴツとした義手義足…
半分無意識だったが私はこれを隠して生きていたんだなと、今日の出来事を思い出しながらしみじみと実感する。
そんなことをしてると、チンッと電子レンジが音を鳴らす。私は、電子レンジの前に行き暖められたご飯を手に取ると、流し台から箸を取り出しテーブルに着席する。
今朝の新聞に目を通しながら買って来た総菜とご飯を口に運び、夜になって昨日の出来事を確認する。
これが私の日常。
新聞にも目を通し終え、食事も済ませるとテーブルの足元にあるゴミ箱にごみを捨て、読み終えた新聞はテレビの足元に積む。
その後は、ソファーに横たわりただ何もせずぼーっとする。
現在仕事は無く、昔馴染みからの連絡も特に無い。貯金だけはあるのでそれでただただ何もしない毎日を過ごしている。
可奈美と会わない日はいつもこうしてるな…
そう思いながら瞼を閉じると、知らず知らずのうちに眠りに落ちてゆくのだった。
あぁ、これは夢だ。
心地よい風が頬をなでゆっくりと目を開ける。
そこには青空が広がっており私は芝生の上で大の字になって横になっていた。
見上げる空は遠くにあるはずなのに手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じる。
風に揺れる草木の香りも未だに思い出せる。
だからこれは夢だ。
近くに誰かがやってくる。
長い金髪に青い瞳、幼さの残る顔はニッコリと笑いかけ私に問いかけてくる。
「今、幸せ?」
その問いに私はいつも答えられずにいる。
そうだ、これは夢だ。
答えずにいると彼女は私から離れて振り向く
私は身を起こし彼女の方を見るとその時には彼女は全身から血を吹き出し崩れ落ちる。
これは夢なんだ…
私はその崩れ落ちる体をあと一歩の所で手が届かない
届くことは無かったんだ
目を覚ます。
部屋は薄暗く外は雨が振ってるようで部屋の仲間で雨音が聞こえてくる。
つけっぱなしの腕時計に目をやると時刻は午前7時、薄暗く感じるのは外の天気が悪いからだろう。
まだ少し眠たい、目をこすりながら流し台に足を運び顔を洗う。
顔をそこらへんにあったタオルで拭くとそれも乱暴に洗濯籠の中に投げ入れる。
雨が降ってるから洗濯には向かない日だなと思いながら、今日の予定を思い返すと、何の予定もない事が判明する。
と言うか、本当に毎日予定は無いのだが…
することもないので部屋の片づけでもするかと思ったその時だった。
部屋のインターホンが鳴りそこから聞きなれた声がする。
「ナナちゃん居る?」
可奈美だ。
今日は会う予定はなかったはずだが、不思議に思いながら私は玄関を開けると、そこには可奈美とその腕の中には子犬を抱きかかえていた。
「よかったぁ…ってナナちゃんまたそんな恰好してる!」
そう言われて私は自分の身なりを確かめると下着姿だったと言うことを思い出す。
私はため息をこぼしてから
「どうしたの可奈美、今日は講義なんじゃ?」
すると可奈美はハッとした表情を見せ
「そうだった!ナナちゃんお願いがあるのこの子を引き取って!」
そう言って抱えていた子犬を私に差し出してくる。
「…一応聞くけど、何この子?」
「大学への通学途中に捨てられてるの見つけて、でも私大学だしマンションはペット不可だから…」
「返してきなさい」
「酷い!こんな雨の中に放り出せっていうの!?」
再び深いため息をこぼし
「飼い主の責任を果たせないのに拾っちゃダメでしょ」
「こんなに小さい子なんだよ!たぶん生まれたばかり!ナナちゃんの所はペット可物件でしょ?お願い…」
たまたまペット可物件だっただけで買うつもりは無かったんだけど…
私はまっすぐに見つめてくる可奈美の顔から目をそらし、ため息をつく。
「…わかった、私の所で引き取るわ」
「ありがとナナちゃん大好き!」
私は子犬を受け取ると優しく頭をなでてやる。
「それじゃあ私は大学があるからまたね」
そう言うと彼女は元気よく立ち去って行った。
私は部屋に戻り、少し濡れていた子犬をタオルで拭いてあげ足元に置く。
子犬はまだ状況が呑み込めてい居ないのかその場から動かずにあたりをきょろきょろと見回している。
「私が飼うからには厳しくしつけるからね!」
私は子犬に向かってハッキリと宣言する。…この子犬がその言葉を理解するのにはそんなに時間はかからなかった。
私は洗濯籠からジーンズとTシャツを取り出し、それを身にまといジャケットに袖を通す。
