少女と野獣

霜月 風雅

第一章


村ではその少女はこう呼ばれていた。

「ベル」

たいそう美しい顔、小さく可愛らしい姿をしている。美しい少女ベル。しかし、彼女はこうも呼ばれていた。

「電波ちゃん。」

本人としてはベルなんて呼び鈴のように呼ばれるよりも電波ちゃんと呼ばれていた方が気が楽だった。

「おはよう、ベル。今日もいい天気だね。」

「うん、おはよう。ウィル、今日もステキなケツ顎ね。」

「けつっ!?あ、ありがとう。」

「どういたしまして。」

にこり、まるで花が咲くように少女は美しく笑いました。それだけで牛乳を届けにきたウィルは顔を真っ赤にしてもじもじしてしまいました。そんなことを知らないし興味もない少女は楽しそうに鼻歌を歌って家に戻ってしまいました。

ベルはあまりというか全く他人に興味がありません。彼女が好きなのは本であり、そこにあるファンタジーの世界だけなのです。

「あら、電波ちゃんってば今日も本の世界にいるのね。」

「本当に変な子よねぇ。」

ベルには姉と妹と兄と弟がいました。けれどもそのうちの誰ともベルの性格は似ていませんでした。噂話とお洒落が好きな姉と妹バラとブルはいつも村の男たちを周りに侍らせていました。ぺちゃくちゃと話すうるさい話題に中身はなく笑顔が浮かぶだけです。

「おはよう、ベル!!今日も本を読んでいるんだね。あとでどんな話か聞かせてよ、僕みんなと遊んでくるね。」

「いってらっしゃい、ボロ。」

少女に全く興味のない兄ビリーとは対照的に弟のボロは少女の話を聞くのが好きなようで寝る前には必ず少女にその日に読んだ本の内容を聞かせてくれとせがむのでした。

「ふぁー・・いい天気。今、空から竜とか出てきそう。」

ひとつ、伸びをして少女は家の中に戻ります。彼女は電波でしたが、器量のいい娘でした。本を読んでいないときはたいていメイドたちと一緒に炊事や家事の手伝いをしているのでした。

「お嬢様、お願いですから、そんなことは私たちにお任せになってください。あぁ、お嬢様。」

「大丈夫よ、私こういうの得意だもの。ほら、見て、こんなにキレイにじゃがいもを剥いたわ。」

「すごいです、お嬢様!」「キレイです、お嬢様!」

しかし、少女の父親は彼女がじゃがいもの皮をきれいに剥いたり、ドロドロの洗濯物を真っ白にしたりするのを、あまり快くは思っていませんでした。そのため、父は少女がメイドたちを手伝っているのを見るたびに怖い顔をして

「おや、ベル何をしているんだ。」

「やめないか、そんなことは。」

「ベル、いい加減にしなさい!」

そんなことばかりを言って、ベルのことを外へと連れ出します。昔は父だってそんな人ではなかったのです。

 少女の父は、発明家でした。今でこそ、こんなにお金も名誉もありますが昔は誰も相手にしないようなくだらない発明ばかりをしていました。その頃は少女もよく父の発明を手伝い体中を油やらなにやらで真っ黒にしていました。しかし、ある日発明の最中に母が死んでしまい、その発明が世間に認められた途端に家族は変わってしまいました。母の代わりに得たものが大きすぎたのか、金と名誉の代償として失ったものが大きすぎたのか。それはもう誰にもわかりませんが、あの頃に戻れないということは家族の誰もがわかっていました。

「・・・私のすることは、もう何もなくなったのね。」

それきり、少女はいつも家では孤独でした。孤独、というほどのものではないのかもしれませんが、とにかく自分のやることも居場所もないように思えました。誰もが見つけているやるべきことを、自分だけが見つけられていないのです。

