男女の友情①

 諸君、恋は素晴らしい。

 私は教壇の上に立ち開口一番にそう告げたのだが、生徒達との問答の末に、私が恋愛に勤しむことを禁止されてしまった。

 なぜか。

 しかし皆々が口を揃えて述べた『いいからやめろ』という一言は確かな圧をもって私の気勢を削いでくる。私が担任を受け持つクラス、その黒板の前にて嘆いていると、眼鏡の女子が挙手の後に質問してきた。


「寅ちゃん、まずそれは本当に恋愛感情なの?」

「ふむ、続けてくれ」


 その身も蓋もない言い様に失敬なと憤慨しそうになるも、その女子生徒は人をあげつらうためだけに、そのような言葉を投げる人間ではないと思い直して尋ねてみた。


「なにか勘違いをしてるんじゃないかな。チャック開いてるのを見られて恥ずかしいと思ったのを恋だと誤認しているとか」

「それって吊り橋効果ってやつ?」

「いやちょっと違うだろ」

「えーそしたら、社会の窓効果?」

「なるほど異性を口説き落としたければ相手のチャックを開かせればいいのか、それはいいことを聞いた」

「なにそれウケる」


 相も変わらず騒々しい周囲の生徒達に有耶無耶にされそうになっていたが、眼鏡の女子生徒は真面目な顔をしてジッと私の返答を待っている。

 だから私は断固たる口調で頷いた。


「勘違いなどではない。これは間違いもなく運命の出会いである」

「本当に?」

「ああ」

「よおく、考え直して」

「なんと言われようとも答えは変わらん」


 繰り返される念押しに、私はふと感涙しそうになった。やさしい娘である。きっと私があやふやな気持ちで運命の人と接して、結末として傷ついてしまう可能性を心配してくれているのだ。それは彼女の真面目な顔をみれば分かろうというものだ。私は良い生徒をもった。


「勘違いで迫られる相手が不憫だから、もう一度考え直して」

「ああはい」


 どうやら勘違いだったらしい。


「寅ちゃん、そしたら俺も社会の窓を開いて女性に声かけてくる。止めてくれるなっ」

「やめんか馬鹿者」


 ノッポの男子がおどける様にして立ちあがるのを諫める。ふざけて社会の窓を開いているものだから、周囲の生徒が過剰に反応して、いっそう騒がしくなった。その騒ぎはおそらく周辺の教室にも響き渡ったことだろう。しばらくすれば大人しくなると静観していた私だったが、いつまでたっても治まらない。とうとう業を煮やした私が一喝するまで彼らは楽しそうにはしゃいでいるのであった。

 時々、この生徒達が本当に高校生なのかと疑うときがある。

 年齢詐称した中学生の集まりではなかろうな。

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