【書籍試し読み】桜降る代に決闘を 桜降る代の神語り 1
五十嵐月夜/原作・監修:BakaFire/DRAGON NOVELS
冒頭 未だ見ぬ果て
銀世界に、火花が散る。
噛み合わされた二振りの刃に、ほんの束の間、少女たちが荒い息を漏らす。
一方は、切り詰めた袴と長い袖を揺らし、肉厚な大振りの刀を突き出す。
他方は、質素な道着に身を包み、飾り気のない白柄の薙刀で受け止める。
二人きりの雪原で、何合とも打ち合ってきた彼女たちを見守る人影はない。太陽の下、枝先に淡く輝く花弁の結晶を咲かせる樹だけが、悠然と結果を見届ける観客である。
「てぇァッ!」
機を窺っていた少女のうち、先に動いたのは刀の使い手であった。
薙刀の刃先を地面へ誘導し、生まれた間隙へと踏み出しての一刀。喰らいつくようなそれに乗り移る意思とは、相手を超えたその先にある勝利への執念だ。
「……っ!」
刃は、相手の右腕を確かに捉える。
しかし、雪原が血に染まることはなかった。傷が生じるはずだった腕からは、仄かに光る桜色の塵が、役目を終えたかのように噴き出す。薙刀使いの袖に生じた切り口の奥では、何事もなかったかのように腕が力を漲らせていた。
「っあッ!」
返す刀で、薙刀の刃先が刀の少女のさらなる進行を阻止せんと切り上げられる。それは打ち払うような乱暴なものではなく、刀を振り抜いた相手が避けようもない、的確な軌道を無駄なく描く流麗な一撃である。
切っ先は、刀使いが体重を乗せた左脚に吸い込まれていく。
ただ、その身を守るかのように、宙に浮いた二個の桜色の結晶が反撃への盾となる。
「……!」
鋼の刃が結晶に触れた瞬間、薙刀は相手の身体を捉えることなく逸らされた。指先程度の大きさの結晶は、衝撃に耐えきれなかったかのように砕け散る。
成されなかった反撃に、刀が再び前を志向する。
けれど、構えた刀のその向こうでは、あらぬ方向に逸らされたはずの薙刀が踊っていた。
くるりくるり、刃が使えぬのであれば、と刀使いの腹めがけて突き出されるのは、硬い石突だ。不意な対応ではなく、まるで初めから演目に組み込まれていたかのような迷いのなさは、己の磨いてきた技への自信の表れである。
「ぐぅ……!」
込めていた力が失われ、突き放された身で振るう刀は、道着の端を掠めただけだった。さらに追い払うように薙ぎ払われれば、詰めた間合いを捨てる他ない。
仕切り直し。
誰が言うまでもなく、両者が声を上げるまでもなく、互いの間合いの外でにらみ合う。花弁は舞い降り、塵は舞い上がり、熱戦の舞台が桜に色づいていく。
「はぁ……はぁ……」
幾度も吐き出される白い息。その陰からでさえ、相手を窺う意思が迸る。
そこには、敵意も、殺意もなく、澱んだ感情の一切はなく。
あるのはただ、互いの想いだけ。相手を上回るのだという意思を燃やし、相手が桜を散らし切るその瞬間を求め、無言で向かい合う。
決するための闘いに、言葉は要らない。
打ち合うその得物こそ、何より雄弁に物語る。
故に、己の意思を示すために、少女たちは刃を掲げ、前へ進む。
「やあぁぁぁぁぁッ!」
「はあぁぁぁぁぁッ!」
気迫を纏ってぶつかりあった刃が、雪と桜の塵を吹き荒らした。
決着は、未だ成されない。
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