貧乏カフェでお待ちしております

ナグ

第1話 忘れられたお狐様

ヒノキ神社。ヒノキ町を守る神、ハシヤマノアスラを祀る社である。

千年ほど前は栄えていたが、今ではその影もない。

そんな廃れた神社にも一人だけ、毎日欠かさずにお参りに来る者がいる。


二百二十二段ある石階段を汗を流しながら登る白シャツに緑のエプロンを腰に巻いた女性、深海優香里は乃木神社の隣の坂を下った所にある小さなカフェのオーナーだ。

優香里は開店前にこの日乃木神社に商売繁盛を祈ることを日課としている。しかし、廃れた神社にはもはや神はいないのか、優香里のカフェが繁盛したことは店が開店以来一度もない。


「よし!開店準備しなきゃ!」

店に戻ろうと鳥居を抜けたとき、視界の端に人影のようなものが見えた気がした。振り返ると、鳥居の右隣にある四、五メートル程の木に人がもたれ掛かっていた。

早朝はおろか昼間でさえ人っ子一人いないこの神社に人がいることに優香里はぎょっとしたが、観光客である可能性を考え、挨拶をした。

しかし、は人影は返事をせず、もたれ掛かかったままだ。もう一度声をかけようと近づいた優香里はまたしてもぎょっとした。男はコスプレをしていたまま寝ているのである。頭には犬なのか猫なのかわからないふさふさの黄金色の耳をつけており、木の陰に隠れて見えなかったが、腰あたりにはふさふさの耳と同じ色をした尻尾がついている。初めて見るコスプレに興味を抱きつつ、男を起こす。いくら早朝の木陰といえど今は八月。さらに男が来ている服はTVでよく見る巫女装束のようなものの上にえんじ色の羽織を着こんでおり、夏場の恰好にはふさわしくない。こんな所で寝ていれば脱水症状を起こしてしまう。

「おはようございまーす…。あの、ここで寝てたら死んじゃいますよ」

恐る恐る声をかけるが返事はない。もしや既に手遅れなのではないかと一瞬冷や汗をかいたが、寝息を立てているのでどうやら本当に寝ているだけのようだ。このまま声をかけてもらちが明かないと思い、優香里は肩を揺さぶった。その瞬間、男がカッと目を開け、優香里の腕をはじいた。

「誰だお前は!ここは神聖な我が城ぞ!」

優香里ははじかれた腕を押さえ、突然立ち上がった男の顔を見る。男の瞳は耳や尻尾と同じように黄金色に光っている。

男は優香里から目を離さずに一歩後ろに下がった。

「お前、人間か。ここはお前のような下賤の者が来る場ではない、去れ」

低い声で言い放つ男には、なんとも言えない重圧があり、優香里の足は小鹿のように震えていた。立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、ぐぅぉおという獣の唸り声が聞こえた。優香里は身構えたが、その音の正体が目の前の男の腹の音だと気が付くと、先ほどの重圧や、足の震えもどこかへ飛んで行ってしまった。

よく見ると羽織から伸びる腕や首は、細く、女性の優香里でも折れそうなほどであった。何日も食べ物を食べていないのだろう。優香里は意を決して男に言った。

 

「あの、お腹空いてるならウチ、来ます?」

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