第48話 友達とJK
奏音とひまりの前に、注文したイチゴパフェが置かれる。
逆三角形の細長いグラス容器の中で、白と赤色とピンク色が綺麗なコントラストを描いていた。
「いただきまーす」
奏音はパフェ専用の長いスプーンで、一番上にのっているアイスクリームを豪快に
そして大きな塊となったアイスクリームを、躊躇することなくパクッと一口。
「んっ、つめたーい」
頬を抑える奏音の顔は、この一瞬のために生きていたのだ――と思わせるほど幸せそうだった。
奏音が一口で食べたアイスクリームの大きさにポカンとしていたひまりも、我に返り頬張る。
二人はオープン形式の喫茶店の一角にいた。
休日とあって、席は奏音たちのような若い女性でほとんど埋まっている。
「要するにさ、かず兄は子供には興味ないってことじゃん?」
突然切り出した奏音に、ひまりはピクリと肩を震わせる。
「う、うん……そういうことだよね……」
奏音はウエハースを半分齧り――。
「でも高校卒業してちょっとしたら、私らも成人だし? だから今もそんなに変わらないと思うんだけどな」
その言葉でひまりの瞳孔が開く。
奏音は残りのウエハースにアイスクリームを乗せてから、さらにひと齧り。
「そもそも、そんなハッキリくっきりとした『大人』との境目ってない気がするんだよね」
「え?」
「うー……なんて言えばいいのかな。法律的なことじゃなくて、気持ち? 的な? 20になったらいきなりパキっと大人になるかというと、そうではない気がして……って、わかる?」
「んーと……。奏音ちゃんの言いたいこと、大体わかります」
「マジで?」
「はい。例えば、小学生の時、高校生ってすごく大人に見えていたじゃないですか。
でも実際に自分が高校生になってみたら、心は小学生の時とそれほど変わらないままで……。
なのに『高校生』と呼ばれる存在になったのは事実で。
本当に私は高校生って呼ばれていいのかな、自分の肩書きと心のバランスがついていってないんじゃないかな――というのを感じてたんです。
奏音ちゃんが言いたいのも、そういうことだよね?」
一気に言い切ったひまりに、しばし奏音はパフェを頬張るのを忘れてポカンとしていたが――。
「そう! それが言いたかった! え、ひまりやば……。私の心読んだの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「つまり、私とひまりとは通じるものがあるってことだね。うんうん」
ひまりは奏音の言葉に小さく笑う。
単純に奏音の言葉が嬉しかったのだろう。
(んー……。かず兄は私らが『高校生』だからそういうふうに見ていないだけであって。でも私らが『高校生』じゃなくなった瞬間にいきなりそういう気持ちになるとは、あんまし考えられないし……)
アイスクリーム部分を食べ尽くした奏音は、イチゴジャムとムースのゾーンにスプーンを深く入れながら思案する。
「やっぱり、今の内に種まきはしてた方がいいよなぁ~……」
「え?」
いきなりの奏音の独り言に、ひまりはきょとんとする。
奏音は慌てて手をパタパタと振ってみせた。
「あ、いや――なんでもない。とにかく、まだ諦めるのは早いじゃん? てこと」
掬ったイチゴジャムとムースを頬張る奏音。
「うん……そうだよね。私、ちゃんと告白していない。だからまだ、希望は持ってていいんだよね――」
ひまりの頬に少しずつ赤みが差す。
応急処置かもしれないが、ひとまずひまりを元気づけることはできたようだ。
とはいえ、奏音は複雑な気持ちだった。
(普通に考えたら、ひまりは恋のライバルってことだよね。何で私、こんなことしてんのかな……。自分で自分の気持ちがわかんないよ……)
パフェを食べて自分の気持ちも紛らわせるつもりだったのに、それは上手くいっていない。
考えるほど胸にザワザワしたものが広がるので、奏音は無心でパフェを食べ続ける。
ひまりが食べる倍の速度でパフェがなくなっていくことに、奏音は気付かないままだった。
喫茶店を後にした二人は、上階にあるゲームセンターの中にいた。
様々な音が洪水のように入り乱れる中、二人はクレーンゲームを一つずつ見て回る。
「奏音ちゃん見てこのお菓子。めちゃくちゃ大きい!」
「え。ほんとに超デカイじゃん。もはやギャグじゃん」
普通より数倍大きいスナック菓子の景品を見て、はしゃいでいた時だった。
「あれ? 奏音じゃん!」
「ほんとだー。やっほー!」
不意に名前を呼ばれ、奏音は勢い良く振り返る。
そこには見知った顔が二つ並んでいた。
「ゆいこにうららじゃん」
突然現れたクラスメイトの二人に奏音は目を丸くする。
ゆいことうららは小さく歓声を上げながら、奏音とひまりに近付いた。
「奏音と学校の外で会うの、なにげに初めてだよねー。もしかして家はこの近く?」
「いや、そーでもない」
「そっちの子は?」
二人の視線がひまりに向く。
ひまりはぎこちない笑顔で軽くお辞儀をした。
