本当にあった不思議なお話
橙 suzukake
第1話 予知ベッド
大学生で独り暮らしをしていた私は、強烈にベッドを欲していました。
というのは、例えば、彼女がアパートの部屋に遊びに来て、それなりに過ごして、寝る時間になると、押し入れからマットレスと敷布団を出して、枕を置いて、掛け布団をパアっと広げてから少しめくって、電気を消して…というこの一連の “準備” が無性にもどかしそうで、いたたまれないだろうと思ったからです。
ベッドがあったなら… ベッドに腰掛けた彼女を静かに横たわらせればそれでいいわけで。もしかして、腰掛けていなくても、ベッドを背もたれにして横に座わっている彼女の肩に手を回せばいいわけで。
同じ寝るための道具のはずなのに、布団とベッドの差は、私の中では歴然としていました。
が、しかし、先立つものがどうにも無い僕は、依然として、ブラウン管の中や、スクリーンや雑誌や漫画のワンシーンに自分を重ねる以外、方法がありませんでした。
(いや、高くさえしてしまえば、ベッドになるでしょ!)
ある日、その結論に達した私が向かったのは、歩いて数分のところにある酒屋でした。たまに、ビールやウイスキー、トロピカルドリンクの原液を買いに行っていたその酒屋のおばちゃんに勇気を出してお願いしてみました。
「必ずお返しするので、ビール瓶ケースを6個、貸してもらえませんか?」
6個なら…とおばちゃんはいぶかしみながらも承諾してくれたので、私は、3個ずつ2回に分けてプラスチックの赤いビール瓶ケースを部屋に運びました。
上部、中部、下部にそれぞれ2つずつビール瓶ケースを並べて、その上に、マットレスと敷布団を敷いてみると、立派なベッドが完成しました。
ように見えたのだけど、いざ、その上に寝てみると、腰のあたりが沈んでしまって、なんとも上手くない。中部のビール瓶ケースの位置を調整してみるのだけど、背中が落ち込むか、腰が落ち込むかしてやっぱり上手くない。
(あと4つ足りない…)
のだけど、6個ですらいぶかしみながら貸してくれた酒屋のおばちゃんの顔を思い浮かべると、「あと、もう4つ…」とお願いし直す力が湧いてきませんでした。
(手詰まりか… にしても、この役に立たない6個のビール瓶ケースどうすればいい?)
と、部屋を見渡した私は、ある事に気が付きました。
(邪魔で押し入れに片付けていた二間を仕切っていた襖があるじゃん!)
6個のビールケースの上に、押し入れから出した襖を敷いて、その上にマットレスと敷布団を敷いて寝てみると…
ザ・ベッドの完成!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お礼のつもりで酒屋で買った350mlのモルツのプルリングを勢いよく開けて、一人祝杯をあげた私でした。
せっかく、ビール瓶ケースベッドを作ったのに、ベッドに腰掛けるのも、ベッドを背もたれにしてテレビを観るのも私一人だけの日が続きました。
そんなある日の夜、いつものように、特別観たいわけでもないのに遅くまで、インスタントコーヒーを飲みながらテレビを観てから、そろそろ就寝、とベッドに仰向けになったら、なんだか背中に違和感があって目を開けました。
その違和感を擬音で表すなら “ウニウニ” 。背骨の中をミミズが上へ下へとくねくねと這う感じの違和感でした。“ウニウニ”は、20秒くらい続いてから止んだので、私はそのまま眠りにつきました。
それから二日後の夜、私は渋谷のビリヤード場「Q」で、仲間と玉を撞いていました。相変わらず、最後の9番ボールまでなかなか行き着くことなく、ダラダラと玉を撞いていましたが、左手でレストを作ってキューの素振りを行っている時でした。ラシャ上に残っているボールが何もしないのにゴロゴロと動き回りました。「ん?なんじゃこりゃ?」と思って姿勢を元に戻すと、私自身が姿勢を保てずにグラグラと動きました。
そう、それは地震でした。しかも、東京では何十年振りの震度5の地震。
(そっか!あのウニウニは、地震予知のサインだったんだ!)
