名古屋市で現代伝奇モノがやりたい

@omochi555

第1話 口裂け女

 夏の暑さが和らぎつつある秋の夜、住宅地を2人の少年が歩いていた。

引き締まった表情のまま歩く丸眼鏡の少年の後ろを、小柄な男子が歩いている。

周囲に人の姿は無く、街灯が明りを投げているが、それが返って闇を濃くしていた。


「高島君…こんなところに本当にいるの?口裂け女……」

「口裂け女かどうかは知らん。最近出てる通り魔と、でかいマスクの女の目撃談を誰かが繋げたんだろう」


 高島侑太(たかしまゆうた)がぶっきらぼうに言う。

小柄な少年――大友貞夫(おおともさだお)は大仰に溜息を吐いた。2人は市立猪井張高校の1年、都市伝説研究会のメンバーである。


「ウチ、門限はないけど、あんまり遅いと親が心配するんだよ…高島君の所はどうだか知らないけどさ」

「ぐちぐちうるせーな。金出してるんだから付き合え」


 住宅の間を走る路地を抜け、大きな通りに出た時。

あたりが静かになった事に貞夫は気づく。排気音や左右の民家から漏れる音が消えた。


「ねぇ…」


 貞夫が振り返る。そこには黒髪を長く伸ばした、長身の女が立っていた。ロングコートを羽織り、口元を大きなマスクで隠している。


「私、キレイ?」


 口を開けた貞夫の襟を掴み、侑太がバックステップで距離をとる。

侑太は羽織ったジャケットの内側から、鞘に納まった短刀を取り出した。


「貞夫、火!」


 叱咤された貞夫は我に返ると、火箭を3つ呼び出してマスクのした女に放つ。女は猿のように飛んで避けると、コートの中から草刈り鎌を取り出した。


「ねぇ、ポマード、ポマードって言えば…」

「おい、馬鹿!」


 貞夫が呟いた時、女がたじろいだ。

足を引き、逃げの態勢に入った女目がけて突進するが、女の方が早かった。


「おーいー…せっかく見つけたのにさぁ」

「ご、ごめん。けど思いついたから言っただけで」

「逃がしたら意味ねーだろぉ…、おら追うぞ!」


 侑太は足を止めることなく貞夫に命じると、足の運びを速めた。

まもなく貞夫も後に続く、2人ともかなりの俊足だった、短距離走のランナーのように軽やかに、マスク女の後を追う。


 女はすぐに見つかった。

彼女――口裂け女は逃げたのでは無かった。数多く伝えられる対処法の一つにポマードと3回繰り返し唱えるとある。

貞夫が2回唱えた時点で、彼女は逃げを打った。仕切り直したのだ。


 侑太の背中を追う貞夫の頭上から、鎌を振り上げた女が襲い掛かる。

今まさに首が落ちるかと思われた刹那――後方から現れた何者かが、女目がけて木刀を突き入れた。

宙を水平に飛んだ何者かは宙返りの後、着地。貞夫の前に立つ。前方を走っていた侑太も音により事態を察知し、立ち止まって貞夫たちに視線を投げている。


「と、藤堂君?」

「おっと…どこかで見た顔だな?」

「あの、同じクラスの大友です。話すの、初めてだから…」

「成程。で、こいつは?」


 藤堂宗司(とうどうそうじ)は、七転八倒しながら立ち上がる女を顎で示した。

ほっそりと痩せた長身で、首に達する黒髪は男にしては長い方。鼻梁は彫刻のようにすっきりしており、切れ長の目と吊り眉が細面に冷たい雰囲気を与えている。


「そいつは口裂け女だ」

「口裂け女!?都市伝説の…!?」


 可笑しそうに声を張った宗司だったが、口裂け女が飛び掛かってくると表情を引き締めた。

鎌を繰り出す手首を木刀で一打ちし、脳天に唐竹割りを見舞うと、女は崩れるように俯せに倒れた。その身体が霧のように溶けて消える。音が戻る。


「とりあえず助かったよ。俺は高島侑太。都市伝説研究会の部長だ。人に見られると不味いから、今夜の所は早く行きな」

「わかった。じゃあ、また後日」


 宗司は放り捨てて来た木刀袋を回収すると、2人の前から走り去った。


「クラスメイト?」

「うん。藤堂君て言って、クラスだとちょっと浮いてる人だけど、剣道やってたんだねぇ」

「ぼっち?」

「…それ本人の前で言わないでよ」


 2人は覚王山の駅前に出ると、それぞれ帰路に就いた。

侑太は地下鉄の車両に揺られながら、突然の闖入者に思いを巡らせる。炎の異能を体得しながら、いまいち当てにならない貞夫よりあの男は使える。

研究会に引っ張り込めればいいのだが…。


 その期待は侑太が動く前に身を結んだ。相手から訪ねてきたのである。

都市伝説研究会とは、市立猪井張高校の部室棟の一角を占領する胡散臭い団体である。

真偽不明の噂を集め、夜な夜な街を歩き回る…顧問が協力的でなければ発足半年もせずに潰れていただろう。


「お洒落な部屋だな」

「皮肉抜きで言ってるんだとしたら、ちょっとヤバいんじゃない?」


 部室に入ってすぐ目に入るのは室内干しのように吊られている護符。

部屋の中央に置かれた応接セットの右手には、怪しげな背表紙の本がずらりとならんでいる。


「皮肉抜きだよ。あんな面白そうな事態に、2人だけで首突っ込んでるなんて知ったらねぇ」


 入部届を出した宗司は、昨夜遭遇した口裂け女について侑太に尋ねる。


「何だも何も、あれは口裂け女だ。神魔の最底辺の、都市伝説の具現化…だろうな」

「神魔?」

「神だの悪魔だのをひっくるめた呼び名だよ、深く突っ込むな。俺が名付けたんじゃない」

「あぁ、ごめん。つまり、高島と大友は研究会と称してああいうのを追ってるって事で良いわけ?」


 侑太が肯定すると、宗司は満足そうに微笑んだ。


「藤堂君、ほんとうにこんな非公式の部活入る気?」

「勿論。これからよろしくな」


 日常で鍛えた剣技を振るう機会など、このご時世には存在しない。

試合で満足できないなら、裏路地でゴロツキやチンピラを相手にする事になるが、化け物相手の方がスリルがあるだろう。

宗司には入部を躊躇う理由が無かった。

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