第2話ファフロッキーズ
宗司の入部間もないある日の放課後、3人は徳川町に足を運んでいた。
ある古美術商で売られている古刀は持ち主を祟る妖刀であり、何人も持ち主を乗り換えているらしい。
依頼主の実家が売りに出した物で、祖父の持ち物らしい。
「信じてるのか?侑太」
「うるせーな。俺も十中八九嘘だろうとは思ってるけどさー、本物って仮定してあたるほうが面白いじゃん?…そうだ、ところで藤堂」
なぜあの場に現れたのか、と侑太が尋ねる。
「家が近い…ていうのもあるけど、胸騒ぎかな、嫌な予感がしたんだ」
「…お前、幽霊見たことある?」
「幽霊…て言われると困るけど、妙な人物がたまに目につくことがあるな」
侑太は思案気に唸る。
宗司が何故現れたのか、わかった気がした。霊的魔的な力に敏感な人間、というのは意外と珍しくない。
「俺も聞いていい?2人とも、妙に慣れてるみたいだったけど」
「あー、あの手のとは何度か会ってるからな」
「僕は中学の頃、高島君に助けてもらって…」
「おな中?」
話したのは卒業間近になってからだがそうだ、と侑太は答えた。
間もなく、3人は噂の古美術商に入店。瓦で葺いた庇の下に立ち、古色の浮いた引き戸を滑らせると中年の店主が3人を珍しそうに見た。
「何か感じる?」
「いや…」
侑太が店内を眺めまわすが、表情は渋い。貞夫は興味深そうに陳列された品物の間を歩いている。
「空振りかな…」
すぐに3人は店を出る。
侑太が店主に最近引き取った品物を尋ねると、彼は怪訝な顔で一振りの日本刀を示した。やはり何も感じられない。
噂の検証はあっけなく終わったが、高校生には縁のない店の中は見ていて新鮮で面白く、宗司はそれなりに楽しかった。
店を出た3人は最寄りのバス停に向かって歩く。
突如、侑太たちの前に何かが落ちてきた――大きな鯉だ。呆気にとられた3人が顔を上げると、空から今まさに大量の魚やボロボロの靴などが落ちてくるところだった。
まだ戸を潜って30秒も経っていない。古美術商に引き返した3人は勢いよく戸を開け、外の様子を窺う。
眉を寄せた店主だったが、外から響く驟雨のような音を聞きつけると侑太達と同様に外を出る。
あっと驚きの声を上げてから、天守は扉を閉めた。音が止んだ事を確認して、戸を開けると店の前の道路には大量の魚やごみ同然の靴や浮き輪などが散乱していた。
「なにこれ…?」
「ファフロッキーズか」
「詳しいな!」
「真倉センセイの影響でな、初めて見た」
妖刀の調査などもはや過去の話、3人は早速ファフロッキーズ現象の調査に入った。
落下の範囲を確かめ、落ちてきたものを撮影する程度だが。外に通行人がいれば、侑太が過去に同様の事件があったか尋ねる。
「そういえばさ、何か月か前に無かった?」
「…どこだっけ、富山?」
2人は心当たりがある風だが、宗司はわからない。
同じような話がニュースでやっていたと、貞夫が教えてくれた。
聞き込みをしてみると、何人かが2か月ほど前に富山で起きた同様の事件を覚えていた。それ以外に収穫は無く、パトカーがやってくると3人はその場を後にした。
徳川町で起きたファフロッキーズ現象は、その日のうちにニュースになったが注目を集めたのは1週間までだった。
新聞の地方欄に小さく乗った程度、地上波のニュースでは読み上げられもしない。現場に近い人々を除けば、あえて騒ぐほどの価値はないのだ。
それは研究会も同じ。
3日後に同様の現象が今池の広小路通付近で起きて以降、空から飛来したものはSNSにすら報告されなかった。
現象が止んだ以上、ファフロッキーズばかりかまっていられない。
侑太達はひとまずファフロッキーズ現象を脇に置いて、天白区内で語られている、一人で歩いているとついてくる女の霊の検証に入った。
目撃談のあった場所を割り出し、貞夫を一人で歩かせる。
侑太と宗司は隠れて周囲の確認及び撮影。肌寒い夜の住宅地を歩く少年を撮影する、怪しげな2人組。警察官に見つかれば職務質問は免れない。
