短編part2  『鳩』

氏姫漆莵

鳩。鳩。鳩。

食べ物を求めて、人の周りを彷徨(さまよ)う。彼らは頭が良い。一人一人の所を巡回する。

それが、鬱陶しいと感じる人も、可愛いと感じる人もいる。


私は何も感じないけれど。

ああ。鳩だな。くらい。


食べ物を探していると思ったら、急に一斉に飛び立って何処かへ行ってしまう。

羽が舞い降りて来なければ何も思わない。飛び立ったなーくらい。


たまに、肥えたやつがいる。昔は今より餌を与える人が多かったが、最近は減ったからあんまり見ないけれど。


「お待たせ。待った?」

「うん?今来たとこだよ。」

嘘だ。本当は貴方に早く会いたくて一時間も前から待っていた。

でも、貴方はいつも20分遅れて来る。

「ごめんね。貴方の隣に立つのに相応しい格好をしようって思ったら、時間が経っちゃって……。」

いつもこう言う。でも、知っているんだ。本当はそうじゃないことを。

「いいよ。ありがとう。私は幸せ者だね。」

貴方は私じゃない人間を部屋に招き入れている。

友達でも、同僚でもない人間を。

「本当にごめん。」

「いいよ。行こうか。水族館、楽しみだね。」

その人間は貴方の恋人何だろうな……。


貴方は美しい。暗い館内で蒼い水の煌めきを顔に受け輝いている。その横顔はとても美しい。

貴方は、貴方が思っているよりもずっと。ずっと、ずっと美しい。

でも、同時に貴方は醜い。貴方が思っているよりもずっと、ずっと。


貴方はきっと私から離れてしまう。貴方の恋人の事を問い詰めたら。

だから、私は嘘をつく。見てない振りをする。知らない振りをする。


「何を見ているの?」

「何も」

「そう?穴が開くほど見つめてくるから。何か付いてるのかと思ったよ。」

「貴方が美しいから。」

「またそんな事言って誤魔化す。何か悩んでいきるんでしょ。」

「何も。気にしないで。」

「……。冷たいんだね。教えてくれてもいいのに。」

「そう?」

「うん。そう。」

「そうかな。でも、貴方には知られたくない悩みだから。言えるようになるまで待っていて?」

「わかった。益々気になるけど。待っているよ。」

「ありがとう。ごめん。」

「ふふっ。ねぇ、お腹すいたね。ご飯食べよう?」

疑念を笑って流す。そんな貴方が好きだ。貴方の横顔を見る度に、貴方の優しさに触れる度に。貴方が好きになる。

でも。でも、その横顔と優しさが自分のものではないと、わかっている。その事実が私を突き刺す。

「わ!鳩が寄ってくる!気持ち悪い。」

「外で食べているからねー。仕方ないよ。」

「えー。やだな。」

ぱぱっと鳩を追い払いながら口元にサラダを運ぶ。

「店内で食べる?」

「いいよ。外の方が気持ちいいし、静か。鳩さえ居なければ完璧。」

「そう?」

「そう。」

貴方は好きだ。甘くてしゅわしゅわ跳ねるソーダが。特に、着色料入っています!という感じの鮮やかな翠のメロンソーダが。

「美味しい?」