何の根拠もなく、しかし、自分の中では間違いなく、疑いなく、完璧に、それが、地震予知のサインと自覚した瞬間でありました。
それ以降、誰に問い合わせられたわけでもないのに、あの不謹慎な動機から作成されて未だにその役目を果たせないでいたビール瓶ケース+襖敷きベッドは “予知ベッド” と作成者から名付けられて活躍(何の分野で?)することになりました。
予知ベッドを使った地震予知の方法は次の通りです。
予知ベッドに仰向けになって、静かに腹式呼吸します。その時に「ウニウニを期待」してはいけません。あくまでも、頭の中はクリアにしておきます。そして、2分を過ぎて“ウニウニ”を感じなければ何もなし。2分以内に”ウニウニ“を感じれば予知とする、というマイルールを確立しました。
また、それ以後の臨床から、“ウニウニ”は、“縦ウニ”と“横ウニ”があることが検証されました。
“縦ウニ” は、前回のように、背骨に沿ってミミズが這うような違和感を指し、“横ウニ”は、背骨に垂直な横道運動があるものを指します。“縦ウニ”は、「縦揺れ→横揺れ」といった比較的、震度の大きいものを予知するサインとなり、“横ウニ”は、比較的震度の大きくない「横揺れ」を予知する指針として用いられました。
その的中率は、2年間の臨床を経ても、7割5分の高確率を生み、周りから特許取得すらも勧められるほどに(んなもん、できるはずないです)磨き上げられることになります。
しかし、そんな予知ベッドにも、その役目を終える機会が訪れます。
それは、予知能力の低下、ではなく、その逆の、恐ろしい体験によるものであります。
大学4年生のある早朝のことです。
卒業論文の執筆のために、日の出まで掛かった作業をやめて、ふらふらになりながら“予知ベッド”に倒れ込んだ時のことです。仰向けにベッドに寝転んだ瞬間に、私は、ある強烈な力に押し上げられてベッドの上で跳ね起きました。それは、もう、“ウニウニ”の範疇を超えた“強烈な力”でした。
冷や汗を流しながら、未体験の強烈な力を、予知ベッド上で反芻した私の結論は(とてつもない震度の地震が来る、か、今すぐ来る地震、のどちらかだ!)でした。
時間の経過とともに冷静さを取り戻した私は、(何があってもいいように、とりあえず、テレビのチャンネルをNHKに合わせて寝よう)という結論に達して、眠りにつきました。
そして、そのわずか30分後、強烈な揺れの中で私は目覚めて、テレビ画面を見ることになりました。テレビ画面のNHKのアナウンサーは、左右に大きく揺れながら「ただ今、地震が起こっていますが、みなさんは、冷静な対応をお願いします!」と繰り返してアナウンスしていました。そして、そのアナウンサーのひきつった顔をさらにひきつった顔で見つめていたのが私でありました。
こんな恐ろしいことはもう懲り懲りだと思い、これ以後は努めて地震予知をしないようになりました。予知しない方法は簡単です。眠りにつくまで、仰向けじゃなくて腹ばいか横を向いて寝るようにすればいいわけです。
本当にあった不思議なお話、いかがだったでしょうか。
大学を卒業して田舎に引っ込むことになった私は、約束通りにビール瓶ケースを酒屋さんに返しましたが、大きな問題が一つだけ残りました。
それは、ビール瓶ケースの上に置いていた襖です。
平気な顔してケースの上に乗っかっていたはずの襖は、真ん中のところで横に裂けて割れていたのです。さすがに「ベッドに使っていました」と大家さんには言えず「小さい子どもが遊びに来て…」とありもしない嘘の言い訳を電話で報告しました。もちろん、襖の張替え代は弁償することになりましたが、なんと「同じ絵柄の襖はもう無いから、部屋にあるすべての襖絵を張り替えることになる」と大家さんに言われ、敷金の全てを張り替え代に注ぎ込むことになりました。
だったら、そのお金でベッドを買えたんじゃん!という、本当にあった不思議なお話第一話でした(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます