第1話 平行世界と過去

 世界はここにあるだけが全てなのか、自分が生まれたのが偶々この世界なだけであって、他にも沢山ある世界の中で偶然今いる世界に生まれたのではないか、そう考えた事は無いだろうか。僕はある。


 所謂、平行世界パラレルワールドの事だ。こことは別の世界の自分は違う選択をし、全く違う人生を送っているかもしれない、ましてや性別も違うかもしれない。そんなのある訳無いと言い切る人もいるだろう、だが無いと言える証拠はない。無い事の証明は悪魔の証明と言われる程に難しいのだ。

 それに、あるか分からないものに想いを馳せられるのは、思考することが可能な人間にのみ与えられた恩恵だ。

 つまり、平行世界に対する思考は…

「おーい、遊真ゆうま。さっきから俺の話聞いてるのかよ」

「あぁ、すまん、途中から聞いてなかったわ。んで、何の話だ」

「お前って本当にそういうとこ昔から変わんねぇな」

 俺が一人で考え事をしていると、昔からの友人である国波晴海くになみはるみが声をかけてきた。俺たちは今、大学の食堂で共に食事を取っていた。

「昔から人の話を聞くのが苦手な性分でな、んで何の話」

「それは知ってるさ、まぁそれはともかく。遊真は入るサークル決めたのか?」

「あぁ、サークルか…特に決めて無いな」

「だと思ったぜ。どうだ俺の入ったサークルに一緒に入らないか、可愛い女子もいるぞ」

「可愛い女子ね…」

「…まだあいつの事忘れられないのか。まぁ確かにまだ二年しか経ってないもんな」

「わかってはいるんだ、未来みくはもういないって事は」

「まぁそんな簡単に割り切れないよな、でも多分未来もお前が幸せになる事を願ってるぞ」

「あぁ…」


プルルルル…


晴海の携帯が鳴る。


「ヤベ、金町かなまち先輩からだ。多分サークルのことだな、じゃあ俺は行くからお前も考えとけよ」

「あぁ、心配かけて悪かったな。ありがとう」

 そう言って僕は、食堂を去る晴海を見送った。


 二年前、高校一年生の冬に僕は恋人みくを失った。僕と晴海のもう一人の古い友人であり、僕のたった一人の恋人だった。

 彼女は二年前に交通事故で亡くなっている。学校からの下校中に信号無視したトラックにはねられて亡くなった。いつもは一緒に帰っていたのだが、この日だけは未来だけ用事があると言って先に帰ったのだ。その時、僕と晴海は野球部の練習に出ていた。


 あの日どうして僕は未来と一緒に帰らなかったのか、そればかりを思ってしまう。あの日あの時、とそんな事を思うのは無意味な事ぐらいわかってるがつい思ってしまう。


 何故あの時に事故に遭うのが未来じゃなきゃいけなかったのか、何故あの時事故に遭うのが僕じゃなくて未来だったのか、何故あの時事故が起きたのか、そればかりを考えてしまう。


「もう一時か、講義は午前中だけだし帰ろうかな」

 あの事故以来、僕は生きる活力を失っていた。それ程までに彼女の存在は大きく、大切だった。彼女が亡くなってからは小学生の頃からやっていた野球も辞め、無気力な日々を送っている。


大学の校門から続く真っ直ぐ道では多くのサークルが勧誘活動を行なっていた。


(サークルか…あまり入る気になれないな…)

楽しい思い出を作ろうとする度に思い出してしまうのだ、彼女がいない事を。


 沢山の勧誘を退け、帰ろうとしていた時にふと、外の看板に貼ってある一枚のポスターが目に入る。そのポスターにはこう書いてあった。


「過去の後悔、苦悩から貴方を解放します

 私たちと共に真の世界を目指しましょう

 by 空想科学実現サークルRIAL《リアル》」


「リアルの英語はIじゃなくてEだろ」

僕は思わず笑ってしまったのと同時に、もし別の世界が存在するのならこちらの方が正しいのかもしれない、そう思った。


ふと、彼女が高校に入る前に言った言葉を思い出した。


「私思うの、世界ってのはきっと一つじゃなくて沢山あるんだと思う。その中で私達は偶々この世界に生まれたの。そして偶々生まれ落ちたこの世界で貴方に会うことが出来た。だから私はね、例えこの先の未来みらいがどんなに絶望的だとわかったとしても、もう一度生まれる世界を選ぶ時には貴方のいるこの世界を選ぶわ」

僕は、彼女が空想科学が好きだった事を思い出した。彼女が好きだった事、彼女が知りたかった事を僕も知りたい。そう思った。


ほんの僅かではあるが、彼女が亡くなってから止まっていた心の歯車が動き出す音が聞こえたように感じた。


「空想科学実現サークルRIALか、まぁ少しだけならいいか」

そして僕は、帰る道を引き返してその一枚のポスターに書かれていた部屋に向かった。

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