歪んだ何か

苦艾たまき

第1話

ある日突然、妖精が部屋に住み着いた。


といっても、妹がそう言っているだけでそいつがなんなのかはよく知らない。


体はひよこ型のふりかけボトル…10センチくらい?人型で耳が異様に長く、顔はのっぺりとしていて薄気味悪い。緑の服と赤い靴を履いている。


ただ、朝起きたらそこに居ただけで、何をするわけでもなく僕を凝視していた。なんだか気味が悪くてそいつを軽く睨み返していたら、親に命じられて僕を起こしに来た妹が、不機嫌気味な表情でノックもせず乗り込んで来て、今に至る。


中学けら去年までヒキオタだった僕と違い、妹はFランて程じゃないが、まあそれなりのマンモス大学に入学し、それなりの都内企業に就職して窓口業務だかをしている。性格は所謂陽キャなんだけど、なんか変な所でファンシーな感覚を爆発させる。そこが堪らないという男もいるそうで、彼氏が途切れた試しはない(一年続いた試しもないが)。


そんなファンシーな妹様が、手に乗せてはしゃいでいる声がほんとうに甲高くて喧しく、苛立った僕はわざと妹が嫌悪するような態度をとる事にする。


「妖精なんて、動画で見たマッチョでパンツ一丁の森の妖精しか思いつかないや!そいつアッーともやらないかとも言わないぜ?フヒヒ」


大抵こうやると、嫌悪感丸出しにしながらも黙って出て行くんだが、今日はなんだかわからないが妹がやたらと激昂した。


「じゃあ頂戴!あんたといるとこの子汚れるわ」


真っ赤になって怒鳴り散らしながら妖精をひったくって、嵐の如くヒステリーマイシスターは出て行った。


その後僕が着替えてキッチンに降りるのに数分かからなかったと思うが、妹はもう居なかった。両親はいつも通りに食事をしている。


「あの子と喧嘩でもしたの?」


母親がポタージュの入ったカップを僕に渡しながら苦笑いをしている。思わず釣られ笑いをしながら頷くと、父も軽く咳払いし僕に微笑みかける。


「お前は変に達観した所があるが、あの子は年相応なんだ。うざったいからって下ネタで追い払うのはやめなさい」


大抵妹が僕にキレる時は今日みたいな下ネタを使った場合が大半で、それを妹を追い払う口実にしているのは両親は知っている。でも流石に軽くでも咎められたのは初めてなので、妹は相当キレたんだろう。


「夜、あいつに謝るよ。なんかごめん」


妹の悋気が両親に飛び火していた事を僕が謝罪すると、二人とも今度は柔らかく微笑んだ。





僕は少し前までヒキオタと述べたが、一応絵心と文筆に得手があったので、テキストの書き起こしやらコミッションなんかで小銭を稼いでいた。


ただ毎日のようにやってたからか、小さい頃から人物より風景やら車を描くのが得意だったからなのか、ゲーム会社や同人専門サークルの背景絵師としていくつか依頼を貰えるようになり、父がそんな僕の仕事絵を見て、法人系の看板やポスター、ロゴを製作する会社の社長に紹介されたのだ。今はそこで世話になっている。


役所や安定した会社に得意先が多いとこで、仕事もロゴ作りと社長と奥さんのデザインの着色や仕上げが主力。たまに残業はあるけど、ほぼ定時上がりで固定給が貰える。引きこもり時代の依頼やコミッションが多い時の月よりやや少ないが、その倍近くの賞与が月二回もあるのはありがたかった。


何よりギクシャクしてた親と普通に会話できるようになったのが最高の宝だった。ひきこもりになった時、病院に連れて行ってくれたり、いろんな面で協力してくれた両親には感謝しかない。


ほぼ同時に妹と険悪になったのも事実だけど、元々仲は悪かったし、兄は遊びが仕事だと両親に愚痴をこぼしていたらしいので、理解し合えないなと思っていた。


ちょうどそんな時だったんだ。あの妖精が僕の机に座って睨んでいたのは。





仕事から帰宅しても妹は帰ってこなかった。母は彼氏じゃないかしら、と笑っていた。


いつものことだから僕も同じ事を思ったし、父の晩酌の愚痴が長くなりそうだなと苦笑いを母に返した。











翌日、そいつはまた僕の机の上にいた。

妖精が汚く笑う。特に気にして見ていなかったが、昨日と顔が違う気がする。なんだか妹の顔に似ている。


そいつは顔を近づけた僕の顔に臭い唾を吐きかけ、笑いながら隣の部屋の壁の中へ消えていった。


洗顔するために僕が階段を降りようとした時、母が階下から顔を出す。


「あの子起こしてくれない?夜中に帰ってきたらしいんだけど」


母の言葉に僕が振り返った時、妹が部屋の中から支離滅裂な言葉を叫んだが、最後の言葉だけは聞き取れた。


「ヘヤカラハデナイ」





数日後、彼氏に別れを告げられたとか、親友に寝取られたとか妹の高校の先輩だった僕の友人が教えてくれたけれど、あれ以来妹は部屋から出てこない。


まるで昔の自分のようだと思いながら、僕は車のキーを持って両親と共に妹についての相談に行く為、病院に向かった。





あれ以来、妖精は見ていない。

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