ウミと海の物語

深青藍

第1話 ウミの誕生日

 ウミは昔、海辺の小屋で生まれた。

 今よりもうんと若くハンサムだった父と、今よりもうんと若く美しかったお腹の大きな母は毎日海を眺めるのが好きだった。病院の先生から、予定日はうんと先だと聞いていたのでその日もいつもの買い物の帰りに気が済むまで海を眺めていた。

 ざざん、と波が寄せて小さな砂や貝殻を運んでくる。その波が母は好きだった。

 ざざん、と波が返り小さな砂や貝殻は海に還る。そんな波が父は好きだった。二人はこの砂浜で出会い愛を深め、新しい命の誕生を今か今かと待ちわびている様子だった。そんな二人の姿を青年はじっと見つめていた。

「寒くないか?」

「ええ、大丈夫よ。」

 潮風になびく母の髪に父の手が触れた。その時だった、母の顔色が悪くなったのは。

「大丈夫か!」

 すぐさま父は母の異変に気付き、抱き上げる。

「あなた、産まれるみたい。」

 そして慌てて海辺の小屋に二人は消えていった。


 いつもと何も変わらないはずの海が、暗く濁りはじめる。先ほどまであんなにも穏やかだった波が今ではゆらゆらと不穏に揺れている。青年は辺りを見渡すものの、そこには誰も何もいない。


 しばらくして、小屋からとても大きな声が響き渡る。青年は目を見開きじっと小屋を見つめる。

「女の子だ、女の子だ!」

小屋から父が何かを抱いて出てくる、そしてその声の先には海があった。青年は静かに目を閉じると海の中に沈んでいった。いつしか海は透き通り、寄せては返すその波が新たな命の誕生にある一つの贈り物を運んだ。


「どうしてウミは誕生日になるとこれをつけるの?」

「それはね、ウミが生まれた日に神様がくれた贈り物なんだよ。」

 誕生日になると、少女はその貝殻を髪に飾り海へとやってくる。青年はいつものようにその姿を確認すると、いたずらに波を荒立てる。

「わあっ、」

少女の小さな足に波が触れる。そんな姿を見て父は笑う。後からやってきた母も目を細める。

 毎年そんな光景がそこにはあった。青年はいつも海の中に佇み、それを見守っていた。


 十五回目の誕生日、その日は風が強く吹いていた。父や母に咎められながらも、その日もウミは海へと向かった。長く伸ばした髪に貝殻を飾って。

「今年も来たよ、海さん。」

 ウミが一人で来るときは、いつも以上にお喋りだ。いつもは周りの目を気にして、なかなか言葉を発することができない少女も海を前にすると気が大きくなるらしい。青年はそんな少女の声に耳を傾けながら、風で波立つ海を抑えようと手を広げた。

 その時、一際大きな風が少女をさらった。

「わあっ、」

 バランスを崩した少女が尻もちをつく。貝殻が少女の髪を離れ、砂の上に落ちた。

「いったた…。」 


 青年は慌てて寄せる波となり、落ちた貝殻を少女の前へと差し出した。その時だった。

「あ、ありがとう。」

 少女が青年の目を見て、はっきりとそう口にしたのだ。

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