第43話 ピエロ

 カメは、黒幕の正体にある程度の目星をつけていた。


 まず、スリープに入っている者であること。これは、青鳥の引き渡し先がスリープだったことから推測できる。考えるに黒幕は、意思を持った人工知能を押しのけて、自分が青鳥の体を乗っ取るつもりなのだろう。その為に、技術を持った比丘田を現実社会に放ち、クローン人間を製造させたのだ。


 そうすると、黒幕はかつての犯罪者であると分かる。

 比丘田のクローンリストは、全て前科のある人間で構成されていた。現実世界の人間に顔が割れているリスクを冒してまでその体にこだわる理由は、自分の体を使いたいからに他ならない。


 そして、最後の一つ。これは、とある疑問に答えを出すことで導き出される。


 比丘田は老いていたが、自らの肉体のまま現実世界に出てきていた。ならば何故、黒幕は比丘田と同じ手段を取らなかったのか。


 答えは明白である。体が不自由なのだ。


 それが怪我によるものか、老化によるものかは分からない。だがいずれにしても、今の体を使えないことに違いはないだろう。


 “ スリープに入っていて、体の自由がきかない前科者。”

 これが、カメの思う犯人像だった。


 まあ、鵜森の言うことを丸々信じればの話ではあるのだが。

 上記の推理は、無垢なる人工知能が悪巧みを抱く黒幕の舌先三寸に踊らされたという前提のもと、成り立っていた。


 生来疑り深い性格のカメは、最も筋が通る説を念頭に置きはするが、並行して「そうじゃなかった場合」の推理もいくつか備える癖がある。


 ……しかし、あんなものを見てしまったら、そろそろ黒幕は確かに存在すると断じても良いのかもしれない。


 カメはウサギの目を通して、人間らしいいやらしさに満ちた不気味なピエロを見つめていた。


「……接触するぞ」

「オーケー。ちょっと待ってな」


 一歩足を踏み出す。瞬間、ザアッと人波が両脇に避けた。あまりにシュールな動きに少々面食らうウサギだったが、周りの人々は一切気にせず各々の行動を楽しんでいる。


 ――あのピエロが起点なのだ。

 統率された動きや、その際に違和感を抱かせないようにする彼らの脳への干渉も、ヤツを中心に起こっている。


 動揺を面に出すのも癪だったので、ウサギは開かれた道をのっしのっしと歩いていった。


「……オメェは、誰かな?」


 だが、完全には近づかない。一メートルほど距離を置いたところで、ウサギはピエロに尋ねた。


 ピエロは何も言わない。

 青鳥を引き渡すまで、あと三時間。ウサギは、できるだけ朗らかに話しかけた。


「もしかして、スリープシステムちゃんの意思というヤツかな? だとしたらとっても助かるよ。オレは警察の撃滅機関ってトコのウサギってモンなんだけど、どうしても君と話し合いがしたくてここまで来たんだ」

「……」


 勿論、嘘である。目の前の存在の正体が何であれ、黒幕の存在に気づいているなど知られない方がいい。


「今回、うちの部下がそちらに引き取られるらしいじゃない。それをどうか考え直してくれないかなーと思ってさ。いやぁ、事務仕事やってくれる若者はやっぱり貴重でね。それにあの子、いい子だし」

「……」

「代わりにジジイを一人あげるよ。陰険でドSで口が悪くて、性格面でのいいとこマジで一個も無いんだけど、頭だけはいいから何かに使えるかもしれない」


 半分冗談で半分本気な発言だったのだが、ピエロは身じろぎもしなかった。これには、流石にちょっと嫌になってきたウサギである。

 遊園地特有の軽快なBGMが流れる中、カメが続きを引き受けた。


「……やはりアレかな。意思を持ったシステムというのは、ただのバグの一環だったのかね。だとしたら、わざわざクローン人間をスリープに寄越してやるのはただの徒労に終わりそうだ。とっとと戻って、上にそのことを報告し――」

「おや、約束を破るおつもりですか」


 ついにピエロが喋った。とはいっても、顔は仮面で覆われているため、実際はくぐもった声として耳に届いた。意外にも、聞き取りやすい紳士的な声である。

 帰ろうとしていたカメは、ウサギのものである足を止めた。


「……存外いい声じゃないか。さあ、その調子でもっと話すがいいよ」

「話すも何も、それはそちらのお役割でしょう。……まずお尋ねしたいのが、侵入方法。私の張り巡らしたこの自慢のセキュリティ、一体全体どうやってくぐり抜けてきたのです」

「それはちょっと秘密の抜け道があってね。心当たりはないかい、スリープ君よ」

「……ああ、あの女の道ですか」


 返答に間があった点、そして “ あの女 ” と呼んだ点。これらを考えるに、やはり彼は人工知能ではなさそうだ。


 ――いきなり、ご本人にドンピシャときたか。


 ウサギは、グッと拳を握った。

 しかし、アバターを見つけるだけでは不十分である。なんとかして、ここから本体とを繋ぐ線を探さねばならない。


 だが、本来であれば光の粒子が行き交う二進数の世界は、今や仮想現実の皮で覆われてしまっている。どうすれば、この皮を剥がしてコードを覗くことができるのだろう。


 ……。


 なんかもう、まどろっこしいな。


「オメェさ、ほんとは誰なワケ?」


 あ、バカ、とカメは思った。しかし、膠着状態になりそうな現状に、次に打つ手を決めあぐねていたのも事実である。脳を同期している為いつもよりウサギの行動に肯定的になっていたカメは、彼の無鉄砲な切り込みに期待してしまっていた。


 対するピエロは、直立不動のまま仮面の向こうで喋る。


「……私はスリープシステムの中枢でございますよ。あなた方の、おっしゃる通りの」

「嘘つけ。本物の人工知能なら抜け道の事もすぐ分かったはずだろ。だからオメェは偽物だ。さぁ、早く本当のことを言いやがれ」

「本当のこと、とは……」

「オメェの正体だよ。まだしらばっくれるってんなら、オレが言ってやろうか?」


 ピエロは動かない。熱くなったウサギは、一歩踏み出した。


「スリープの中でスヤスヤしながら、システムを操り、人質を取ってまで現実世界に戻ろうとしている――それがオメェなんだよ、犯罪者!」


 そのウサギの言葉が合図だった。

 突然、全ての音がピタリと止まったのである。


 いっそ恐ろしいほどに静まり返るテーマパーク。周りの光景に気づいたウサギは、思わず小さく悲鳴を上げた。


 さっきまで談笑していた大人、手を繋いでいた子供、寄り添う恋人。

 ――無感情な視線が、全てウサギに向けられていたのである。


 皮膚に刺さるような沈黙に、ピエロの声が響く。


「……言ったでしょう、私はスリープシステムだと」

「……お前、何を……」

「ただし、あなたの言うことも間違いではない。私は確かに、最初は一つ二つの信号しか外に発せない無力なスリープ者でした。そこから積み重ね、声をかけ続け、道を広げさせた結果、やっとあの忌々しいスリープシステムに直接干渉できるまでになった」


 人間達は動かない。ピエロも動かない。

 大量の視線に晒されたウサギもまた、動けないでいた。


「――そして今、とうとう私は、システムに成り代わりその中枢となったのです」


 初めて動いたピエロの右手が、空に突き出される。


 同時に、夥しい数の人間が、ウサギの体に群がった。

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