第16話 残る可能性
「……てなわけで、僕の推理と解説終了や。どや、飲み込めた?」
「ちょ、ちょい待ってください」
太陽による怒涛の説明に少々関西弁が移りながら、青鳥は腕を組んで考えをまとめる。
太陽曰く、この事件の首謀者であろう比丘田は、何が原因か焦り始めているという。その結果が、大量の未完成品だとしたら……。
思うように人を作れなくなっている? もしくは、急に大量のデータが必要になった? あるいは、作り出された人が逃げてきているだけなのかもしれない。
しかし、焦っていると言うのなら、むしろチャンスであると青鳥は思った。今比丘田の居所を突き止めれば、隙をつけるのではないかと。
「ええこと言うやないか、青鳥」
青鳥が自分の考えを話すと、太陽は褒めてくれた。
「ほな、アジトはどこや」
「そこまではわかりません」
「なんかヒントとか無いか? 君、比丘田ンとこおったんやろ」
「きっとそうなのでしょうが、記憶が無いんです。はっきりと思い出せる最後は、店を見つけてフラフラ入るぐらいのもので……」
「それ、どっから来た?」
「え?」
「方向。ほら、あの店行くには北か東からしか無いやん」
太陽に指摘され、それもそうかと青鳥は目を閉じて思い出そうとした。だがぼんやりと霞みがかったようで、うまく記憶を引っ張り出してくることができない。
――どうにか、この人たちの役に立てないだろうか。目を開けた青鳥は、ある決意を胸に太陽を見た。
「太陽さん。バイクを貸してくれませんか」
「なんや、思い出したんか?」
「いいえ。ですが、現地に行けば何か思い出すかもしれません。脳が忘れていても、体は覚えているということがあります。だから今からあの場所に行って、同じ行動を取ってみようと思うんです」
「オーケー。ほな僕も行こか」
「いいんですか?」
「おう。こういうのは二人で動くもんや」
太陽は青鳥の背を一発叩いて気合いを入れると、彼を連れて車庫へ戻ろうとする。しかしその前に踵を返すと、北風の座るモニター前に来た。
何か用かと振り返ろうとした北風の頭に、大きな手が乗っかる。
「……北風、無理させてすまんな。悪いがもうちょい耐えてくれ」
三つ目に腕四本の異形となった部下の見てくれなど一切気にせず、太陽はワシワシと部下の頭を撫でた。北風はしばらくなされるがままとなっていたが、ハッとすると一つ頷き、急いで情報処理に戻る。
そんな北風をもう一度見て、太陽は青鳥に声をかけた。
「さ、行くで青鳥! クローン人間でも走れるな!?」
「は、はい……え、クローン人間!?」
うっかり新たなる情報を青鳥に口走った太陽であるが、今はそれどころじゃないので大丈夫である。引き続き困惑する青鳥を引きずりながら、太陽は大柄なその身を車庫へと走らせたのであった。
一方その頃、ウサギとカメは絶好調であった。
「オラオラオラオラどけどけどけーい!!」
「うわああああああ撃滅機関だ!! 噂通りジジイだ!! キメェ!!」
「キメェことあるかバカ!! むしろ気持ちいいだろ!!」
「はいそこまでだ。今から二、三質問をするから、お耳を澄ませてよーく聞いておくんだぞ」
手際よく、次から次へとID喪失者を粒に還してはホースで回収する。殆ど暴走に近い速度で移動するウサギの運転も相まって、二人は早くも四人片付けていた。
しかしID喪失者は、彼ら警察の処理を上回る速さで新たに出現している。通報されていない分を考えても、事態の沈静化は当分先になりそうだった。
「キリがねぇぞ、カメ。こうなりゃもう、直接比丘田を叩きに行こうぜ!」
粒子化した男をホースで吸い込みながら、ウサギは言う。それにカメは、冷ややかな目をして返した。
「叩こうにも、居場所が分からんことには動きようが無いだろう。比丘田のIDは、ヤツがスリープした後ただの一度も使われた形跡は無かったんだ」
「IDが無いなら、どうやってメシ食ってんだよ」
「システム管理者の協力があれば、いくらだって魔法を使えるのさ。IDを使った所で、すぐにデータを消せば証拠は何も残らない」