「美味しい!飲む?」

「飲まない。 オレンジジュース派だから。」

「えー。美味しいのにー。」

「美味しいけど、オレンジ派だから。」

「頑固だなー。つまらないぞー。」

「そんなつまんない人といる貴方はもっとつまらない人かもね。」

「失礼な!そんな事無い!」

「お、自分でハードル上げていくとは中々やるねえ。何か面白いことやってみてよ。」

「むう……。」

「つまんないね?」

「ムカつく。」

「どうせムカついてないくせにー。」

「そういう余裕綽々なとこムカつく。」

「ふふーん。良いだろう。羨ましかろう。」

「羨ましくない。可愛くないなー。」

私は誰に何と言われようとも、貴方の好みに合わせたりなんかしない。私は私で貴方は貴方だから。私が私である限り、私は私を歪めない。

「その可愛くない人と付き合っているのはだーれだ!」

「可愛くな!」

「ふっ。飽きないでしょ。」

「飽きないけどつまんないね。変人だし。」

「変人?ありがとう!」

「……やっぱ変わってる。普通変わってるって言われて喜ぶ人いないよ。」

変わっているという事は個性があるという事だ。個性があるという事は他の人より輝けるという事だ。量産型の人間ではない。自分が、自分であるという証拠になる。個性のない量産型の人間なんて人間じゃない。ロボットだ。だから、私が私でいるために個性は必要なのだ。

「えー。誉めたんじゃないの?」

「誉めてないし、貶してもない。」

「ふうーーーん?じゃあ、変わってるって言われたらどんな反応するのが一般的?」

「いや、そんな事ない!とかじゃない?」

「ふうーーーん。」

「聞いといて興味無さそうだね。」

「参考程度に聞いただけで実践しないから。」

「自由だなー。」

「自由で良いでしょ?」

「もう。あー言えばこー言う。」

「それが長所です。」

ふざけて敬礼する。

「ちょっと!恥ずかしいなあ。」

「ごめん、ごめん。」

テーブルに立てた片肘に頬を乗せ貴方を見つめる。

「なにー?恥ずかしいなー。そんなに見つめられたら。」

そう言って照れながらストローでカラカラと氷を鳴らす。蕩けた氷に反射した陽が顔に反射している。

綺麗だ。本当に。カッコいいでも、可愛いでもなく。

「だから!照れるってー。なにー?惚れ直した?」

にやりと自信満々に笑みを浮かべる。

「うーん。どうかな。幻滅しているかもよ。」

「えー。」

「ふっ。口元にケチャップが付いてるよ。」

「あっ!!ちょっと!もっと早くに教えてよ!」

「いつ気付くかなーって。面白いなーって。」

「はあ?玩具じゃないんだからさあ....。」

プルル!プルル!

「……。電話、鳴っているよ。」

「....。」

「気にしないで出て。会社からトラブってるって電話ならどうするのー。」

「……ごめん。ありがとう。」

絶対に会社からじゃない。貴方は会社からなら直ぐに取る。直ぐに出ないのは後ろめたいから。そうでしょ?

