12. 雑踏の中の少女

 小野田瑠璃は、長く緩やかなウェーブの掛かった茶髪を揺らし、高校生にしては派手なメイクで町中を堂々と歩いていた。

 身長も女子にしてはなかなかあるので、混雑した中でも目立っている。

 大きな胸もその要因か。確かに男好きのしそうな容姿だ。

「一人だね…。お仕事かな?」

 黒埜氏の口調には含みがあったが、それにツッコむこと無く僕たちは瑠璃の前に歩を進めた。


「失礼、小野田さん?」

 僕が声を掛けると、少女は足を止め、睨み付けるようにこちらを見た。

「おじさん達、誰?」

「探偵だよ。ちょっと話聞きたくてね」

 黒埜氏が告げると、

「はあ? 警察呼びますけど?」

 と取り付く島もない様子だ。

 頬に掛かる緩いウェーブの髪先を指に巻き付かせながら、警戒の目をこちらに向ける。

 

「時間は取らせないよ。

 ……ちょっと、この男について聞きたくてね」

 そう言って黒埜氏が見せた写真には、しかし確かな効果があった。

 顔色を僅かに変え、「チッ」と舌打ちまでしてくれる。

「……あたし、用事あるんですけど?

 時間ないんですけど?」

 より一層警戒心を高めながら、こちらを威嚇してくる。

 

「まあまあ。少しの時間で良いんだ。お相手のおじさんには、少し待ってて貰おうか」

 のんびりした口調で黒埜氏が言うと、分が悪いことを悟ったのか、わざとらしく溜息を吐いた。

「ちょっと待って」

 そう言ってスマホを取り出し、何やらメッセージを送っている様子。

 それが終わると、三人で建物の影に入り、早速僕たちは質問を始めた。沢山の人達が通り過ぎていくが、誰もこちらに注意を払う様子は無い。

 おおかた、風俗のスカウトに捕まってるようにでも見えてるんだろう。

 

「はい。手短にどうぞ」

 降伏の意思表示だろうか、両手を上にあげ、質問を促してくる。

「ありがとう。

 ではまず。この男、知ってるね?」

「エンドーさんでしょ。

 最近見ないんだけど、元気?」

 髪をいじりながら、興味なさそうに答える瑠璃。

「さあ。俺達も行方を捜してるんだ」

「……そうなの? どっか行っちゃったんだ?」

 どうやら遠藤がいなくなったことを本当に知らなかった様子だ。

「君達がパパ活とやらをしてる間、稼ぎの一部を彼に渡してたってのは本当かい?」

「……まーね。警察に言うの?

 それとも、学校?」

「いや、今のとこはそのつもりは無いよ。

 取りあえず、俺達の質問に答えてくれ。」

 黒埜氏の言葉を聞く表情は半信半疑といった感じだ。

 

「たしかに、二割払うことになってた。その代わり、トラブルになったら片付けてやるとか言って」

「それで律儀に払ってたの?」

 僕が聞くと、こいつ誰?って顔をまたされた。…最初に声かけたの僕なんだけど…。

「そりゃあ。…怖いし」

「…クスリも売って貰えたし…?」

 黒埜氏の言葉で、瑠璃の顔色が悪くなる。

「し…知らない。クスリなんて…」

 否定するが、声に微かな震えが混じった。

「さっきも言ったけど、今のとこどこかに通報するつもりはないよ」

 気のせいか、瑠璃の髪をいじる指の動きが早くなったようだ。

 

「最近、ああ、遠藤を最後に見た頃に、何か変わったこと無かった?

 例えば…捌くクスリの量が増えたとか、質が変わったとか」

 静かな黒埜氏の言葉に呑まれ、瑠璃の視線は落ち着きが無い。

「わ、わかんない…。そう言われたら、そんな気も、する…」

「羽振りが良かったりは?」

「うん…そう言えば、私たちに焼き肉おごってくれた…。それ以来、会ってない」

「行き先に心当たりは…?

 例えば、実家がどこにあるとか。聞いてない?」

「知らない…」

「小野田さん、今日は眼鏡どうしたの…?」

「ふえ? あ、あたし…? …裸眼だけど…?」

 不意に混ざった黒埜氏の変化球に、戸惑いつつも答える様は、本当のことを言ってる様子だ。雰囲気的に、遠藤の彼女は瑠璃では無いのかも知れない。

「そっか、ごめん。

 …遠藤の彼女って、誰か知ってる?」

「…知らない。聞いたことも無い」

「分かった。」

 その言葉で尋問が終わったと思ったのか、瑠璃が大きく息を吐く。

 

「…で。八木橋翠を追い込んだのはどうして?」

 その言葉で再び瑠璃は動きを止める。

 恐る恐るといった感じで僕と黒埜氏の顔を交互に見上げ、何度目かの溜息を吐いた。

「…はあ。何なの、あんた達。

 なんでミドリの話が出てくるの?」

「ちょっとね」

「…まさか、ミドリとエンドーさんて、なんか関係あんの?

 えっ!? ミドリが付き合ってたヤクザって、本当にエンドーさんなの?!」

 心底驚いた表情で、瑠璃のテンションが上がる。さながら、獲物を見付けた目だ。

「それなんだけどさ。

 その噂の出所が君だって聞いてるけど?」

「ああ、そのこと。

 知らないメアドから、写メ付きでチクりが来たの。ミドリはヤクザと付き合ってるって。

 パパ活もしてるし、クスリだってやってるって」

「そのメール、まだ残ってる?」

「消したし。そんな意味不明イミフなの、ソッコー消すでしょ、フツー?」

 何だか一山越えて、瑠璃の態度が馴れ馴れしくなった気がする。

 そう言えば、紫苑もこんな感じだったか?

 あっちはもう少し品があったが。

 

「利用できる物だけ、利用したと」

「……何。別にいいっしょ。アイツ、昔からムカついてたし」

「だから、嘘だと分かってる情報でも構わず周りに流した?」

「…………」

「そうか。悪かったね、時間取らせて」

「……別にいいけど。

 …それより、約束してよ? …警察にも、学校にもチクんないって」

「一つ条件がある」

「…何?」

 条件、という言葉で、また瑠璃に緊張が走るのが見て取れる。

「今後一切、八木橋翠に嫌がらせをしないこと。君も、君の友達も。

 出来れば翠が嫌がらせを受けてたら、助けてやって欲しいくらいだ」

「……はあ?

 そんなことでいいの?」

 拍子抜けした表情で黒埜氏を見る。

「ああ。それで充分」

「ふーん…。あたしがヤクザにあんた達の事を話して、この辺歩けなくなるとか考えないの?」

 余裕が出たのか、瑠璃の顔に年端に見合わない邪な笑みが浮かんでいる。

 

「考えないさ。俺達の雇い人はそのヤクザだからね。君が思ってる以上に、エンドーさんは厄介事になってるんだぜ」

 その言葉に、瑠璃の笑顔が消える。

 半分は嘘なのだが効果は覿面だったようだ。

 

「君が良い子にしてたら、誰にも君の名前は出さないでおいてやるよ。パパ活は自己責任で好きにすれば良い」

 黒埜氏の悪戯混じりの脅しに、小野田瑠璃は、ただただ首を縦に振るだけだった。

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