睡眠死
無為憂
プロローグでありエピローグ
第0話 プロローグの序盤 薬と勇気
儂はこの睡眠薬を飲まなければいけない。
飲んで、救わなければならない。
娘を、友人を、そして妻を。
儂とて、世界を救え、と言って納得できるほどそこまでのお人好しではない。
だが、家族となればそれも違う。だが……。
手が震える。
幼い娘が、儂の左手を握る。ぎゅっ、と力を入れて。だがその娘の手も僅かに震える。
儂は、包み紙から睡眠薬を取り出した。
妻は、静かに涙を流した。
娘も、ポロポロと涙をこぼす。
薬を口に含む。
「水……」
水の入ったコップをゆっくりと、妻は手渡す。だが儂は、その水を飲めそうにもない。唾液で溶ける薬の苦味など、この胸の痛みに比べれば無いようなものだった。
「お父さん」
娘が、顔をあげる。
ああ、と思った。
妻が ベッドの背もたれをあげてくれる。
ごく、と一思いに飲み干した。
不意に、儂の目も半透明な液体で霞んでいく。
「ありが、とう」
言いたかったその一言にすべてを託した。
*
睡眠病。
医療技術の進歩に伴い、発見された、新種の病気。
まだ何も解明されてない未知の病気。
睡眠病には、特有の斑点が共通点として上げられる。この斑点が浮き出ると、睡眠病と認められ、ある手続きを踏んで、コールドスリープをしなければならない。
コールドスリープをしなければならない理由は、患者と接点のあった人物も時間を空けて、この病気に罹患してしまうからだ。致死率は80%ほど。その為、睡眠薬を飲み、コールドスリープについている間、AIがワクチンを精製する。この薬には、コールドスリープを終えたリハビリを軽減する効果があると言われ、その理由については未解明のまま。しかし、この薬により、コールドスリープにつく患者は、80%上昇した。
睡眠病は、これら睡眠に関することから名付けられた。
*
おじいさんはにっこりと笑みを浮かべて眠った。
残された二人の女性は、嗚咽を漏らす。
ガチャ、と私はドアを開けた。
「それでは、お体をお運びいたしますので」
部下を連れて、おじいさんの座る可動式ベッドを操作して、おじいさんを家の外へと持ち運ぶ。在宅医療を選んだ場合、私たち政府公認の組織がサポートを全面的に行っている。
娘さんは、最後まで、お父さんの手を握っていた。
「それで、いつになるのですか」
奥さんの悲痛な声が私の心に突き刺さる。
「わかりません」
私どもでは、それにはお答えできません、と決まり切った文句を返す。そんな苦しい言い訳は誰にでも通用するわけじゃない。
「ああ、ああ~!! あなた!」
睡眠薬で眠るおじいさんは、目を覚ますことはない。
*
『人が死ぬのを怖がるのは、そこに繋がった縁を切りたくないからである』
どこかの哲学者がそんなことを言った。やがてこの病気によるコールドスリープを死として扱うことに決まった。
そして今、この瞬間、おじいさんは睡眠死した。
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