第62話 シンクロとJK

 髪を乾かした奏音が合流し、夕食を食べ始める。

『俺が作った』ことに対してちょっと警戒していた奏音も、一口食べた瞬間「イケるじゃん」と褒めてくれた。


「だから言っただろ。俺だってこれくらいは作れるってわけだ」


 ちょっと得意げに言ってしまったが、奏音は俺と野菜炒めを交互に見比べる。


「な、何だよ?」

「焼き肉のタレ最高」

「ふふっ――」


 その瞬間、ひまりが小さく噴き出す。

 俺と同じセリフを奏音が言ったことが面白かったのだろう。


「えっ、何?」

「ううん、何でもないよ」

「そんなわけないでしょ!? 何かあるから笑ったんでしょ!?」


 ひまりはチラリと一瞬だけ俺の方を見てから続ける。


「ええとね、やっぱり駒村さんと奏音ちゃんは血が繋がってるんだなぁって」

「へ…………?」


 目を丸くした後、今度はいぶかしげな目を俺に向けてくる奏音。

 俺は少し照れ臭かったので、つい目を逸らしてしまった。


「もぉ~何なのさ~。気になるじゃん」

「……つまり、焼き肉のタレは最高ってことだ」

「ん?」


 少し間を空いてから、奏音の目が泳ぎだした。

 ようやく意味がわかったらしい。


「あ、あぁ~……。うん、まぁ、大抵の食材には合うし、便利だよね……」


 ぎこちない態度になった奏音を見て、ひまりはまたくすくすと笑うのだった。






「ごちそうさまでした」


 手を合わせて挨拶をする俺たち。

 自分で作った飯の後の挨拶は、ちょっとだけ特別な感じがする。いつも奏音に感謝している気持ちとは、また違った感覚だ。


「ごめん、今日は早く寝るね」


 流し台に食器を運びながら奏音が言う。

 やはり疲れているのだろう。目の下に隈も出ている。


「奏音ちゃん、文化祭ではよく動いてましたもんね。お疲れさま」

「ちゃんと歯磨きしてから寝ろよ」

「さすがにしてから寝るってば」


 洗面所に向かう奏音の背中を見送ってから、俺とひまりは顔を見合わせた。


「駒村さん、あの――」

「かず兄、歯磨き粉の新しいやつどこに置いてる?」


 突然洗面所からひょこっと顔を覗かせた奏音に驚いたらしく、ひまりは小さく肩を震わせた。


「……あ。この間ティッシュと一緒に買ってからそのままだ」

「てことは上の棚? もぅ~。私じゃ届かないよ」

「すまんすまん」


 洗面所に行き、奏音の代わりに歯磨き粉を取る。

 奏音は三人の中で、一番背が低いということを忘れていた。

 この同居生活も慣れてきたと思っていたが、女の子の視点になって考えることはまだ難しいな。


 キッチンに戻ると、ひまりは流し台の前でボーッとしながら立っていた。


「それでひまり、さっきは何を言いかけたんだ?」

「あ……。すみません、やっぱり今はやめておきます」


 ひまりはそう言うと、そそくさと俺の部屋に向かう。


 何だろう。気になる。

 でも、今すぐに言わなければならないことではないってことだよな。

 ま、そのうち言ってくれるだろう。


 ひとまず食器を洗うため、俺はスポンジを手に取った。






        ※ ※ ※


 頭から布団を被った奏音は、布団の中でモヤモヤとした気持ちを抱えていた。


 結局、母親から返事が来たことを和輝に言うことができなかった。

 あのメッセージにどういう返事をすればいいのかわからないのもあるし、何より和輝に心配をかけたくない気持ちが強かったからだ。


 でも――。


「もう少し甘えても、いいのかな……」


 気付いたら、二人に聞こえないほどの小さな声を洩らしていた。


 思い出すのは、奏音の家で頭を撫でてくれたあの手。

 あの時初めて、大人の男性の手の感触を知った。

 奏音の頭をスッポリと覆う手は、少し硬かったけどとても優しいもので――。


 思い出した途端、奏音の胸はキュッと痛くなる。

 でも決して、嫌な痛みではない。


『お前はまだ子供だ』


 ――だから我慢しなくていい。


 あの時声には聞こえなかった。けど、和輝はそう言ってくれた気がした。

 きっと自分の勘違いではないはずだ。


「でも、わからないよ……」


 思い返せば、子供の頃からずっと我慢してきた気がする。

 参観日に運動会、春休み、夏休みに冬休み――。


『家族』を意識せざるをえないイベントが訪れる度に、奏音の胸の内にモヤモヤした灰色が生まれていた。

 しかし奏音にとって、既にそれは当たり前のことで。

 我慢することが、当たり前で――。


 だから、大人や他の誰かに助けを求める方法が、最初のひと言がわからなかった。


        ※ ※ ※ 

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