それから、スマホで子犬の写真を撮り、傘を手に外出をする。
雨の中を歩き、まずは近場のペットショップに足を運んだ。そこで店員に子犬の写真を見せると
「あー、これは狼犬かもしれないですねぇ」
と言われた、話によると狼犬とは大型犬と家畜化された狼の交配種らしく育成が大変らしいが、しっかりとした信頼関係を結べればイエイヌよりも強固な関係になれるらしいが…
犬を育てた事無い私には荷が重いそうだ。
だが、その程度で私はあきらめたりはしない。何せ可奈美からの頼みなのだ。一度引き受けておいてやっぱり無理でしたなんてことは言えないし、言うつもりもない。
ペットショップで必要なものを一式買うと今度は本屋に行き、犬の育成に関する本並びに狼犬の事を書かれた本を片っ端から目を通して暗記する。
そんなこんなしていたら、部屋に帰り着くころにはすっかり日が落ちていた。
そして、私が部屋で目撃したものは、そこの子犬に散々散らかされた部屋だった。
それから一か月
今日は、待ちに待った義手義足の調整の日だ。
「ナナちゃんおはよー!」
そう言って可奈美が元気よく挨拶をしてくる。
「おはよう、可奈美早いね」
「うん、ダリルちゃんとも遊びたかったしね」
そのダリルちゃんと言うのは私が引き取った狼犬の名前だ。前に見たドラマの登場人物から名前をとったのだ。
で、そのダリルはと言うと私のそばで行儀よくお座りをしている。
「結構大きくなってきたねぇ」
「狼犬だからね、もっと大きくなるわよ」
可奈美はよしよしとダリルの頭をなでるとダリルも気持ちよさそうな顔をしてなすがままにされている。
「今日はお留守番良いね?」
私がそう言うとダリルは頷く。
「やっぱり賢いね!この子!」
まぁ、ここまで来るのに相当大変だったんだけど…
「明日は公園行くからね」
そう言うとダリルは嬉しそうな顔をしたのでそのまま部屋を後にした。
工房に到着すると彰が待ってましたと言わんばかりにお出迎えをしてくれる。
「準備できてるからさぁ、入ってくれ!」
そう促され私たちは彼の工房へ足を踏み入れる。
そして奥からできたばかりの手足を私の下へもってきて、
「どうだ?」
そう聞いてくる。
「思ったより軽いわね」
「あぁ、それぞれ4kg程しかない。だが耐久性には自信があるぞ!日常使いにはもちろんフレームにはアスリート用のカーボンフレームを使用したし、反応速度や精密操作にも気をかけてたみたいだからなちょっと値段が増したが最新式のパーツも取り寄せて製造したんだ!早速つけて見るか?」
早口でまくし立ててくる彰に多少気圧されながら頷く。
両手両足を換装し状態を確認する。
なるほど悪くない。
前に付けたものよりも反応速度も精密性も段違いに上がっている。
…まぁ、主任の義手義足ほどではないが
ともあれ腕は良いようだ。
「ここだけの話な、アメリカ産の軍用部品を利用したんだ。そこまでしたんだから文句はないよな」
「概ね満足よ」
「…これでも概ねなのか」
「それじゃあ、私の義手義足のメンテお願いしてもいいかしら?」
そう言うと彰は顔を輝かせ
「喜んで!」
嬉々として義手に手を伸ばしたのだが…
「…重ッ!?」
「片腕10kg、全部で40kgほどあるわよそれ」
「な、なんじゃそりゃ!?」
待合室で可奈美とアイスを食べながらメンテの途中経過を待っていると工房から彰が顔を出し。
「お前さんが俺の義手に文句つける理由がよくわかったよ。あの義体を作った奴は天才だよ」
主任の事を褒められて心なしか嬉しくなる。
「しかし、なんだありゃ。見たことない素材で作られてる。それがわからない限りはアレを超えるものなんて作れはしないし…ほぼほぼメンテナンスフリーの仕組みをしていやがった」
「…どういうこと?」
「あれの装甲の細かい傷とかを見れば結構使いこんでるのはわかるんだ、だが内部パーツはほとんど摩耗してないんだ。不思議なことにね。唯一壊れていたのが左腕の何かのヒューズがはじけ飛んでたこと以外故障らしい故障もない…一体どんな頭をしてたらそんなことを思いつくのか知りたいものだね」
そっか、やっぱり主任はすごかったんだ。
「その左腕治せる?」
「あ?まぁ、パーツ発注してそれが届けば簡単に治るな」
「それじゃあお願いするわ」
「そうか、…メンテ料金は大まけしてやるとして修理代は別途貰うぞ…それからその新しい義手義足の値段なんだが…」
「あぁ、40万程だったかしら」
「…120万円だ」
…え?