「ギギィ、厄介な相手! でもそっか、そんじゃ青鳥が撃滅機関のこと知ってても別におかしくなかったんだな。オレ、アレなんでだろーってずっと思ってて……」
「……今、なんと言った」
カメが、片眉を上げてギロリとウサギを睨む。それにすぐ気付いたウサギだったが、何か言い返す前に胸倉を掴まれた。
「今なんと言ったと聞いたんだ! 答えろ、ウサギ!」
「痛い痛い痛い! 召しちゃう! スリープ入る前にお迎え来ちゃう!」
「ふざけてる場合か! ……青鳥が撃滅機関の名前を知っていたと言ったな。お前は確かにそう言った!」
「う、うぇい……」
なんとかカメの手から逃れたウサギは、咳き込みながら問いかける。
「いや、何か変か? 比丘田が飯屋に出てきて食べてりゃ、ニュースやら何やらで撃滅機関の名前は聞くだろ?」
「……僕たちの組織の名前は、ニュースには出ない」
「え、そうなの?」
「当然だ。あんな思春期男子が考えたような組織名を真顔でキャスターが言えるものか」
「オレが三日かけて考えた名前酷い言われよう」
「にも関わらず、あの時の青鳥は何と言った?…… “ 撃滅機関の老害共 ” 、と言ったんだ」
カメは口元に指先をあて、考えている。その横顔は、青ざめていた。
「おかしい。これはおかしいんだ。撃滅機関の名を知っているのは、お前がそう名乗った相手――つまり、助けられた連中と捕らえられた連中、そして警察だけだ。助けられた連中の数はごく僅かだということを踏まえると、残るはID喪失者と警察。しかし警察の中に比丘田の協力者がいるとは考えにくい。撃滅機関を目障りに思うなら、とっくに圧力をかけてきていたはずだからだ」
「まぁそういう立場のヤツならすぐに潰せる部署ではあるな、撃滅機関」
「それをしていないということは、つまり目障りに思いながらもできなかったということになる。でなきゃ “老害共 ” なんて言い方はしないだろうからな。加えて今の僕らの上司はあの太陽君だ。不審な動きがあればすぐ僕らに情報を寄越してくれるだろう」
「……となると、残るは捕らえられたヤツか」
ここでようやく、ウサギもカメの思考に追いついた。彼の目は、近く訪れるだろう結論にいつもの明るさを失っている。
だが、それでも認めようとはしない。カメの導く論の穴を突こうと、ウサギは口を開けた。
「システム管理者の線だってあるだろ! そいつなら何でも知ってたはずだ!」
「わかっているだろうが、それも警察と同じ理屈で除外される。僕らを邪魔に思うなら、即刻消してしまえる立場にあるからだ。……その点を考えると、比丘田からシステム管理者に連絡を取れなかった可能性が出てくるな。しかし今は無視しよう」
「……!」
言い返す言葉が無くなったウサギは、黙って拳を握った。その姿を鼻で笑うことも忘れ、真剣な目をしたままのカメはいよいよ核心へと迫る。
「――ID喪失者だ、ウサギ」
カメの声は、凍りついていた。
「会って話すといった方法ではない。情報は、ID喪失者の耳や目を通して直接比丘田に送られていたんだ」
「……」
「――ああクソ、何故こんな事に僕は気づかなかったんだ!」
オールバックを掻き毟るカメに、ウサギは立ち尽くしていた。――彼の結論は、粒子化を免れ、食い止め、名を与えた部下である男にも、該当するからである。
「……彼は、このことを」
「知らんだろうな」
「なら、早く対処しねぇと」
「ああ、とりあえずまた留置所にでも放り込んでボードゲームでもやらせておけば……」
ここで、ウサギのゴーグルのセンサーに赤い点滅の反応があった。人に危害を加えかねない事案が起きたのである。
「カメ、とりあえずこの件は後回しだ! 急ぎこっちを片付けるぞ!」
「はいよ」
二人がまたがったバイクが空に浮かぶ。
奇しくもその点滅が示す場所は、彼らが青鳥と初めて出会ったあのファーストフード店だった。
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