この世界に果して自分を必要としてくれている人なんて

「・・・いない、わ。」

もう、涙すら出ない悲しみにそれでも少女は桜色の唇をぐっと噛み締めたのでした。

美しいというだけの存在なんて、一つも価値がない。

「・・あぁ、いい天気。本当に空から竜なんて降ってこないかなぁ。」

この生活から抜け出せるならもう何だっていい。そう考えて少女はまた、読みかけの本へと視線を戻した。

 そして少女のその願いは、突然に叶ったのでした。

彼女の父の発明が大失敗したのでした。というのも、父の発明品は工場でたくさんの職員が流れ作業で組み立てていたのですが、たまたま父に昼食を届けに行った少女に職員が心を奪われてしまい、余所見をしている間にパーツを幾つか入れ忘れてしまいそれが各所で欠陥品としてリコールされたのです。

「・・・」

「信じられないわ。」

「本当にありえない。」

「どうするのよ、もう。」

「ご、ごめんなさい。」

「ベルは悪くないよ。謝んないで、ベルは何も悪くない。」

家族の非難の瞳を受けながら、少女は頭を下げました。弟の言葉を聞きながら、それでも必死に謝り続けました。

 財産を失ってしまった一家に残されたのは、町からずっと離れた小さな別荘だけでした。と言っても今は本宅がないので、この別荘を本宅と言ってもいいいのですが。

メイドを雇うお金もなくなったので家のことは全て自分たちでしなければならなくなりました。メイドたちの中には少女と共に行きたいと言ってくれる者もおりましたが、それではお金も払えなくて申し訳ないからと、少女が丁寧に断りました。

「ですが、それじゃあ誰が、みなさんのご飯を作るのですか。誰が洗濯をするのですか。一体この家の誰が?」

「大丈夫、心配はいらないわ。私、自分で言うのもなんだけど、それなりに動けると思うんだわ。そうね、少なくともジャガイモは誰よりもうまく剥くことができるってこの間わかったわけよね。」

「そうですが、」

「お嬢様、」

大丈夫、もう一度言い聞かせるように言うと少女はニコリと笑って心配そうな顔をしたメイドたちを抱きしめた。それは、どこか必死に縋りついているようにも見えました。

 メイドたちがいなくても家のことはたいてい少女ができたので毎日、少女は今までにないくらい必死に家のことをしていました。下の弟も少女の手伝いを進んでしていましたし、あんなに少女に冷たかった兄さえも、最近は少し口を利いてくれるようになりました。

「おかえり、兄ちゃん。今日は、ベルの作ったハンバーグだよ!!」

「お、おかえりなさい。」

「兄ちゃん、ベルのハンバーグ好きだろ?」

「あぁ、それは楽しみですね。」

少女は嬉しくてたまりませんでした。今まで自分のことを視界にすら入れてくれなかった兄が、自分の方を見て笑ってくれたのです。

それだけじゃなく自分の作ったハンバーグを好きだと思ってくれたのです。

「よかったね、ベル!!」

「うん、・・うん。」

少女と弟が嬉しそうに笑い合うと口元に笑みを残したまま、兄は二人の頭を撫でました。優しく大きな手でした。

「ベル、いつも・・ありがとう。」

「!!」

少女は嬉しくてたまらなく泣きたくなりました。自分のせいで家族がこんなに苦労しているというのに、こんなに優しくされていいはずはないというのに。毎日、ただ必死で家事をしているだけの自分がこんなに褒められていいはずなんてないのに。今まで以上に嫌われなくてはいけなかったはずなのに。それを覚悟していたはずなのに。

「・・あれ?ベル、泣いているの?」

「えへへ、何か・・嬉しくて。」

家の中に入っていく兄の背中を見ながら、少女はポロポロと涙を流していました。心の中は温かい幸せで満ちていました。

 「信じられないわ。もう、本当にあの子は食事を褒められたくらいであんなに嬉しそうにしちゃって。」

「ここにきてから、あの子の服はますます地味になって。卑しいったらありゃしないわ。」

「こんな不幸の中にいるっていうのに。原因はあの子だっていうのに。鈍いんだから。」

「本当に。」

くすくすと姉たちは少女のそんな姿を窓から見下ろしていました。姉と妹は少女の手伝いなんてこれっぽっちもしないで、美しい服を見たり髪飾りを取り出したりしながらぺちゃくちゃと昔のことを思い出してお喋りをしているばかりの一日を過ごしていました。

