グランギニョルを破る者

「お待ちしてましたよ、ええ。うつろの姫よ」

 坂田から恭しく、けれど一瞬たりとも警戒を解かず、少女を迎える。そこに崇敬や信頼はない。あるのは爆発物を扱うような丁寧さだけ。


「・・・・・・」

 少女は何も語らなかった。

 がらんどうの瞳は、坂田を認識しているとは言い難い。坂田はとくに気分を害した風もなく、部下に目配せをする。彼達は誘うように道をあけ、甲板を一望できる船室側の中央にすえた。


「まるで謁見式えっけんしきだ」

 弥勒みろくが小さく呟く。王たる少女が上手かみての中央に位置し、その回りに配下たる坂田や花冠の猟兵がしている。

 そして下手しもてには、有象無象うぞうむぞうたる人質。


 全てが配置につき、式の舞台が造り出される。

 そして残酷演劇グランギニョルを告げる狂言廻きょうげんまわしのごとく、坂田が人質の前にでた。


「大変お待たせ致しました。つきましては皆々様に、ええ、ご報告があるのです」

 慇懃いんぎんな口調で悪辣あくらつ侍官じかんがいう。

 右の口角が吊り上がっているのは、なにも縫い合わせのせいじゃない。

 確かに哄笑こうしょうしている。甲板に集められた人質はその意図を嫌と言うほど知っている。


「先ほど日本政府に向けて、ええ、皆々様の身代金みのしろきんを提示しました。こういって信じていただけるか自信がないのですが、ええ、私は命というのは何よりも尊いと思っております。だから、その金額も、その信条を踏まえて決めさせていただきました」


 金という解決方法が提示され、人質の数人が安堵あんどの息を漏らした。救助の光明こうみょうを見たのだろう。更にいえば命を尊いとうそぶく坂田の台詞を信じて、安心したかったのだろう。


 が、坂田の哄笑は家畜に向けるソレだった。

「金額は百兆円」

 命は何よりも尊いから、国家予算と同額をふっかけた。

 交渉がどんな結末を迎えるか、もはや火を見るように明らかだった。


「いやはや、こちらとしては適正てきせいな価格を提示したのですが。ええ、あちら側はどうも命の値段を過小かしょう評価しておりまして。あろうことか、半額にならないか、などと耳を疑うことをおっしゃった。どうやら彼等は我々を八百屋やおやと勘違いしているらしい」


 坂田は賢しらに笑う

「ですから教える必要がある。私達がたんなる人殺し集団だと。──おい」


 ドスの効いた一言が合図なり、あのミノタウロスのような兵士がホルスターから拳銃を抜いた。人質は一斉に息を呑んだが、彼は引き金に指を掛けなかった。


「さきほどもお伝えしたように、命は何よりも尊いのです。ええ、ですからこうしましょう。そこのお嬢ちゃん、貴女が死ねば、目の前に居る二人を生かしますよ」

 坂田はひとりの少女を指名し、残酷な判断を迫る。


 目を真っ赤にらして嗚咽おえつをあげる少女は中学生ぐらいだろう。おそらく彼女も天乃鳥船あまのとりふねに入学することになったFiction Holderだ。しかし彼女も千種と同じように虚構武装カリカチュアデバイスをもたない、自壊スイッチをもっただけの一般人に過ぎない。


 彼女は悪魔の化身のごとき男を凝視し、そして目の前に向き直る。

 そこには彼女より一、二歳幼い少女達がいた。

 声帯せいたいを絞るような声で「オネエチャン」と呟く。姉妹なのだろう。二人の妹を前に、姉は震える手に握られた拳銃を見下ろす。


 潮騒しおさいにまじって、ガタガタと歯が鳴る。

 今にも銃を落としそうな両手は、ゆっくりと自分のこめかみへ銃口をむけた。


「嗚呼、実に感動すべき光景ではないですか、ねえ。そう思いませんか、虚ろの姫よ」

 恐怖の香りに陶酔とうすいする坂田は、姫に深々と頭を下げる。


「これは貴女への供物くもつです。乙女の苦痛と真摯しんしなる決断を、私は貴女に捧げるのです」

「・・・・・・・・・・・・」

「ご観覧かんらんください。ご堪能たんのうください。そして、ゆめゆめ忘れぬように」

 そういうと、坂田は顔をあげた。

 その眼光に憎悪と威圧をぜにしながら。


「決して逃げられると思うなよ、化け物」

 低い這うような声で、桜髪の少女を脅す。人を人とも思わず、非道の限りを尽くす坂田を以て、化け物といわしめる少女は、それでもまなじりひとつあげず、自殺を試みる少女を鑑賞する。


「やれ」

 坂田は桜髪の少女を凝視ぎょうししたまま、部下に命ずる。

 兵士は自動小銃じどうしょうじゅうの銃口で小突き、彼女に死ねと命じる。


 そして少女は涙で頬を濡らしながら、引き金に指を伸ばし──。

 

 

 

 ダン、と。

 

 

 人が甲板に転がった。


 

 耳を澄ませていた坂田は、ゆっくりと拍手する。


 ぱち、ぱと、と。

 空々そらぞらしく、憎しみをこめて。


「こいつは、あれだね。デジャビュってやつかな」

 甲板に、人が倒れる音はした。だが、銃声は鳴ってはいない。

 空虚くうきょな手応え。この虚しい感覚を、坂田はちょうど一時間前にも味わっている。


「そういえば、ええ、忘れてましたよ。──貴方を」

 坂田は悪魔めいた右頬を見せつけるように首を廻す。


「自己紹介がまだだったな、クソやろう」

 

 そこには銃をおとし、悪夢から救われた女学生と。


 その隣で伸びているミノタウロスのような巨躯の兵士と。


嘉吉千種かきつちぐさ。今からお前を倒す名だ」

 蹴り上げた右脚をそのままに、海風に着流しのすそをひらめかせる少年がいた。

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