15分歩かせて変化が無かった為、貞夫に撮影も任せて、侑太と宗司は大声を出せば聞こえる程度の位置まで離れた。
それから5分後、侑太と宗司の間にやや弛緩した空気が流れていた。
出現したら、LINEで知らせる段取りになっている。メッセージは送られず、代わりに貞夫の悲鳴が2人の耳朶に浴びせられた。
焦燥に駆られる2人の前方で、貞夫が宙に高々と浮き上がった。
浮き上がった貞夫を目で追う2人は、自然と彼を持ち上げたものを目にする。
それは人間と酷似したシルエットを持つ、目測15mに達する巨体。人間を戯画化した顔の上半分で、真紅の篝火が燃えている――それがこの影の瞳だ。
「なんだありゃ?!見越し入道かでいたらぼっちか?」
「いや…」
宗司には覚えがあった。
近づくにつれ勢いを増す唸り声のような音と、下がり続ける気温。そしてその姿。
「イタクァだ」
「いたくぁ?聞いたことねーぞ、そんな神魔」
「そりゃそうだ。アメリカの怪奇作家の創作物だからな」
「はー!?作家!?…ま、八尺様なんざ出るくらいだから、そういうのもいるかー」
「会ったことあるのか?八尺様」
遭遇した経験があるなら是非聞いてみたいが、雑談をしている暇はない。
侑太は懐から短刀を取り出し、宗司は木刀を袋から取り出す。宗司は喉や鼻の奥に圧を掛けるような、力強い呼吸を行う。
「貞夫!火!!」
侑太が呼びかけた直後、貞夫の身体が火を噴いた。
宗司も思わず目を瞠るが、侑太が焦らなくてもいいと顔を向ける。
「アイツは発火能力者だ。神魔との遭遇で異能に目覚めたんだ、行くぜ」
貞夫を掴んでいたイタクァの左手が吹き飛び、炎に包まれた貞夫が地面に転がる。
高熱を絶え間なく発する彼の足元でアスファルトが融けていくが、貞夫は不自由なく走り、侑太たちの元に駆け寄る。
――咆哮が響く。
イタクァが敵意を持って風を放ち、右手を伸ばす。
弾かれたように三方に散って回避を試みるが、手は宗司に向かってきた。
地面を蹴ったところに右手が飛来し、避けきれないと見た宗司は木刀を気合と共に木刀で打ち上げ、これを迎撃。
右手が縦一文字に裂け、5本の指が宙に舞った。
宗司のほうも暴風によって吹き飛ばされる。駐車場の真上を飛び、色のくすんだ外壁に背中から衝突するも、宗司は無傷と言わんばかりに体勢を立て直してイタクァから距離をとる。
イタクァは逃げるそぶりを見せず、宗司に一歩近づく。風が唸り声をあげ、宗司を高空に持ち上げようと迫った時――。
「キエィアァッ!!」
侑太が遠当ての術を放つ。
気合と共に突き出した掌から放たれた不可視の弾がイタクァの軸にした足に命中。
(うわ…効いてねぇ)
侑太は眉を顰める。
侑太が貞夫を呼ぼうとした刹那、宗司が気合と共に木刀を振り上げた。
イタクァとの距離は10mは離れているが、当たらないと考えるのは早計。
振り上げた木刀の切っ先から、指向性の衝撃波が放たれたからだ。『疾風』。宗司に剣を教えた叔父が見せた技の一つである。命名したのは宗司だが。
飛ぶ斬撃を浴びたイタクァの胴体から赤い血飛沫が舞うが、両断には至らない。
侑太がいけると思った瞬間、目を開けていられないほどの突風が唐突に巻き起こり、侑太達に襲い掛かった。
「…いない」
「逃げたか…」
「らしいな」
侑太が目を開けた時、イタクァの姿はそこには無かった。
唯一、注意を外さなかった宗司だけが巨人が夜空を踏みしめ、彼方に去っていく様を見ていた。
「あぁ…異界も消えたな。マジで逃げたか」
「異界?」
「あの世とこの世の境目みたいなもんだ。あの手の連中と出会うとき、第三者の目撃が不思議なほどないのは犠牲者が異界に取り込まれてるからだ…ってまとめで見た」
侑太は冗談めかして言うと、八事日赤駅に向かって歩き出す。
イタクァとの遭遇を最後に、ファフロキーズ現象は愛知県はおろか、他の市町村でも報告されていない。
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