 父はといえばそんな子どもたちを見ながらも、自分が今までしてきたことのせいでもあるため何も言えずにいました。

少女に感謝していても、兄や弟のようにそれを告げることもできず。

少女のせいでこうなってしまったことで、手伝ってやってほしいと姉や妹に強く言えず。全ての原因であり、幸福の源である少女に近づくことすらできないのです。

「ああ、ベル。すまない、ベル。」

そんなある日、父は少し遠くの町で開かれるパーティでぜひ新作の発明品を出展してほしいと呼ばれました。これで発明品がまた認められれば、またもとの生活に戻れるかもしれない、と姉や妹は大喜びでした。

「そのためには、まず発明品を作らないとだな。」

「そうですね、お父さん。僕も手伝います。」

「僕とベルも手伝うよ!ね、ベル?」

「・・・え、うん。・・手伝っても、いい?お父さま、」

「もちろんだとも、あぁ、もちろんだとも、ベル。」

父はそう言うと少女の手を優しく強く握りしめました。家事や炊事をほとんど一人でしていたため、少女の手は肌はがさがさに荒れていました。父は涙が出そうになりましたが、こらえて少女に優しく笑いかけました。

「わしには、お前が必要なんだよ。」

そうして家族で力を合わせて出品する発明品を作りました。その甲斐があってか、とても素晴らしいものができあがり、商人は胸を張って出かけていくことになりました。

「では、いってくるから、期待しているんだよ。」

姉と妹は、久しぶりに町に行くという父に、ドレスやら毛皮の襟巻きやら、その他にも色々な高いだけで何の足しにもならないものをおねだりしました。しかし、少女はあの発明が認められたとしても、自分には何かをねだる資格も必要性もないと思っていましたのでおねだりはしませんでした。

「ベルは、何か買ってきてくれとは言わないの?」

「あら、ボロ。あなたこそ、何もおねだりしないのかしら。」

「二人とも、何か必要なら言うといいですよ。」

澄ました顔で聞いてくる弟に少女は笑いながら尋ね返しました。そうして、弟と二人で兄の問いかけに

「私は、バラを一本、お土産に持ってきてください。ここでは、花があまり育たないんです。」

「バラだね。あぁ、ベルわかったよ。お安い御用だ。」

商人は、そう言って出かけて行きましたが、発明品は商人が思ったようには評価されずに結局のところ出たときと同じように無一文で帰ることになりました。

 疲れはてヘトヘトになりながら、商人は家路へと急ぎましたが、途中の森の中ですっかり道に迷ってしまったのです。

というのも、森に入った途端にあたりは風が吹き荒れ、雪はひどく降り続け、二度も馬から落ちてしまうほどだったのです。

そうこうしている間に、夜の帳は落ち、商人が空腹と寒さのために、もう死んでしまうのではないかと思ったとき、長い並木道の向こうに広い宮殿の明かりが見えたのです。商人は神に感謝しながら、急いでお城に入りました。しかし、近づいてみるとお城には人の気配は全くしないどころか、さきほどまでは輝いて見えていた宮殿もどこか不気味に薄暗く静まり返っているのです。