「もしもし。はい。大丈夫です。……分かりました。すぐに行きます。」

スマホの電源を切り、此方を向く。

「ごめん。呼び出された。」

「わかった。大変だね。頑張ってね。」

「ありがとう。」

去っていく貴方を見つめる。心なしか貴方の足取りは軽い。

グラスを握りしめる。

「冷たい。」

滴が触れている所から蕩けて垂れ、机に水溜まりをつくる。

カランッ。

気づけばその様子をじっ、と見つめていた。

氷が溶けて動いた音でそう気付く。

すっかり冷めてしまった、どこか懐かしいオムライスを口に運ぶ。


「ご馳走様でした。」

そう言って店を出る。

ポチャンッ。

どうやら雨が降っていたようだ。カラリと晴れた空を仰ぐ。

外に居たのに気付かなかった。それほど水滴に集中していたのか。

「馬鹿だな。」

貴方を引き留めず、水滴ばかり見て。馬鹿馬鹿しい。

「帰ろう。」

誰も居ない、がらんどうの部屋に。寂しくはない。只、一人でいると虚しくなるときがある。 考えてしまうから。考え始めると止まらなくなるから。

貴方は私の恋人で他の人間の恋人で。貴方は私より新しい恋人の方に傾いていて。いや、私は恋人で無いのかもしれない。私がキープではないという保証はない。


ばっ!っと鳩が飛び立つ。

何時の間にか、鳩の群れに突っ込んだらしい。

鳩が飛び去ると目の前に一組の男女が現れる。 互いに愛しげな眼で見つめ合っている。

「ああ。」

そうだ。貴方は貴方で私は私なんだ。

「ああ。」

どうして。私に見せつけるのだろう。

「嫌だ。」

楽しげに笑い 、しっかりと手を繋ぎながら歩く一組の男女が恨めしい。

「見たくない。」

現実から目を反らしたかった。でも事実をはっきり見せつけられた。

「信じていたのに。」

結局最後には皆私を裏切って去っていく。目の前で見せつけられる。

「貴方もか。」

恨めしい。怨めしい。妬ましい。羨ましい。私は貴方の横に並んでいるその人間に成りたい。個性より何より貴方の隣に居たい!


でも、何も知らない振りをする。貴方の側にずっと居たいから。

でも、それも今日で終わりだ。




「ね、ちょっと!あの人凄く此方を見ているけど知り合い?」

「あの人?ああ、知ってる。」

「何だ。知り合いか。物凄く怒っている感じがするけど……。」

「ほっとけばいいよ。」

「え?いいの……?ケンカ中?」

「そういう訳ではないけど。」

「そうなの?」

「いいから。行こUP?」

「....。」

ちらりと振り替えるともうその人物は居なかった。

「消え、た……?」

「あの人よく見かけるけど、何もしてこないから放っておいて大丈夫だよ。」

「え、それってストーカーって言うんじゃないの?」

「でも、実害ないし警察に届け出そうとも近所に住んでいる人とか、偶然よく見かける人で終わる可能性高いし……。」

「どうして?写真とか撮れば?」

「それがいい感じに顔が写らなくて。」

「そんな事ある?」

「心配してくれているのに、わざわざ嘘つかない。」

「だよね。ごめん。でも、気を付けて。」

「うん。関わらないようにしてる。それに、向こうも一定範囲内には近づいてこないから放っといてる。」

「そうなんだ....?」

「今日も朝からずっと居たよ。」

「え、嘘!?」

「朝の待ち合わせからずっといたんだよ。」

「えー……怖い……。」

「個人的にそれでも無害なのが怖い。」

「引っ越ししない?」

「え?」

「一緒に、住まない?此れから。」

「え、え、え!それってプロポーズというやつ!!」

「え、違うけど。」

「え、違うの....?」

「そんなショック受けた顔しないでよ。面白いな。」

「からかうな。」

「おー怖っ!」

一緒に吹き出す。

「ありがとう。宜しくね。」

「どういたしまして。こちらこそ。」

「ドヤ顔しない。」

「さ、会社行ってらっしゃい。あ、会社前まで送った方が良い?」

「大丈夫ですー。部屋片付けといて下さいー。」

「あ、所で、我が輩転勤するんで。」

「は?転勤とか聞いてない。」

「ごめん。」

「はい、はーい。行きまーす。」

「へ?!いいの!?仕事、好きでしょ?」

「好きだけど。天秤にかけるまでもなく貴方の方が好きだからね。」

「もー!何だよ!もう!会社行ってらっしゃい!頑張ってね。待ってる。」

「了解!」

手を振ってわかれる。


ホームの鳩が飛び立つ。

カツンと靴を鳴らして電車に乗り込む。

さあ、仕事に行こう。

今晩は恋人の部屋に行って転勤先の部屋を探そう。

カラリと晴れた空。

『今日は良い日だな。』

そう思って目を閉じた。

ガタン、ガタンと鳴る電車の音に耳を傾けながら。

ふと、目を開けると車窓で鳩が飛び立った。

『今日は鳩が多いな。鳩は、嫌い。』

もう一度目を閉じる。

ガタン、ガタンと鳴る電車の音と隣に座った人の話し声が頭に響く。



「さようなら。愛しい人。」

バサリと鳩が飛び立つ。美しい白の翼が蒼い空に浮かぶ。

美しい光景だ。

「さよなら。さよなら。」

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短編part2  『鳩』 氏姫漆莵 @Shiki-Nanato

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