人生の傍記

お風呂かこ

出発まで

 大学生活初の春休みが始まった。一月二十八日、午前十時。期末試験がすべて終わり、私の心には晴れ晴れとした冬空が広がっている。

 私が名古屋に来たのは九か月前。進学を機に下宿し、一人暮らしを始めた。しかしなんとも時が経つのは早いもので、もはや一人の生活が日常になっている。人間は順応するものだと思い知らされる。借りている部屋にはベッドや机、収納箱や本棚、色々なものを置いている。あの部屋で迎えた最初の夜はどこか落ち着かず、なかなか寝付けなかったことが懐かしい。

 私は友人たちに別れを告げ、息を荒くして家に帰った。私は何でもできるような万能感に駆られていた。時間があればやりたいことはたくさんあった。

 私は二か月間のまとまった休みを今まで体験したことがない。小学校、中学校、高校の長期休みは一か月程度だった。それに中学では部活、高校では勉強で忙しく休む暇などなかった。小学校以来の時間に余裕がある休みに胸が躍る。ゲーム、読書、料理、それから自転車で遠くにも行ってみたい。電車に乗って旅行も良い。とにかく何でも出来る気分だった。

 とは言え現実はそううまくいかず、すでに何日かが経過していた。時刻は朝十時。今日までにやったこと。寝る、ゲーム、読書。連休は講義がある週であれば心が躍るほどの出来事なのに、長期休暇というものになるとどうにも味気がなくなる。これが日常の重要性なのだと私は思う。忙しいからこそ休みはありがたいのであって、忙しくないときに休みを与えられても嬉しくない。つまるところ退屈なのだ。食べ物が尽きていたので、大須の格安スーパーまで行くことにした。

 私は人混みが苦手だ。息が詰まる。田舎のから出てきた私にとって、名古屋は別世界のようだった。車の運転は荒い。平気で信号無視をする歩行者。傘さし運転をする自転車。余裕がなく苛立っている人達。私が普段見ていた、ゆっくりと時間が流れる風景はここにはなかった。そういうわけで、人を避けるために朝はなるべく外に出ないようにしていた。昼間は幾分かは落ち着いている気がする。大通りではせわしなく車が行き交っているが、この時間の路地はそうでもない。しかしどこに行っても鳴りやまない車の音がうるさかった。どうしてこんな都会に住むことにしてしまったのだろう。

 大須商店街は人で溢れていた。大学の帰りに寄ったときよりも多い。私は一度、特売の卵を買いに商店街行ったのだが、あまりに人がいたのでそこに混む時間は行かないと心に誓った。だから人がいなさそうな時間を見計らったというのに、見渡せば人ばかりだった。私はまっすぐ格安のスーパーに行き鶏肉と豚肉、大根と人参を買った。これだけあれば一週間は生きられる。

 下宿先に戻ると、退屈な時間がまたやってきた。午前十一時三十分。一日はまだ終わらない。私はベッドの前に置いてあるノートパソコンを開いて、ゲームを始めた。そしていつの間にか眠った。

 気付けば部屋が暗くなっていた。布団を被ったままマウスを探して手を動かす。手の甲がマウスに触れ画面のロックが解除される。パソコンの光が眩しい。画面に時刻が表示される。午後十時。ずいぶんと寝てしまったようだ。時間がもったいなく感じたが、過ぎたものを憂いても仕方がない。気分を変えようとシャワーを浴びた。

 上気した体に部屋の寒さが滲みる。浴びる前にエアコンを付けておけばよかったと後悔した。

 水を飲んで一息つく。もうこのまま寝よう。そう思ってベッドに入ったのだがお腹が空いて寝付けなかった。そういえば最後に何か食べたのはいつだっただろう。昨日か二日前か、不摂生な生活のせいで頭がやられている。私はぼけてしまったかのように食べたことが思い出せなかった。そもそも今日で休みをどれだけ消化してしまったのかさえ分からない。私は手元の携帯で日付を確認する。二月二日午後十一時。休みはすでに五日経過していた。ともあれとりあえず何か食べよう。

 鶏肉に包丁を入れて考える。このまま何もせずに終わるのだろうか。華々しいことは何もないままに二か月間を過ごす。それはそれで良い気もした。大学生になったからって遊び惚けなくてはならないわけではない。しかし実家にいたら、きっと毎日自転車でどこかを走り回っているのだろう。知らない道、知らない町、初めて見る世界がそこにはある。地図を見ないで風の向くまま、心の向くままに進んでいく、それが私が実家で暮らしていた時の休日の過ごし方だった。水筒とおにぎりを持って行く日帰り自転車旅行。そんな日々がどこか遠くのように感じた。

 フライパンに油をひいて鶏肉を焼く。その上に醤油をかけた。手間のかからないシンプルな味付けが好きだ。肉には少しの焦げ目がついていた。

 私は皿に移さずそのまま食べた。行儀が良くないことはわかっているが、皿を汚して洗い物を増やすのが嫌だった。空腹のためか何でもおいしく感じる。こっちに来てから二日に一食になってしまった。しかしお金もかからず、空腹によっていつでも食べ物をおいしく感じられるので良いと思う。食べ物にも作る人にも感謝するという気持ちも生まれる。

 時刻は午前零時。日付が変わった。フライパンを流しに持っていく。もっと金に余裕があればこの後優雅に果物でも食べられるのだろうが、生憎そんな余裕はない。この生活、始めてみたはいいがとにかく金がかかる。一か月で、家賃四万円、水道ガス電気合わせて七千円、通信費三千円、食費三千円。合計五万円以上が毎月何もしていなくても霧散していく。削るといえばやはり食費なのでここがどんどん減った。四月ごろは三食食べていたが、日を増すごとに量が減り、回数が減り、夏にはもう食事は二日に一回になっていた。それゆえの食費三千円だ。しかし実は金がないというわけではない。あるにはあるが、使いたくないのだ。私が金を費やすものは楽しいことだ。大学生活でいえば、誰かと食事をする時などである。しかしそれも手痛い出費というわけではなかった。だというのになぜこんな貧困生活をしているのか、それは旅行をするためだ。旅行は移動費、宿代と多くの金がかかる。そのために金を貯めた。すべてはこのために貯めてきたものだ。小学校の時から欲しいものを我慢して貯めた百万円で、一人暮らしを始めた。色々なところを旅する、それを実現できる時間が今の私にはあった。もう五日経った。動くのは今しかない。

 計画を練った。前々から興味のあった京都の舞鶴で、真冬のグルメ祭りというイベントがあるらしい。私は舞鶴に行くことに決めた。行き方は名古屋から福井を抜けて行くか、京都に入って綾部から行くか。福井経由は途中で海が見られるので福井から行くことにした。この距離を日帰りでは、慌ただしくなるので泊まりで行くことにした。そして私は同じ場所に長居していても面白くないと考え、舞鶴よりも前で宿をとることにした。米原、敦賀は舞鶴まで距離があるので美浜、小浜辺りが良い。携帯で安い宿を調べた。お金があるとはいっても、無駄遣いできる程の金があるわけではない。節約できるところは節約したかった。安い宿があるのは美浜のほうだった。気づけば時刻は午前三時。私はかなり眠くなってきていた。あとは明日決めよう。

 次の日、私は美浜駅近くのビジネスホテルに予約を入れた。二月九日に名古屋駅から美浜まで行き、そこで一泊。次の日に舞鶴到着の予定だ。

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