「麻呂とライナの冒険譚 -円卓の騎士団-」

刃流

第一話 「武者修行の始まり」

「それでは兄上方、行って参るでおじゃります」

 こうして彼は長らく生まれ育った北東の砂漠の地、イージアの都を出立することになった。

 彼は貴族の生まれだが、上に兄が四人いるため、無論当主にはなれなかった。だが、なれなかったからと言って自分の人生を嘆いたことはない。当主になった長兄以外の兄達も、誰も恨むことなく、互いに仲良く幸せに生きていた。

 彼が成人を迎えると兄達は言った。

「お前も世界を見て周ってくるでおじゃるよ」

 彼の一族の男子は例外無く元服を迎えると武者修行という名目でイージアの外の世界を旅して回るのだ。

 今回彼はめでたくも昨日元服を迎え、こうして旅に出ることになった。

 四人の兄達が出揃って城下町の門まで見送りに来た。

 頭には黒の烏帽子を頂き、腰には刀、そして旅に必要な保存食などの詰まった背嚢を背負い彼は兄達を振り返った。

「麻呂はきっと立派になって帰ってくるでおじゃります。それまでしばしのお別れでおじゃります」

 彼は見送りに背を向け旅立った。



 二



 広大な砂漠が眼前に広がる。目標が無ければ砂漠の寒い夜を過ごしつつ、紫色の帳の中、鎮座し方角を示す星々を頼りにするしかないだろう。だが幸いなことに、大小のサボテンが左右に等間隔に壁の如く植えられている。この間を進んでゆけば、必ず人里に辿り着ける、砂漠における街道そのものだった。

 烏帽子を直し、着物の袖をヒラヒラさせながら彼は砂の上を歩んでゆく。

 武者修行という名目で旅に出たわけだが、彼には一つ、目的があった。

 ここから南東のバルケルという港町に「勇者の火山」という名前の名所があるらしい。旅商人から聞いた話だが、その火山の火口には一つの大きな剣が地面に突き立っているのだという。

 その剣はどんな力自慢でも引き抜けないという。おそらく引き抜けるのは神に選ばれた勇者のみだろう。そういう噂が広まりそこは勇者の火山という名所になったのだという。そして我こそは神に認められし勇者だと信じる者達が剣を引き抜かんがために絶えることなく訪れるという。

 彼は自分が神に選ばれし勇者だとは思ったことはない。しかし、剣術には自信があった。一人の剣士として実に興味深い名所だと感じていた。引き抜けなくても良い、古の戦士が立てた剣をこの目で見、触れ、握り締めたかった。

 彼の兄達も剣をたしなんでいた。なので勇者の火山に足を運んだという。無論、引き抜くことはできなかったが、剣は太刀であると彼らは揃って言っていた。刀を好む者として太刀とは魅力的な響きだった。なので彼は引き抜けないとは思うが、もしかしたらという微かな思いを抱かないわけではなかった。

 そうして期待と興味に胸を躍らせ歩みをずっと進めてゆくと、やがて村が見えて来たのであった。



 三



 石造りの家屋が疎らに立っている。

 街道沿いの村ということで、行商人や旅人の姿が多く見られた。中には顔立ちや肌の色の違う者もいた。

「おい、何だあの格好? いや、顔!」

 彼が歩くところ奇異の目が向けられた。だが、それは他の領地から来た者達で、このイージアに住まう者達は頭に被る烏帽子を見て、慌てたように跪くのであった。

「良い良い、忍びの旅でおじゃる」

 彼は跪く者達に向かってそう優しく声を掛けた。

「しかし、宿はどこでおじゃろうな」

 地元の者達に訊きそびれ、村の奥の寂れた場所に辿り着いた時だった。

 彼は殺気を感じ、足を止めた。

 程なくして覆面をした者達が、彼の後ろから現れた。

「その方ら、麻呂の命が狙いでおじゃるか?」

 彼は背嚢を地面に置いて尋ねた。

「アンタは貴族らしいからな。金とついでに面倒だ、命を貰う」

 男の声だった。覆面の者達は五人いた。その内の真ん中にいる者が答えた。

 その口上と、五人全てがこの辺りで主流である刀ではなく剣を握っていることから、他の領地から来た者達だと彼には分かった。

「無駄口はここまでだ。殺せ!」

 敵が揃って襲い掛かって来た。

 彼は刀の柄に手を掛け、間合いを見計らった。

 そして刀を振るった。

 刃が鞘を走り抜け、疾風を巻き起こし、薙ぎ払われる。一振りで全ての凶刃と打ち合った。その内の一本が圧し折れる。敵が瞠目している中、彼は刀を鞘に仕舞い、再び身構える。

「まだやるでおじゃるか?」

 彼が問うと、一人が斬りかかって来た。

 振り下ろされた鍛錬の薄い一撃を先程と同じ居合斬りで圧し折った。

「何だ、こいつ、大道芸人みたいな面しやがって、滅茶苦茶強いぞ!」

 武器を失った一人が叫ぶ。

 すると次々残る三人が襲い掛かって来た。

 彼は居合で二本の剣を弾き飛ばした。

 が、最後の一人、頭目と思われる男の両手剣だけは彼の刀と競り合いを続けていた。

 見れば、その剣は強盗には似つかわしくない装飾の施された剣だった。鍔の真ん中にエメラルドだろうか、緑色の宝玉が埋め込まれている。

 強盗の頭目は膂力だけは見事なものだった。

 何度も何度も彼の刀と敵の両手剣は打ち合った。

「フン、この名剣キルケーはな、あの伝説のハーフエルフの鍛冶師スリナガルが打った物なんだよ!」

 敵は不敵に嘲笑う。

 剣匠スリナガルの名は聞いたことがある。彼の打った剣の一つ一つが伝説のようなものだった。対してこちらは手入れを欠かさなかった高品質の刀だ。彼は焦りはしなかった。冷静に敵の刃の軌道を読み、避け、必殺の反撃をする。それだけを考えていた。

 膂力はあるが隙が大きいのが決定打となった。

 彼は力任せに振り下ろされた剣を避け、刃の背で敵の手を打った。

 みね打ちだ。

「ギャッ!?」

 頭目は激痛のあまり声を上げ、剣を取り落とす。

 彼は刀を鞘に仕舞い、居合の恰好で尋ねた。

「まだやるでおじゃるか?」

「ちっ、覚えていろよ!」

 武器を失った悪漢達は去って行った。頭目はこちらを恐れず、しっかりと剣を回収して行った。

 ああいう手合いには命よりも金やそれに連なる物の方が大切なのだろう。

 去り行く敵を見ながら彼は溜息を吐いた。できれば人を斬りたくはなかった。人を斬ったことも無い。そしてそうならずに済んだことに安堵したのだ。

 また襲ってくるだろうか。彼はそう思案しつつ、元来た道を引き返し、広い通りに戻ると恐縮する地元の者に宿の場所を尋ねたのだった。

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