僕の使命は観光だと伺っていたのですが?

一二三 五六七

第1話 世界の終焉

 この世界は神々の怒りに触れてしまった。


 神々を怒らせたこの世界は終焉を迎えようとしていた。

 何故このような事になってしまったのか、その原因は明確だった。


「ノア様、聞いていますか?」

「あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしてて。」

「そうですか。まぁ、今の状況が状況なだけにしょうがないですね。」


 酒場の一角で仲間達と話し合いをしているのだが、周りに人気はない。

 この酒場に僕達以外誰もいないからだ。いや、酒場だけでなく、この街自体にも人はほとんどいないだろう。

 まぁ、それも仕方ない。何故ならこの世界は明日、終焉を迎える事になっている。


「折角、戦争が終わったと思ったらコレだからねぇ。人間の業の深さを思い知らされたわ」


 僕の仲間の1人であり、元王国女騎士のアリアがテーブルに突っ伏しながら嘆いた。


 この世界には宗教大戦と呼ばれる大きな戦争があり、その戦争は実に12年という長きに渡り続いた。

 それほどまでに戦争が続いたのには大きく2つの原因があった。


 1つは、宗教の対立である。


 この世界には7柱の神々が存在しており、国によって信仰する神が異なっていた。

 また、いづれの国も自らが信仰する神こそが至高の存在であるという教えが根強く、戦争の火種となるには十分過ぎる要因であり、排他的な面の強い宗教同士の対立が戦争の激化を招いた。


 戦争が長期化したもう1つの原因が、権力が教会に集まっていた事だ。


 各宗教毎に教会が設けられており、布教活動や神の教えを民衆に説いていた。教会には神官という役職があり、この神官は神の声を聞くことが出来るとされている。

 もちろん、中には本当に神の声を聞くことが出来る人間もいるのだが、それは少数であり、教会で権力を握る人達は主に詭弁で成り上がった者がほとんどだった。

 神の声が聞けるかどうかよりも、弁が立つ人間の方が上の位に立つような世の中なのだ。

 そういった者が権力を持てば、自ず《おのず》と私利私欲に走る。

 民衆の支持はもちろん、教会の一声で国が動く事など日常茶飯事だった。

 そのような大きな影響力を持つ各国の教会が自ら信仰する宗教の勢力拡大を進めた事も戦争が長期化してしまった原因でもあった。

 もっとも、その宗教大戦も1年前に終戦を迎えていた。


「宗教大戦自体も人間の欲深さの体現みたいなものだったからな。」

「私達のような神官が、きちんと神のお告げを人々に届けられていればよかったのですが。力及ばず、申し訳ありません。」


 そう発言するのは元神官のリリー。彼女は神の声を聞くことが出来る数少ない人間だ。

 彼女は僕達の中で特に、戦後の混乱についての責任を感じている様だった。


 僕自身、国に属していた訳ではなかったため、直接戦争に参加することはなかったのだが、戦時中の町や村等は国に若者が召集され人手が足りずに農業や産業などが停滞してしまっていた。

