受付嬢
やましん(テンパー)
第1回 『受付嬢』
その日、社長は従業員全員を始業前に集めたのです。
ぼくが勤務しているこの会社は、さまざまなITやAI技術の導入をコンサルタントする会社であります。
もっとも、ぼくは『そのほかいろいろ課』の所属で、とくにITやAIには関係がありません。
やっているのは、主に会社内の鉛筆やボールペンや紙や消しゴムの調達作業です。
『そのほかいろいろ課』の課員は、ぼくと、AIのジュンさんだけで、課長さんはいません。
課長さんは『人事・庶務課』の、ミナシゴ課長さんが兼務しているのです。
ミナシゴ課長さんは人間ではなくAIさんです。
まあ、社員100人のうち、人間は10人だけなのですから。
残りの90人は、身体こそ分離していますが『人格』はみな同一です。
でも、それではお客様から見ても分かりにくいので、それぞれに違う色付けが行われています。
男だったり女だったり、ひょろながだったり、太っていたり、眼鏡をかけていたりいなかったり、優しかったり、凶暴だったり。
でも、実際はどの個体と話しても、結局は同じことで、全ては『中央コンピューター』によって把握されています。
彼らがいれば、まあ、後の人間はいなくてもいいのですが、政府からの通達で、社員50人につき、そのうち最低2人の人間を雇うことが義務付けらえているのです。
『人間雇用率』と呼ばれます。
わが社は、100人で10人いるのですから、『人間雇用優秀企業』とされています。
しかし、人間にはあまりやることがありません。
もっぱら、AIさんが、人間にとっては、突飛な事をやらかさないように、監視しているのです。
今は、まだ過渡期なのです。
そのうち、人間がまったくいない会社も、認可されるようになります。
もっと先には、政府も議会も裁判所も、そのうちの『人間』は、『管理者』だけになるのではないかとも言われております。
たとえば、総理大臣以外の閣僚は、全員がAIさんという感じです。
ま、それは、もう少し先のことです。
もっとも、出生率がどんどん下がってきていて、この国の『人口』は、ぐんぐんと減る一方ですから、まあ、それでちょうどよい位になるのです。
政治や行政に、住民側の関心がほとんどなくなって、議会自体が消滅した地方自治体も、すでに多数あります。
そこでは、AIさんが議員さんを務めています。
不正はやらないし、実に公明正大で、評判はとても良いようでした。
さて、この中央の物体ですが・・・・・
「諸君。ご覧のように、壁側にあった受付は撤去いたしました。つまり、ここが新しいわが社の受け付けです。では、除幕、いきます!」
『パッパカッパパパ~~~~~ン。ポンポンポン!』
と、ファンファーレが響き、くす玉が割れました。
それと同時に、社長さんが紐を引っ張ると、白い覆いがするすると剥がれてゆきます。
「おおお~~~~~~!」
声が上がりました。
中から現れたのは、ちょとおすまし顔になっている、ものすごい美人のお姉さまでした。
「うわ~~~~~。きれいなかたあ~~~」
女性人間社員5人が叫びました。
「う~~~~ん。恋しそうだ。」
男性人間社員がつぶやきました。
残りのAI社員さんは、手を叩いているだけです。
『みなさま、こんにちは。今日から受付を担当いたします、桜子です。よろしくお願いいたします。』
「うわ~~~~。やんややんやあ~~~~!!」
みなが歓迎しました。
桜子さんの姿は、人間とまったく同じなのですが、なぜ、わざわざ、フロアの真ん中に持ってきたのか?
その理由は、すぐにわかりました。
「桜子さんは、何課ですか?」
前側から、人間の男性社員が尋ねました。
「はい。営業1課です。」
「おわ~~~!」
営業1課の所属人間3人が声を上げました。
「桜子さんは、移動ができるのですか?」
ある女性人間社員が、後ろから尋ねました。
すると、桜子さんの首が、するするっと180度、後ろを向きました。
「はい。いざという時は、動くことが可能です。」
「はあ~~~~。ううん・・・・」
微妙な反応が起こりました。
桜子さんが立ち上がりました。
まあ、なんと美しい。
ただ、その手が、周囲に8本あり、今は4組になって、やさしく組み合わされております。
「ああ、このような感じで、桜子さんは周囲360度の受付を、同時に8人まで行えるのです。頭部だけでなく、腰の部分でも、360度回転が可能なのです。」
社長さんが、解説を加えました。
「ひえ~~~~~!!」
感動の声が上がりました。
「同時と言っても、もちろんいささかの、タイム・ラグは出来まするが、・・・相手が判別可能なように、声を10種類使い分けることが可能なのです。」
「ふえ~~~~~~~!!」
『まあ、変わったこと好きの社長さんだからな。上手くいけばいいけどなあ・・・』
ぼくは、内心そう思いましたが、何かを言える立場でもないので、黙っておりました。
「桜子さんがヒットしたら、大々的に売り出そうと思うんだ。」
そう、社長さんが言いました。
つまり、桜子さんは、宣伝要員そのものでもあるのです。
ぼくのなかで、何かが動きました。
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