「あ、えーと……この子はひまりっていって――私のいとこだよ。私らと同い年」
「へえー。そうなんだ」
「かわいい!」
「ど、どうも……。ひまりっていいます。はじめまして」
奏音がいきなり付けた『いとこ』設定に、ひまりは素直に従うことにした。
その方が詮索されずに済むと考えたからだ。
「はじめましてー。ゆいこでーす」
「うららだよ。よろしくねひまりちゃん」
二人は続けて自己紹介をする。
「奏音たち、この後何か予定あんの?」
「んー、特に。ぶらぶらしてるだけ」
「そうなんだー。じゃあさー、どうせだし皆でプリクラ撮らない?」
奏音とひまりは顔を見合わせる。
ひまりは少しはにかみながらコクリと頷いた。
どうやら特に抵抗はないらしい。
「うっし。そんじゃ早速いこー!」
「いこいこー!」
やけにテンションの高い二人の後に、奏音とひまりも続くのだった。
プリクラの匣体が並ぶエリアに着いた四人は、早速中に入り様々なポーズを決めて写真を撮る。
そしてシールが出てきてから、近くに備え付けられた小さな丸テーブルに移動した。
「ひまりちゃん、何で全部手の向きこれなの?」
「あ、それ私も撮ってる時に思った。お気にのポーズ?」
ゆいことうららが、近くに置いてある鋏でプリクラを切り分けながら尋ねる。
「えっ? それは――ネイルが可愛いから、記念に撮っておきたいなぁって。でもさすがに蝶は小さいからわかんないですね」
「もしかして今のネイル気に入ってる?」
「……うん」
奏音が聞くと、ひまりは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
そういえば友梨がマニキュアを持ってきて以降、変えていない気がする。
よく見ると爪が少し伸びて、根本の部分に本来の爪の色が見えていた。
「そんなに気に入ってんならまた塗ってあげるけど。シールも友梨さんから貰ったやつ、まだいっぱいあるし――」
奏音は言葉の途中でひまりの表情の変化に気付く。
笑っているのに、どこか寂しそうだった。
「これで家に帰ったら、たぶん怒られちゃうから……」
「え? そうなの?」
「キビシー家なんだね……」
「………………」
奏音は何も言えなかった。
ひまりの学校が、こういうお洒落を一切禁止しているのかもしれない。
でもひまりが『怒られる』のは、それだけが原因ではない気がした。
ひまりの夢を認めず、道具を勝手に捨てたという両親。
詳しい話は聞いていないので、どういう人たちなのかは奏音は知らない。
それでもひまりのこのような顔を見ると、あまり良い感情は抱けなかった。
奏音は『自分には両親が揃っていない』ということに、どうしようもない虚しさを抱く時があった。
友達や同級生を羨ましく思ったのも、一度や二度ではない。
でも両親が揃っていても、ひまりのように心が満たされていない子供もいることを知った今は、とても複雑な気持ちを抱くのだった。
その後四人はゲームセンターの中を遊んで回った。
エアーホッケーで白熱したバトルを展開し、レーシングゲームでは全員がコースから外れまくるグダグダさで、お腹が痛くなるほど笑った。
カップ式の自販機でジュースを飲み一息ついたところで――。
「んじゃ、私ら服を買いに行くからじゃあね~」
「また~!」
と、ゆいことうららは離脱していった。
再び二人きりになった奏音とひまりは、通路の真ん中に等間隔で並んでいるベンチに座る。
「ひまり、いきなりうちの友達がごめんね」
「ううん。凄く楽しかったよ」
「そっか……。それなら良かった」
ゆいこもうららも『陽』の気を常に放っているタイプなので奏音は少々不安だったが、ひまりが特に抵抗なく受け入れていたことに安堵する。
「ひまりはさ……」
「ん?」
「あ、いや――」
和輝のこと、ひまりの家のこと、ひまりの学校や友達のこと、これからのこと――。
聞きたいことや言いたいことはたくさんあるのに、奏音は上手く言葉にまとめられなかった。
その奏音を見てひまりは何か感じるものがあったのだろう。
ぽつり、と言葉を
「……実は私、ちょっとバイトに行くのが怖くなっちゃってて……」
「え――? どうしたの? まさか嫌がらせとか――」
「ううん、そういうのじゃないよ。でも……今日奏音ちゃんとこうやってお出かけして元気出た」
「本当? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとね奏音ちゃん」
「そっか……」
相変わらず何があったのか詳しいことは教えてくれないけれど、それでもひまりからそのように言ってもらえたことは嬉しかった。
「あのさ、ひまり……また、遊びにこようね」
「うん! またバイトが休みの日に」
朗らかに笑うひまりを見て、今日は来て良かったなと心から奏音は思った。
※ ※ ※
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