「しゃーなしな。」って笑うキミ。

ゆこりん

第1話

きみの口癖は3つある。

あまりにも頻繁に使う口癖だから、嫌でも私の口から出てしまう時もある。



初めてきみを見つけたのは高校2年生の夏。

試合をしていた…仲間を応援していたきみ。


全国的にも有名な野球の強豪校が試合をするともなれば、応援席にはたくさんのいわゆる"高校球児ファン"が座っていた。


たくさんのハートマークが飛び交う応援席の端っこで、いるかいないか分からないくらいに存在感を消しながら同じ試合を見ていた私。

理由はひとつ。

だって怖いもの(笑)

下手に目立って"高校球児ファン"に目をつけられたらたまったもんじゃない。

だから私の定位置は端っこ。

の、上から2列目。

2列目に特別な意味があったわけではないけれど、1番上よりも、どこか落ち着く感じがするから。

いつも決まってそこに座っていた。



「優菜、また野球行ってきたの?」


と、声をかけてきたのはクラスメイトの美羽。

一応、何度か一緒に行こうと誘ってはいるものの、「あたしはプロ野球しか興味ないからな〜。」の決まり文句の一点張りで、勧誘成功したことはこの3年間で一度もない。


「でもさ、よく行くよね〜。こんなに毎日暑いのに!で、誰かいい人見つけた?声かけた?」


「いやいや、毎回それ聞くけどさ、いい人もなにも、1人で行って声かけられるはずないじゃん!」


と、私が返すと美羽はなぜか残念そうに「そっかぁ〜。」と呟いて自分の席へ戻っていった。



私がその高校の野球にはまり込んだのは入学してからすぐのこと。

たまたま地元の友達に誘われ、ついて行ったのがきっかけ。

というより、半ば強制的に連れていかれたという方が合っているのだろうか。


もともと野球に興味などなかった私だった。

そんな私が、初めて見に行ったその日、見事に、はまってしまった。

純粋に野球が好きで、必死になって打ち込む球児たちに心を奪われた。

こんなにもまっすぐ好きなことに向き合える、そんな彼らがキラキラして見えたのだ。


それからというもの、1人でも球場に足を運ぶことが当たり前のようになっていた。



そして今日も。



学校の日は決められた時間にベッドから体を起こすことがあんなにも難しいのに、試合の日となれば、目覚ましが鳴るよりも先に自らベッドから離れていくこの体。

4月からは社会人。

しっかり毎日起きられるのだろうか。



「優菜。どうするんだ?もうこの時期にもなればお前だけだぞ。進路希望のプリント、白紙で出してくるのは。」


下がり眉が特徴の担任の顔が、その日は一段と困って見えた。


私の学校は進学校ということもあって、学年の9割近くの人が大学への進学を決めていた。


「就職します。」


私の言葉に、困り顔がお手上げ状態になった。


「就職って、それならもっと早く動かないといけないだろ?今からだと厳しいんじゃないか?」


そうだと思った。

担任から返ってくる言葉は、予想通りであった。


「先生…私、目の前に大好きな唐揚げがあったら、食べたいです。目の前に大好きな人がいたら、抱きしめたいです。」


そう言い残して教室を後にした。

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「しゃーなしな。」って笑うキミ。 ゆこりん @yuco29

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