「誰もいないんだろうか。おや、何とも・・いい香りが。」

商人はお腹がぺこぺこでしたので、美味しそうな食べ物の匂いに誘われるように広間に入っていきました。すると、広間の机の上には豪華な食事が一人分、用意されていました。    

 しばらくの間、誰かいないのかと、待っていた商人でしたが、とうとう空腹に耐え切れなくなり、料理をばくばくと恐ろしい速さで食べてしまいました。

 すると、それまで静かだった広間に人の声が聞こえ始めます。それは、一人ではなく何人もいるようでした。

「食べたわ。しかも、ものすごい速さよ。」

「きっと、お腹がペコペコだったんだね。」

「それにしても、こんなところをご主人さまに見られたら、一大事だ。」

「大丈夫ですよ。この屋敷に害さえなければあの方は許してくださる。」

声は聞こえるのに、姿が全く見えないその会話は、商人をとても不安にさせます。食べ終えた皿を見つめたまま商人は動けません。

 そうしている間に、いつの間にか声は空気に溶けるように消えていましたので商人はきっと空耳だったのだろうと思いのろのろと立ち上がりました。

「あぁ、とても疲れた。どこかの部屋で眠りたい。」

そんなことを言いながら辿りついた部屋は、リビングのようで大きな暖炉には暖かそうな火が灯っていました。商人はそのときようやく自分の体が凍えそうなほど冷えていたことを思い出しました。そうして暖炉の前にあった大きな椅子に沈むように座るとそのまま、眠り込んでしまいました。

 次の日、商人は目を覚ますと椅子の横の机には美味しそうなココアが置かれていました。夕べはなかったそれは、とても温かそうな湯気を立ち上らせていました。

「これは、いったいどういうことだ。」

商人は驚いて立ち上がると慌ててその部屋を飛び出しました。こんな気味の悪いところにはこれ以上いられないと屋敷から出ようとしましたが、その途中で庭に咲く美しいバラの花を見つけてしまいました。その途端、商人の頭に出かけに少女にバラが一輪欲しいと頼まれたことが思い浮かんだのです。

「そうだ。バラだ、バラくらいは持ち帰れる。」

 商人はそう言うとまるで何かに着かれたように、入ってきたときとは反対側の庭に出ました。そうして燦燦と咲く紅い薔薇を一輪、手折りました。

 そのときです。まるで屋敷全体がビリビリと揺れるような地鳴りが世界を包みます。

「なんだ?いったい、何事だ?」

商人が慌てたようにそう叫ぶと同時にバーンという大きな音とともに今、商人が出てきた屋敷の扉が開き、そこから見たこともないくらいに恐ろしい姿をした野獣が出てきたのです。

「わああ!!」「お前か!この屋敷に勝手に入り、食事をし、寝床を与えられただけでは飽き足らず、私の花さえも持ち出そうとする者は!!」

低く唸るような声に、鋭い牙と鋭利な爪。体中を覆うように長い毛が生え、瞳はギラギラと油断なく商人を捕らえます。その姿に商人はガタガタと哀れなほど震え、その場にへなへなと崩れ落ちてしまいました。

「あああ、どうか。どうか、お許しを・・」

「私に許しを請うか。そんなに、そんなに私が恐ろしいか。私が醜いか。」

野獣は、商人を見下ろすと一つ大きく吼えました。それから、嘲るように高く笑うと商人に向けて大きく口を開けました。

「私の食事と寝床を奪ったのだ。私に食われても文句は言えまい。」

「そ、それだけは。それだけは、どうか。お許しください。なんでもいたしますから。」

怯え、項垂れる商人の姿を見つめていた野獣は忌々しげに目を逸らしました。それから、低く唸るような声で

「返答によるな。なぜ、花を持ち出そうとした。」

「娘が、私の娘がおりまして。薔薇を、バラを欲しいと、私は何も買ってやれませんでしたが、薔薇の花を持ち帰るくらいなら、と。」

「娘か。・・わかった、よかろう。お前を許してやる。」

野獣は、大きな目をギラリと光らせて商人と目線を合わせるように屈むと、冷たく言い放ちました。

「ただし、その娘を私に差し出すことだ。いいや、娘が喜んでお前の変わりに私の元に来ると言うなら、お前を帰してやろう。」

「そんな、どうかそれだけは、」

「だめだ。これは、お前が望んだことだ。さあ、行け。餞別としてこの城にある物をいくつでも持って行くがいい。娘が喜びそうなものを持って行くがいい。」

「ああ、どうか。どうか、それだけは、」

野獣のマントに縋るように手を伸ばす商人を振り払うようにして、野獣はそれ以上は言わずに城に帰って行きます。後に残された商人は、どうすることも出来ずにただただ、誰もいない庭で頭を下げていました。


