18

 そのとき、鞠は、

 ……あ、そうか。

 人を好きになるって、こういうことか……。

 と、久しぶりの感覚とともに、そんなことを、思った。


 それは大橋綾くんを初めて好きになった子供のころ以来、久しぶりに感じる、『人を好きになる』、という感覚だった。

 そんなことを鞠は思って、ふふっ、とその場で我慢しきれなくなって、含み笑いをした。


 ……私って、以外と軽い性格なのかな? 

 とそんなことを思ったりしもした。


 鞠はまだ、自分の親友、小舟南の恋人である大橋綾くんのことが大好きだった。そして、今、吉木透くんのことが、だんだんと(軽薄なことに?) ……好きになり始めている自分がいた。

 鞠は含み笑いを止めることができなくなった。

 それから、鞠はいろいろと我慢することを諦めて、大きな声を出して、土手の上で笑い始めた。

「……先輩?」

 急に笑い出した鞠を見て、透がきょとんとした顔をする。

 ……そうか。そうだったんだ。

 鞠は思う。

 全部、私のひとりよがりの強がりだったんだ。

 ……私が勝手に落ち込んで、私が勝手に南を羨ましがったりして、……嫉妬して、全部難しいことだって、そう、思い込んでいただけなんだ。

 私がわがままだったんだ。

 私が素直じゃないだけ、……本当にただそれだけの話だったんだ。

(……私が、可愛くないだけだったんだ)


「なんだ。そうなんだ」

 鞠はそう言って、芝生の上に立ち上がると、紺色のスカートの裾を両手で叩いて、そこについている、草と土ぼこりを払った。

「吉木くん。ありがとう」 

 透を見て、鞠は言った。

 吉木透はいつものように、じっと真剣な表情で、鞠の顔を見つめている。

 ……でも、その顔には少し驚きのような表情が浮かんでいる。

 その理由は、鞠のありがとう、の意味を理解できていないのかもしれないけれど、でも、その本当の理由は、きっと鞠の顔にある。

 鞠の顔は、『笑顔』。

 それは本当に、本当に久しぶりに見る、吉木透の大好きな、一個上の音楽部の素敵な先輩でる、三雲鞠のずっと探していた、『本当の笑顔』だった。

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