【7】兎神の日記3
〈李斗の日記〉
今、午後の授業中。
だけど、こうして何か書き付けていないと、おかしくなりそう。
成績? そんなの、金でどうにでもなる。
薫と一緒にいるためなら、いくらだって課金してやる。僕は本気だ。
こないだ国交省からふんだくった祈祷料、突っ込んでもいい。もともと金なんて、自宅の維持が出来ればいいと思ってたんだから。
だいたいあいつら、ろくに考えもせずに開発なんかするから、よからぬものを呼び寄せたりするんだ。自業自得だよ。なにが自然エネルギーだ。山が丸裸じゃないか。頭おかしいでしょ。
もっとも、それをメシの種にしてる僕も僕でアレだけど、人の世で生きるには、なにかと金が要るもんね。しょーがないじゃんね。
日記というものが、人の正気を保つものだと何かで読んだことがあるけど、それは本当なんだと思う。というか、今実感している。
何がどうして正気を保てないかといえば、そんなの決まってる。
今の僕にとって、『幸せ過ぎる』ことが問題なんだ。
転入しておよそ一週間、初めのうちは僕も浮かれきっていた。
恋焦がれていた薫と一緒に過ごすことが出来る。ただそれだけで胸がいっぱいだった。無論今だって、少し慣れたとはいえ、薫の側にいるだけで胸が苦しい。
しかし今の彼女は、悲しいけれど、初期化してしまったパソコンのように、僕のデータはからっぽだ。
寂しくないと言えばウソになる。でも、一緒に過ごしたのは彼女が幼い頃だから、まだいくらかは諦めもつくし、何とか取り返すことも出来る。薫は記憶のないことを気に病んでいるようだけど……。
今にして思えば、どんな手を使ってでも薫の居場所を探すべきだったのだけど、何故かあの頃の僕はそれがいけないことのように思えて、実行する気になれなかった。
ただ、ひたすら、いつか元気になった薫が、僕のところに戻って来てくれる、祈りにも似たものを僕は……。
それから僕は思考停止寸前までになって、生きてるのか死んでるのかよくわからない状態のまま、「待つ」という行為を継続していることすら忘れかけてた。
記憶を失った恋人と過ごすというのは、ひどい片思いに似てる。
この八年間、僕は君を想い過ぎて、それが日常になっていって、いつのまにか片思いが当たり前になってしまって、凍り付いていた。
それが、君と再会して心に急に火が入ったように、僕はおかしくなった。
今の君は僕の存在に、気持ちに困惑しているよね。
本当は時間をかけて、君の気持ちをほぐしてやらなきゃいけないのに、今の僕にはその余裕が全くない。
まるで禁断症状を起こした中毒患者のようだ。この灼け付くような気持ちを一方的に押しつけても、きっと嫌われるだけだろう……。
君は、僕の気持ちまで置き去りにしたんだ。責任取って欲しいのはこっちなのに、君ってやつは。
最近、ふと独りになると不安でたまらなくなる。
原因は分かってる。毎日が幸せ過ぎるってことだ。正確に言えば、薫の側にいると、だけれど。これは僕の問題だから、自分でどうにかしなければならない。でも、正直僕にもどうしたらいいのか分からない……。
薫に再び捨てられるのが、怖い。
有り体に言ってしまえば、トラウマだ。
日を追う毎に捨てられる恐怖が募る。
薫がちょっと席を外しただけで、嫌な苦しさが胸を締め付ける。
何度薫に向かって「捨てないで」と叫びそうになったか分からない。
こんなことを薫に言えば、たとえ今僕を愛していなくても、同情から「捨てないよ、側にいてあげる」と言ってしまうだろう。
僕にプロポーズしてくれた、あの時のように。
……そういう子なんだ、薫は。それが分かってるから、彼女の優しさを利用する事になるから、尚さら言えるわけがない。
この脆弱な精神の僕がいつまで強がっていられるか分からないけど……。
毎日毎日、本当に不安で不安でたまらない。
気持ちばかり焦って、いつ暴走するか分からなくて怖い。
きっと何かをやらかしてしまう前に、病院で診察を受けた方がいいのかもしれない。……人の薬が僕に効く保証はないけれど。
際限なく薫を求めて、薫を傷付けて、失ってしまうかもしれないと思うと怖い。
まだ、たった一週間そばにいただけなのに、こんなにも心が乱れるのか、こんなにも己が御せなくなるのかと思うと、僕は……。
幾星霜経た僕でさえ、人の子と同様誰かを想う気持ちには抗えず、想い続けて狂うこともある。
五百年前過ちを犯した時、もう恋なんてしない、と誓ったはずなのに……。
今の僕は、薫に溺れている。
……なんて、気取りすぎだろうか。やっぱ気取りすぎかなあ。
早く放課後にならないかな。今日も特売行かなきゃだし。
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