 商人は、どうすることもできず城の中に戻り、持って帰れそうなものを探しました。

「はあ、私はとんでもないことを・・・せめて、もし私が死んでも暮していけそうなくらいの高価なものを持って帰ろう。そうして、私が戻ってきて食べられてしまおう。」

野獣が住んでいるとは思えないほど、城の中は高価な品で溢れていました。しかし、商人は何に入れて持ち帰ろうか、と思っていると突然、部屋から声がしてきました。

「あぁ、旦那さま。こちらの宝箱にお入れになるといいわ。」

「そうだね。これなら、丈夫だし・・ほら、しっかりと閉まる。」

「!!」

商人は驚いてそちらを見ます。そこには、ポットと時計があるばかりです。

「あ、ま、まさか。そんな、」

「やっぱり口を出すべきではなかったかしら。あんなに驚いてらっしゃるわ。」

「本当だ。しかし、もう遅いよ。注意しなかった我々にだって咎がある。」

ポットと時計はそう言って自分たちの倍はありそうな宝箱を押して、商人の前までやってきました。商人は腰を抜かしそうになりましたが、なんとか持ちこたえました。

「私は、本当に・・・おかしくなってしまったのか。」

「ええ。ええ、そう思ってもらった方が話が早いわ。それで、こちらの箱に入れてもらえれば、旦那さまがお家に帰った頃合いに旦那さまのお部屋にお届けすることができますわ。」

「こんなに大きな荷を持つのは、苦労ですからね。さぁさ、早く詰めてしまってください。ご主人さまの気が変わらないうちに。」

ポットと時計にそう急かされ、商人は何が何だか分からないままに手に取った品を次々と大きな宝箱に入れて行きました。

 そうして商人は、時計とポットに見送られ飛び出すように屋敷を出されました。馬を必死に走らせて商人は、一日とかからずに家に到着しました。

「あら、お父さま。おかえりなさい!どうしたんですか?」

「父さん、顔が真っ青だよ。何かあったのかい?」

心配そうに顔を覗き込んでくる少女とボロに商人は、喘ぐように言います。

「私の部屋に、何か、ないか?」

「お父さまの部屋?ボロ、見てきてくれる?・・・お父さま、お水です。」

少女の言葉にボロは、ぴょんと元気よく駆け出しました。そうして、少女が商人に差出た水を飲み終わらないうちに顔を真っ赤にして戻ってきました。

「すごい!ベル!部屋に見たこともないくらいに大きな宝箱があったんだ。開けて見たら何が入っていたと思う?ベル、宝物だよ!キラキラの宝石に綺麗なドレスだよ!」

「ええ?お父さま、どういうことですか?」「ああ、なんということだ!!」

ボロの言葉を聞き、少女が商人に尋ねるのと同時に商人は床に体を投げ出しました。その声を聞きつけ、少女の兄弟姉妹が次々玄関にやってきました。

「いったい何事だ?」「あら、お父さまだわ。私のドレスはどこかしら?」「お父さま、私の頼んだ宝石は?」

しかし、商人はその質問には答えずに泣きながら今、体験してきたことを告げました。その話に上の姉たちは悲鳴を上げ、自らの体を守るように商人から離れます。

「私は絶対に嫌だわ。そんなところになんて行かないわ。」「そうよ、それに薔薇の花を頼んだのは、この子じゃない。だったら、この子が行けばいいのよ!」

姉たちは、そう言うとドレスや宝石を見るために商人の部屋に駆けて行きました。残された兄と弟はなんとかして野獣を退治する方法を考えようと言いますが、少女は静かに首を横に振りました。

「私、行きます。だって、お姉さまたちの言うとおり薔薇の花を頼んだのは私だもの。それにそのお屋敷がなかったらお父さまがこうして無事に帰ってくることもなかったのよ。大丈夫、私一人でお父さまもあの宝物も頂けるなら安いもの。」

少女はきっぱりとそう言うと、外にいる馬に向かいました。

「さあ、馬さん。私をそのお屋敷に案内してちょうだい。ボロ、今日の夕飯はもう出来ているから、よろしくね。」

「待ちなさい、ベル。私も行こう。お前一人にはしないよ。」

商人と少女は、まるで何かに急かされるように馬に乗り込むと颯爽と屋敷に向かって駆け出しました。

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