Chapter5 『凄絶なる圏獄』

 不遜の群塔に挑む者たち

 それはどの建築物より高々と天を衝いていた。

 人智を探究するだけに飽き足らず、神智の到達を望まんとする不遜バベルの塔群。天乃鳥船にそびえるセントラルタワーは、中枢の在処を示していた。

 

 夜陰よいんに煌々と明かりを灯し、絶海の果てで賢智を誇る。その傲慢な光の下を、真っ直ぐ突きすすむ2トントラックがある。

 街灯に照らされたシンボルマークは三つ脚の鴉が両羽根を広げ、ロゴの『YATA CYBER-tex』のロゴがキラリと光る。

 

 そのトラックの先で、赤色灯が左右に揺れた。

 検問ゲートだ。

 セントラルタワーは叡智の塔。不審な者が侵入しないよう、塔を囲う巨大な水路の手前で仰々しい検問所が八つ作られている。厚いコンリート塀に掘削された即席のトンネルは、側壁に馬車の幌のような襞がまとわり着いていた。

 

 その幌型のトンネルの手前で、蛍光色のバーが停止を促す。その右端に検問担当者の待機場があった。車輌は進入を遮るバーの前で、ゆっくりとスピードを落としていく。

 コンクリートの待機室から三名、武装した男達が出てきた。

 一人が自動小銃を構え、静かに運転席に照準をさだめる。


「誰だ」

「搬入を」


 検問の担当官は、その声に聞き覚えがあった。

 周囲に銃口を下ろすように指示して運転席から覗いた顔に挨拶をする。


「主任自ら搬入ですかい」

「部下を起こす訳にもいかないからね。ブラック企業だとネットに書かれては困る」


 担当官の気安いた物言いに、男は柔和な笑みを浮かべた。彫りが深く、キザったらしくない壮年の男は、八咫サイバテクスの奈良原弥勒である。


「少し待ってくれ。搬入リストを確認する。あー、オッケーだ。たしかに申請されてる」

 

 デバイスが投影するAR映像の情報をスライドしながら、担当官は頷く。彼はゲート開放の承認を示すポップアップを投影し、それにタップしようとして、ふと顔をあげた。


「ところで主任、ちょっと聞きたいんですが」

「ん? なにかな」


 ハンドルを握る手にじんわりと汗が出てくるのを感じながら、弥勒は努めて平然を装う。

 不安で泳ぎそうな視線を担当官に向けると、彼は肩をすくめた。


「いやなに、この搬入物欄に記載されてる『特殊作業用危険物』ってのが個人的に気になって。どんな危険物なんですかい?」


「ああ。積み荷のことかい」

 どうやら世間話らしい。

 ゲートが開かれるのをみながら、弥勒は胸をなで下ろした。

 そしていつものような剽軽さで、担当官に笑いかける。


「神様だって泣き叫ぶ、飛びっきりの危険物だよ」





 低圧ナトリウムランプが、無機質な二車線の搬入路をオレンジ色に染める。

 地下搬入路をぬけ、広い地下駐車施設に進入していく。

 

 彼等は車両用昇降機で斜めにすべりおり、五階層まで降りていく。弥勒は巧みなハンドル捌きで、地下駐車場の一角に停車すると、骨伝導式のイヤホンを装着して車から降り、ボディの扉を開けた。


「うむ。大義であったぞ弥勒」

「ありがたき幸せです、ボス」


 先の下りたクロエに手を引かれながら、エトランゼがふわりと飛び降りた。


「エスコートは任せたぞ、メメメ」

 エトランゼが奥に呼び掛ける。ボディ内部は多くの電子器機と配線で埋め尽くされていた。その中央で四方から液晶の光線を浴びているメメメは、いつものフードの格好で、もそりとリクライニングチェアに凭れる。

「なあに、アタシとしてはいつものように窃視てるだけさ」


「善哉」

 エトランゼはクロエに渡されたイヤホンを装着する。各員右耳に装着されているイヤホンがメメメの通信を受ける。またこちらの声も集音するようで、クロエが最終チェックとして送受信できているか確かめていた。


「なにか?」

 千種の視線に気づいて、彼女を不審げに目を細める。

「素敵な背嚢だと思ってな」


 彼女はいつものようなメイド服姿だが、背中に棺桶を背負っていた。視界の向きを誘導できるとはいえ、いつものように棺桶をガリガリと引き摺るのは周囲に気づいてくれと呼び掛けるようなもので、苦肉の策として背負うことにしたらしい。


「面白い鳴き声を発する虫ですね。踏み潰されたいですか」

「やれるものならやってみろ。棺桶メイド」

「おいおい。こんな場で止めてくれ。ボスもなにか言ってくださいよ」

「よいよい。臆しておるより、血気盛んで実によい」

 

 エトランゼは、コツリ、と編み上げのブーツの足音を響かせる。


「だが、汝達が力を振るう場はここより先だ。間違えるなよ」


 彼女はそういって真っ直ぐ、深淵の塔の内部へ爪先をむけた。

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