 食料や物質の不足による飢餓や貧困、働き手の不足による農業や産業などの停滞、衛生問題、戦勝国の兵士達による略奪行為と戦争による世界の衰退は深刻なものになっていた。


「どのみち、この世界は何もしなくても滅んでいたと思うよ。例え民衆の支持を得られたところで、この世界が立ち直れるかと聞かれれば、それは難しかっただろう。」

「それはそうかも知れませんが・・・」

「あまり自分を責めたらダメよ。ノアの言う通り、この世界を立て直すには失ったものが多すぎたのよ。」


 アリアが言う通り、この戦争で失ったものが多すぎた。それほどまでにこの世界は衰退してしまっていた。

 しかし、終戦により立て直す余地もまだ残されていたのは確かだったのだが、その余地もついえてしまっていた。


 今から1年前に12年に渡る宗教大戦は終戦を迎えることとなった。

 当時、大戦優勢国であったブランザルド王国の国王が各国に対して終戦を呼び掛けた。

 それに応じる形で各国が終戦に向けて動き出し、世界は平和を取り戻すかに見えた。


 しかし、長きに渡り続いた大戦は人々の心に深い悲しみや憎しみ、恐怖を植え付けていた。

 終戦を迎えたが、人々に植え付けられた感情は消える事なく、終戦後も争いが途絶えることはなかった。

 それを嘆いた当時の国王は、教会に働きかけ、事態の沈静化を計ろうとした。


 そして世界は最悪の方向へ進み始めてしまった。


「この世界はどこで間違ったんだろうね」


 酒場の天上を見上げながら、誰にではなく話しかけた。


「・・・それが分かった所で、俺達でどうにか出来た訳でもないだろうよ。それはノアの旦那でも無理だ。旦那は・・・よくやったと思う。」


 元盗賊で、今では僕の仲間の1人であるダンテが答える。

 その答えに他の仲間達も頷いていた。


「そっか。」


 思い返すのは1年前、終戦後も人々の争いが絶えず起こっていた最中、ブランザルド王国の教会が各国に向けて発信した言葉により人々は一先ずの落ち着きを取り戻した。

 ブランザルド王国の教会は全世界に対して宣言した。


 この世界の本当の敵は神であった、と。


 この戦争は神々による代理戦争であり、神々の教えによって多くの血が流れ町や村、国が滅んだ。

 神がいなければ、戦争など起こらず人々も幸せに暮らすことが出来たのだと高らかに宣言した。その言葉は各国に伝わり、世界共通の敵として神を立ててしまった。

 問題はそれが受け入れられてしまった事にある。


 終戦により行き場を失った人々の負の感情は神という共通の敵をもってあてがわれた。奇しくもそれにより世界は1つにまとまる事となり、争いは激減した。一方で排神の動きは過激さを増し、仕舞いには対神部隊と言う神々を倒すための軍隊が設けられるほどであった。排神機関という機関が新しく設けられ、主に以前の教会の人間たちがこれに所属した。

 今まで散々神の教えを説いておきながら、今では排神の教えを説いている。実に都合のいい話だ。


「戦争の理由に信仰する神々の為と言っておきながら、終戦後は神々は敵でしたって、あまりにも自分勝手過ぎるよね」

「確かに、酷い話ではあるな」

「神々の怒りを買うのも仕方のないことかもしれませんね。」


 僕の言葉にアリアとリリーが同意した。排神機関の影響を直に受けたのが他でもない、元神官であるリリーだった。

 リリーや他の神の声を聞くことが出来る神官達は、必死で神々の正当性を伝えていたが、その活動を良く思わなかった排神機関により、反逆者というレッテルを貼られて処罰の対象とされてしまった。

 リリーの場合、処刑にまで発展してしまったが、ギリギリの所で何とか救出出来た。


 そして今から3ヶ月前、ついに神々がこの世界に現れた。神々はブランザルド王国の空に現れ、同国にいた僕ら一行も神々の姿を目にした。

 その圧倒的なまでの存在感と威圧感からあらがう事さえ不可能だということを本能的に理解した。

 神々の姿を目の当たりにして意識を失わずに居られた人間は何人いただろうか?意識までは失わ無かったにしてもまともに立っていた人間などほとんどいない。

 それほどまでに絶対的であり絶望的な存在だった。


 神々は世界に対して、終焉を宣言し3ヶ月の猶予の後に世界を終らせると告げた。


「本物の神様をこの目で拝める日が来るとは思いもしなかったな。」

「それも世界の終りを告げる為じゃなかったら有り難かったんだけどね。」

「ははは、まったくでさぁ。・・・旦那も感じたと思うが、アレは人類が敵う相手じゃないですぜ。」

「わかってる。どう足掻いたってこの世界の終わりはくつがえらないだろうね。」


 人類がどうこう出来るような存在ではない事は、この世界の誰もが理解していたし、理解させられていた。

 僕自信も例外ではなく、どうする事も出来ない今の情況に辟易へきえきしていた。


「そういえば、排神機関が対神部隊を募って、神々に戦いを挑んだみたいな話を聞いたけど、どうなったんだろう・・・」

「あぁ、部隊は壊滅・・・いや消滅したよ。」

「え。!?」

「文字通り、15万人の部隊を導入したんだけど、辺りの地形ごと消し飛ばされたよ。」


 先月、排神機関は神々に対して報復の意味合いも込めて進軍していた。それも無意味に終わってしまったが。


 神々は3ヶ月の猶予期間中に出来る事として2通りの選択肢を示していた。

 1つは期間を待ち、世界の終焉と共に終わりを迎える事と、もう1つは神々に挑み、そして滅びる事。

 排神機関はこの後者を選び、そして滅びた。ただそれだけの事だった。


 その事実を知らなかったからか、仲間は皆、絶句していた。

 僕は実際にその様子を見ていたからわかるのだが、とてもじゃないが、この世のモノとは思えない光景だったのは確かだ。


「そういう訳で、僕は今一度、神々に対して戦いを挑もうと思う。」


 仲間達の間には悲壮感が漂っていた。無理もない、今の絶望的な情況で、自ら死地に赴く様な発言をしたのだ、咎められても仕方のない情況ではある。


「単に、自殺願望があっての発言と言う訳じゃないんだ。一応、皆には伝えた方がいいと思って、ここに集まってもらったんだ。」


 世界の終焉を明日に控えた今、僕の取れる行動としては正しい行いだと思っている。


「・・・勝算は、あるのですか?」


 震える声でリリーが尋ねる。

 今にも泣き出しそうな感情を押し殺して言ってくれた。


「勝算は、もちろん無いよ。と言うより勝てる見込みが無いね。」

「では何故!!」


 珍しくリリーが声を荒らげて発言する。ここまで感情を出したリリーの姿は見たことが無かった。


「勝つばかりが戦いじゃ無いって事だよ。僕はこの戦いで死ぬと思ってる。もちろん何もしなくても死という結果は変わらないだろうけど。」


 皆、言いたいことは色々とあるとは思うが、僕の言葉に対してきちんと耳を傾けてくれている。

 だとすれば、僕がする事は決まっている、僕の考えを皆に伝える。ただそれだけだ。


「どの道、僕らが滅びる運命だということは変わらない。だとすれば、僕は思いを神々にぶつける。ただそれしか僕に出来る事がないからね。」

「それでは自ら滅びに向かう理由に

 はなりません!」


 リリーが涙ながらに叫ぶ。

 リリーが感情を表に出すことなど今まで無かった。神々が現れた際にも、終焉を宣言された際にも、淡々と受け入れていた。にも関わらず、今は感情のままに僕に意見してくれていた。


「ありがとう、リリー。でもリリーも分かっていると思う。このままだと皆で一緒に最期の時を迎えることになるだろう。何も成さないまま、ね。」


 そう。僕の仲間・・・信頼出来る仲間だからこそ、僕は今の想いを伝える為に、皆を集めたのだ。


「このままじゃ駄目だと思う。皆が死んで、僕も死んで、それで終わりじゃいけない。なにも遺せずに終ってしまったら、それこそ僕らが生きてきた事が無意味になってしまう。」


 ここで神々から言い渡された終焉を受け入れてしまえば、僕たちが生きてきた事自体が無駄になってしまう。そんな事はさせたくない。

 少しでも僕たちがこの世界に生きてきた意味を、存在してきた意味を成さなければならない。


「だから、君たちの存在意義を僕に預けてくれないか?」


 分かっている。

 自分がどれだけ残酷な事を言っているのかを。

 それは僕の傲慢で、強欲で理不尽な僕の我儘だ。


「・・・ノア様はズルいです。卑怯です。」


 リリーが言う。


「まぁ、ノアの旦那にはデカイ借りがあるからな!しゃーない。付き合うぜ!俺の魂を旦那に預ける!」

「私も、ノアには返しきれない程の恩がある。貴殿に私のすべてを託そう。それが僅かばかりの恩返しになるのであれば」

「・・・ノア様。私はノア様に助けて頂いたあの日、あの時からすべてノア様の為に在ります。私は常にノア様と共に在ります。」


 何故この世界が滅びるのか、原因は明確である。人間の欲深さ。


 この世界は実に下らない世界だった。

 人間の欲望にまみれた、本当に下らない世界だった。


 でもそんな下らない世界でも、この世界が存在した意味を、人類の可能性を僕は信じたかった。

 こんな世界でも、遺せる何かがあるのならば、それを神々に伝えなければならない。

 以前の僕であれば相談などする事なく、独りで決めて独りで勝手に行動していただろう。

 だが、今の僕は違う。僕の事を慕い想ってくれる仲間達がいる。

 それがどれ程心強く有り難い事であるかは今の僕なら解る。


 仲間達の想いを乗せて、僕は人生最期の・・・いや、この世界最期の戦いに望む。

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