バッドステップ!

石崎

プロローグ


 日本の屈指の経済と人口を誇る綾河市。一見普通の中都会に過ぎないこの街は、別名魔都と称されているくらいに少々、いやだいぶ危険だったりする。

 平穏の皮を一枚めくればギャングに怪奇、猟奇に魔術師、邪神に吸血鬼にサイボーグ、あと超能力者――つまるところカオスなわけで、運悪く平穏から外れるとこういう場面に遭遇したりする。


 殺風景な袋小路、這いつくばる傷だらけの明るい茶髪の少年、筋肉量が普通じゃない黒服のいかついお兄さんズと黒光りする銃身、とか。


「……えと」


 少女は思った、実に運が悪いと。

 学校帰りに何とはなしに違う道を進み、迷子になってたどり着いたにしては重い展開である。


「チッ、見張りはどうしたんだ」


 舌打ちに少女も同意したい。多分、運悪く見張りが席を外した際にスライドインしてしまったのだろう、少女は人生経験的に間の悪さは自信があった。

 倒れている少年は意識が不明瞭なのか少女を見ることはなく、当然のように少年から少女に銃口が切り替わる。かすかな火薬の匂いは何度かこの場で発砲した証だろう。否が応でもこの後の展開は予想できる。


 少女の先は袋小路、つまり後ろに道はあり――振り返りかけて、あわただしい足音に気が付いた。

 案の定、顔を出すのは可愛げないお兄さんと銃口。万事休す、とはこのことだろう、ある意味でお決まりの展開だった。


「嬢ちゃん、悪いが」

「あー!」


 お決まりの状況、お決まりの展開、お決まりのセリフ、それらに抗うように少女はヤケクソ気味に叫んだ。

 分かりやすい奇行だったが、男たちには慣れてしまった予想の範囲内で、その銃口が動くことはなく、引き金に指がかかった。


「えーと、なんか世界を滅ぼしたいナァ!」


 予想外のあんまりなたわごとに、殺しに慣れている銃口が、揺れた。その隙に少女は逃げる、のではなく機関銃のように畳みかける。


「もうめっちゃ世界を滅ぼしたいー、脈絡ないけど滅ぼしたーい。そう、滅ぼしまーす、やる気十分!」 

「死ね」


 その瞬間、銃声よりも大きな爆発音がした。震源地は少女、炎と熱風が湧き出すがごとく吹き荒れるが、軽快な少女の声は変わらなかった。


「お、流石は百発百中の男! あ、でも、なんか照準が私になっているのでは?」

「……チッ」


 心底嫌そうな舌打ちが袋小路の先からした。濃茶の古びたトレンチに大ぶりな銃を携えた男、先程までは明らかにいなかった気配に銃口が慌てて向けられるがその時にはすべてが遅かった。

 連続で三発、三つの銃身が宙を舞い、それが落ちる音を聞く前に、男たちは己の首に何かが刺さる気配を感じ――暗転。


「何があった」


 全てを終わらせた男の顔は異常なほど生気がなく、人形か死人のようだった。そんな明らかに異常なその男を恐れるわけでもなく、少女は困ったように頭をかいた。


「それは確認してからぶっ放そう? 正直、間が悪かっただけだと思うけど」

「だろうな」

「その割には普通にぶっ放されたよね?」


 異議を物申す少女から面倒くさそうに視線を外すと、男は携えていた銃をコートにしまい込む。慣れた手つきだった。


「もしかして仕事中だった?」

「一番の仕事はお前の監視だ、問題ない」

「なら良いけど、あっ夕飯、肉じゃが食べたい」


 何でもないことのように少女は日常会話をしつつ、うつ伏せたままの少年に目を止めた。


「あー、このままはまずいか」


 自然と漏れ出たため息はなんてことはない重さで、混沌の街、綾河市にふさわしい重さだった。

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