降り続ける雨
TEN3
第1話
ーーー「歌う雨音」ーーー
〜〜〜〜〜
雨が地面に打ち付けられる音が響く土砂降りの中、少女は大人用の黒い傘を枝のような細い腕で持ちながら走っていた。
少女が走っていた理由は雨ではない。理由とは、ピアノの発表会に向けて調整を重ねた為、大事なピアノの発表会に遅れそうだからだ。
ただ少女の顔には焦りの色は無く、純粋な笑顔が張り付いていた。その笑顔は遊園地に行く前日、ベットの中で悶える子供の笑顔の様だった。
雨が傘を打ち付ける音がピアノの音色のように聞こえる。発表会で練習の成果を披露し、拍手の雨を浴びる自分を想像して少女の笑みはより一層深い笑みに変わる。
少女は一心不乱に走り、水溜りがあろうと避けようとせず、ただ目的地に向かって走り続ける。その際に雨が靴の中に入り気持ち悪い感触と気持ち悪い音が鳴るがそれも少女は気にしない。
少女の頭の中にあるのは、発表会で最高の演奏をする自分の姿ただそれだけだ。
走る
走る
走る
雨がコンクリートに打ち付ける音や、自動車に打ち付ける音、水溜りを踏み付ける音、それぞれに違う音色があり、まるでオーケストラだ。
その演奏に集中し、更にそこに自分のピアノの音色を入れ楽しむ。
神の悪戯か。少女はその演奏に聴き入ってしまっていた。その為トラックのスリップ音に男性の叫び声は少女には聞こえなかった。少女が気づいた時には少女がトラックのランプに照らされていた時だった。
そしてトラックに衝突する。
少女はゴムボールの様に簡単に吹き飛びバウンドする。周りから悲鳴が上がるが現実は関係ないと言わんばかりに鮮血が流れ、トラックに凹凸の跡が付く。
少女の体から流れ出た鮮血は、満杯に水が入ったバケツの中に赤いインクを垂らし広がって行く様だった。
静寂の中聞こえた雨音が演奏するオーケストラは、悲鳴や、救急車のサイレンに掻き消された。
少女が最後に見た物は、少女を強く打ち付ける雨でもなく、少女の最後を祝福するかの様な、皮肉に輝く夕日でもなく、発表会で演奏する自分の姿でもなく、空に飛んでいき消えて無くなってしまいそうな真っ黒な傘だった。
そして雨は降り続く――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます