プロになりたい。
れなれな(水木レナ)
第1話 なくしたもの
死ぬほどプロになりたい。
かつて、死んでもプロになりたいと思っていたわたくし。
こんなはずではなかった。
幻想と妄想にまみれ、現実もわからなくなっていた。
こんなにみじめに己を振り返ったことはない。
若干、感情で書く。
中学生の時からお世話になってきた、文房具屋の主人が、目を傷つけてしまったらしい。
店に一歩入った途端、目に入ってきたのは。
うっすら地肌の見える白髪を整えた頭。
うなだれている。
細い首筋。
あきらかにやせこけている。
そして、右目が真っ赤に見える。
それだけでも悲しいのに、ボールペンを一本買ったわたくしは、彼にこう聞いた。
「お元気ですか?」
と……。
「え。ちょっと目を打っちゃってね……」
すっとあげられた顔は無表情。
しかし白く、ひびわれた右目が痛々しい。
一瞬、凝視して、左目を見ればよかったと若干後悔し、
「おだいじに」
とだけ言った。
わたくしは忘れていた。
人は老いるのだ。
怪我を負えば、とりかえしのつかないことだってあるのだ。
かなしい。
中学のころから、コピー機を使わせてもらい、拙い小説を冊子にまとめているのを、彼は知っていたし、
「折り曲げるの、複雑だね」
と言ってくれた。
あ、この人は知っている。
わたくしが何をしていて、これからなにをしていこうとしているのかを知っている。
思えば、ワープロのインクが切れて、休日だというのに扉を叩いて売ってもらったり、ノートをがつがつ買い、PCを手に入れたらOA用紙を約月一で「ひとっこおり」買い入れた。
彼はわたくしが何をしているのかを知っているのだ。
モノ書き目指してガツガツ書いているのを知っている。
オンラインで投稿できる環境が整い、OA用紙をあまり買いに行かなかったこともあったけれど。
わたくしは彼の恩情に応えることが、未だにできていない。
プロになりたい。
今すぐプロになって、恩返しがしたい。
あなたのおかげで、がんばっていますと伝えたい。
このまま年をとったら、彼はこの世にいないかもしれないのだ。
まにあいたい。
なにも書いていない時期もあたりまえにあった。
けど、間に合いたい。
彼の時間のあるうちに。
辿りつきたい。
良い報告がしたい。
喜んでくれるかはわからないけれど、気持ちを受け取ってほしい。
死なないでほしい。
ほっそりしたあの姿を思うたびに涙があふれだす。
なにも書けない日も、彼を思い出せば、涙が書けと言い続ける。
彼の傷ついた姿を、目にするのはつらい。
胸が詰まる。
だからいいたい。
死なないでと。
本当に、まにあえ、わたくし。
お札を祀った、棚にお水をあげ、二礼二拍一礼。
その間、祈るのはただ。
「信仰をささげます。文具店の主人の目が完璧に元通りに治りますように。お願いします」
と強引な願い。
ムリに決まってる。
彼はもう、お年寄りなのだ。
だから、神に祈るのだ。
わたくしでは、なにもできないのだから。
祈るしかできない。
元気を出して。
強く生きてください。
かなしい。
あなたのそんな姿に衝撃を受けて、なにも言えなかったわたくしです。
独りPCに向かい、涙するしかできない、ただの、プロ志望です。
プロになりたい。
プロになりたい。
プロになりたい。
星にも祈ろう。
人の命は永遠ではない。
だから、永遠を願い、未来を夢に見る。
そこに、あなたがいて欲しい。
ごちゃごちゃした現実をどうにかして、駆け抜けたその先に、いてください。
待っててください。
忘れないで。
生きていて。
もう、だれも傷つかないで。
天の神様、あの人を救ってください。
苦痛を取りはらってください。
健やかに、また文具を売ってくれますように。
友達へのバースデーカードを選ぶのに、さんざん時間をかけたけど、泰然としていてくれた主人。
いつも子供たちの喜ぶカードを、ぎょうさん並べてそこにいてくれた主人。
もう、それだけでありがたいから。
その存在だけで、うれしいんだから。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとうございます。
一生分のありがとうを、ここにこめるから。
あの人の命を、奪わないでください。
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