一瞬空気が凍り付く
「…跳ね上がったわね」
「まぁ、俺も若干採算度外視してたのはあるが…」
「だったらまけてよ!」
可奈美が食いつくが…
「それでギリギリ赤字にならない値段なんだよ!」
相当ギリギリまで安くしてくれたらしい
「払えないことは無いけど…今日はそんなに持ってきて無いわよ」
「あぁ、わかってる。だからまた今度で良い。その代わりこっちのこの義体はしっかりメンテしておくからそれを取りに来た時で良い」
「分かった」
「ナナちゃんごめんね、あんちゃんがポンコツで…」
「可奈美の所為じゃないよ」
口座の残金を確認する。
「足りる…足りるが…」
後々が恐ろしくなるくらいにはなる…
自由気ままな無職生活もここまでか…そう思いATMを後にする。
「どうだった?」
少し離れた所で私を待っていた可奈美が問いかけて来た。
「うん、大丈夫お金はあるけど」
「けど?」
「働き口を探さないとね」
「そっかぁ、どうしよう」
可奈美は本気で私の事を心配してるようだったが…
「大丈夫よ、何とでもなるわ」
そう思ってた。
まず初めに働いた場所はコンビニだった。
とにかくやることが多くドタバタとした毎日が続いた。
特に問題があったのが接客だった。どうやら私はとても不愛想らしい、それでお客からのクレームも何件か来たらしい。
それ以外は完ぺきにこなしてた自信はあったのだが…
ある日唐突に首にされた。
どうも、お客と揉めたことが原因らしい10対0くらいの割合でお客に問題があったと思ったがついついカッとなって手を出したことが失敗だったらしい。そのまま暴れる客を絞め落とし路上に放置したのはいけなかったようだ。
そう言った経緯で首となった。
次は工事現場の警備のバイトをした。
こちらは順調だった。何せ接客が無いのだ。あのわずらわしさが無いのは素晴らしいとさえも思ったが、ここでは身内とのトラブルに巻き込まれることとなった。
金を貸した借りただの言い争いをしていた同僚の仲裁に入ったのだが、気が付いたら私が二人を伸していたのだ。
それから職場の空気が何やらギクシャクし始めてやめることにした。
気が付けば、何度も職を転々としている内に面接も通らなくなってきた。
「…どうしてこうなった」
いつものカフェのいつもの席で可奈美とおしゃべりをしていた。
結局稼ぐどころか職に就くことすらままならなくなってしまっていた。
向いの席に座る可奈美もハハハと乾いた笑いをこぼしている。
「人間には向き不向きがあるからしょうがないよ」
そうは言ってもだ、働かなければ生活だってままならなくなるだろう。
こうなったら昔の会社に連絡をして仕事を斡旋してもらうか?
荒事なら慣れているのと言うか、私にはそちらの方が向いてる気がする。
「そうだ!ナナちゃん手品みたいなことができたよね?」
手品?
あぁ、そう言えば可奈美には以前私が超能力の訓練をしてるところを見られていたのだった。彼女はそれを手品と勘違いしてるらしいが…
「その特技を生かして何かやってみればいいんじゃない?」
「何かって…そんなアバウトな」
「ナナちゃんならきっとできるよ!私の大学にも在学中に起業して成功した人とかいるもん!」
私に起業しろと?
確かに、この国に住み始めて色々見えて来た事もあるが…
「…そうだ」
そう思い立ったが吉日。私は早速行動に移すことにした。
電気街をめぐり手ごろなラップトップの購入と複数の携帯端末の契約を結んできた。
「これで良し」
「結構お金使っちゃったけどそれで何するの?」
不思議そうな顔をする可奈美。
「起業するには初期投資が必要なのよ」
そんな話をしながら部屋に帰ってくる。
帰り着くなりすぐに電話をかける。電話の相手はかつて努めてた会社の同僚イーサンだ。
「もしもしイーサン?」
『あ?ナナかどうした?』
「私の装備はどうした?」
『どうしたもこうしたも、全部そのままになってるぞ』
「出来る限り最小限の装備をこっちに送って」
『あぁ…あ!?そっちって日本だろ!無茶を言うな!!』
「ならこっちの伝手で何とかするから荷造りしておいて」
そう言って通話を切る。
「で、これからどうするの?」
可奈美のその問いに行動で示す。
まずはラップトップを開きカタカタとキーボードを打つ。
「まずは仕事の為のホームページを作らないとね」
それを、ブラックウェブだのディープウェブだの言われてる部分に詰め込む。
後は実績作りと口コミで噂を広めさせる必要がある。
そうして私はいわゆる何でも屋を開業することとなったのだった。
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