2
その少年の名前は、吉木透と言った。
鞠の一つ年下の中学二年生の後輩で、鞠の所属している三津坂西中学校音楽部の部員であり、演奏している楽器は、テナーサックスだった。
透は物静かな学生だったけど、そのテナーサックスが奏でる音は、荒々しくて、まるで音に命が宿っているように感じることもあって、鞠はなかなか、この少年の奏でる音が気に入っていた。
透は音楽室にある椅子を移動させて、ピアノの横の位置に座った。
「先輩。なにかあったんですか?」
透は言った。
「なにかって、なにが?」
楽譜をまとめ、鍵盤を閉じてから、鞠は言う。
「ピアノの音に、その、迷いのようなものが感じられたから」
窓の外に降る雨を見ながら、透は言った。
鞠は少し、驚いた。
自分の音に迷いがあることには気がついていたのだけど、それを、一度、鞠の演奏を聞いただけで、透が見抜いたからだった。
「別になんでもないよ。ちょっと、調子が悪いだけ」
小さく笑って、鞠は言った。
それから、鞠はピアノの席から立ち上がった。
「今日は部活お休みなのに、吉木くんはどうして音楽室にきたの?」
鞠は言った。
「先輩のピアノの弾いている音が聞こえたから、なんとなく」と透は言った。
「そうなんだ」
鞠は言う。
それから二人は、沈黙する。
雨の降る小さな音だけが、人気のない音楽室の室内に聞こえている。
「……じゃあ、私、もう帰るから」
カバンを手にとって、鞠は言った。
「あの、先輩」
透が言う。
「なに?」
「……その、一緒に帰ってもいいですか?」
少し照れくさそうな顔をして透は言う。
鞠は少しだけ迷ったのだけど、「……うん。別にいいよ」と透に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます