第8話 名付け
かくかくしかじかとカメの推理を太陽に説明した所、働き盛りの男は手渡された菓子を握りつぶさんばかりの苦悩を表した。しかし、なんとか事情は飲み込んでくれたようである。
「ほな、何か類似の事件があった際にはすぐ撃滅機関と連携が取れるよう、根回ししときます。せやけどコレ、くれぐれも他の人に言わんといてくださいよ? 苦労するんは僕なんですから」
「分かってる分かってる。今までオレ達が太陽君の期待を裏切ったことあったか?」
「裏切られたことしかあらへん」
あらへんらしい。心外であるが、若者の意見を尊重するのも年長者の役目である。
ウサギが渋い顔で頷いていると、カメが前に出た。
「ところで、今警察内部であの事件はどういう扱いを受けてるんだ。まさか早速無かったことにしてしまったんじゃあるまいな」
「あ、なってもうてますよ。犯人は無事捕まったちゅうことにして、それで終いになりました」
「げ、そうなの!? 銃の出所とかワケ分かんねぇことばっかなのに、よく終いにできたな!」
「ちょ、声が大きい!」
ウサギを宥めつつ、太陽はキョロキョロと辺りに目をやる。二人は、太陽を連れ出して警察署の中庭に来ていたのだった。
人気の無い周囲にホッと息をつきながら、太陽は言う。
「……僕もそう思いますよ。ほんでも、今とか犯罪自体まず起こらへんでしょ。やから犯人が綺麗に消えてもうたら、他にやることも無いんです」
「やること無いはずあるか。……と言ってやりたいが、まあ実際問題として、警察自体が犯罪に対応できる組織でなくなっているからな。腑抜けたもんだよ、まったく」
「犯罪対応より、防犯、抑止がメインですから。ほら、やからこそ撃滅機関が組織されたんでしょ?」
「ケッ、都合のいいことだ。テイのいい厄介払いを捕まえといてよく言うよ」
カメは太陽の持っていたクッキーを鷲掴みにすると、苛立たしげにボリボリと咀嚼した。よく食べるジイさんである。
「――とにかく、きっとそう遠くない未来にまた似たような犯罪者が出てくる。やっつけ方は簡単だが、そうしてしまえば黒幕の尻尾は掴めない。片っ端から捕まえて、情報を集めていくのが得策だ」
「そうですね、それが良いと僕も思いま――」
太陽が同意しかけた時、ふいに彼の腕時計から呼び出し音が鳴った。太陽は二人に軽い断りを入れ、腕時計のボタンを押す。
『太陽さん』
ホログラムが空中に映し出される。真面目くさった声の主は、太陽の部下の北風だった。
「どないしたん、北風。急用か」
『はい。犯罪者が出たと市民から通報がありました』
「は?」
眉間に皺を寄せ、太陽はジイさん二人を交互に見る。どうやら早速予言が当たってしまったらしい。
『つきましては、撃滅機関の方々に出動命令をお願いいたします。情報は今から送りますので……』
「あ、ああ、わかった」
『では』
抑揚のない通信が終わる。相変わらず、機械と聞き紛うような事務処理っぷりだ。
「……えー……」
なぜか気まずそうなのは、太陽である。対するウサギとカメは、揃って右手のひらを上にして彼に差し出していた。
「……すぐに、錠剤とバイクの手配をします」
「よろしくぅ」
撃滅機関、出動である。
それから、一ヶ月。
幸い一般市民への被害は無いものの、軽犯罪の数はゆうに八件にも及んでいた。これは、今までの犯罪抑止率から考えるとありえない数字である。
よって、流石に由々しき事態と見た上層部が、太陽をトップとした専門調査部を急遽組織したのであるが……。
「案外、報連相ってできねぇもんだね」
手を頭の後ろで組んで、ウサギはぼやく。
「あれほど名前を聞くなっつってんのに、みんな聞くんだもんな。中でもさ、三人目の美女」
「こぞって五人ぐらいが連絡先を聞いて、一瞬で粒子化させてたな。永遠にトラウマになればいい」
「で、結局、生き残ってるのは青ジャケだけか」
嘆息し、二人はあるドアの前で足を止める。そこは、例の男が収容された留置所であった。
「ヘーイ、尋問の時間だぜー!」
ドアをガンガンと叩くと、迷惑そうな顔をした警察官が出てきて、無言で通してくれた。それを全く気にした様子のないウサギは、鷹揚に片手を上げて中へと足を踏み入れる。
通された先にいた青ジャケットを着た男は、二人を視界に収めると存外嬉しそうな顔をした。
「一日ぶりですね。ウサギさん、カメさん」
「おうよ。どう? ここの暮らし」
「ええ、快適です。前に住んでいた所よりも広くて、設備も……?」
「ところでさ、今日はこんなものを持ってきてみたんだ」
青ジャケットの言葉を慌てて遮り、ウサギはボードゲームを取り出す。――この一ヶ月で、IDの無い人間に与えられた情報には差異があると分かったのだ。だから、突っ込んだ会話をして混乱させるより、別の何かで埋めて時間をやり過ごした方が粒子化を防ぐことができるのではないか。それが、ウサギとカメの出した結論だった。
まあ、単純に暇なのである。得体が知れない若者であるが、明るく素直な男は二人の暇つぶしにはもってこいの相手であった。
ウサギは嬉々としてボードゲームを広げながら、男にコマを渡す。
「好みの姉ちゃんを落としていって、一番でけぇハーレム作ったヤツの勝ちだ。ちなみにオレの最高記録は十二人な」
「まあ肩の力を抜いてやりたまえよ。僕は二十一人だ」
「なー! こいつめちゃくちゃキモいよな!? こんな澄ましたツラして二十一人はべらしてんだぜ!!」
「ゲームの中の話だろ。もしくは既に現実と虚構の違いも分からんほど脳細胞が死んだか。このゲームが終わったら線香でもたいてやるよ」
「ピャーッムカつくわね! ちょっと聞いた青ジャケ!? アタシ達協力して絶対コイツをギャフンと言わせてやるわよ!?」
「な、なんで急にオカマになったんですか……?」
「しかし、いつまでも青ジャケと呼ぶのもややこしいな」
カードを配り終えたカメが、さらりと言った。ウサギは肩をピクリとさせたが、青ジャケットが気づくことはなかった。
「あ、えっと、オレの名前は……」
「ここは留置所だ。個人の名前を名乗ることは許されていない」
「そうなんすか」
「そうとも。だから、僕らが君に名前をやろう」
カメは、大仰に人差し指を振った。
「……ではまず、ウサギからどうぞ」
「オメェさては何も思い浮かんでねぇな?」
「そんなことはない。ただ、僕の考えると名はあまりにも高尚であるからして一般的な感性とは」
「そうだなぁ、青ジャケット着てるだろ? じゃあ青にちなんだ名前がいいよなぁ」
「聞けよ」
なぜかソワソワとしている男を置いて、ウサギは腕を組んで考える。が、すぐにパッと思いついた。
「青い鳥の話は知ってる?」
「青い鳥?」
「うん。なんだっけな、青い鳥を探しに行かないと死ぬみたいな話なんだけどな、結局青い鳥は近くにいたとかそんな」
「幸せはすぐそばにあっても、なかなか気づかないものだという寓話だ」
「へぇ、初めて知りました」
「今度絵本持ってきてやるよ。で、そこから連想して、“ 青鳥 ” なんてのはどうだ!」
「青鳥」
口の中で繰り返した男の目に、不思議な色が差したようにウサギは感じた。彼が違和感を抱く前に、急いでウサギは詰め寄る。
「いい名だよ、青鳥! 最高だよ、青鳥! 交換したいぐれぇだよ、青鳥!」
「は、はい!」
男の元気な返事に満足げに笑うウサギの後ろで、自分のカードに目をやりながらカメが呟いた。
「……苗字だけじゃなく、名前も必要だろが……」
「チルチル!? 青鳥チルチルにする!?」
「別のでお願いします」
「フン、それじゃ “ セイヤ ” とでも名乗ればいい。青い鳥が見つかったのはクリスマスだというからな」
ぶっきらぼうなカメの言葉に、男は頭を下げた。これで、彼の名前が決まった。きっとこれが定着しさえすれば、名を尋ねられた時に彼が粒子化してしまうことはなくなるだろう。
「よーし、じゃあ改めてよろしくな、青鳥!」
ウサギは青ジャケットの男、改め青鳥セイヤに片手を差し出した。青鳥は少し躊躇ったものの、確かな質量を持った手で、その手を握ったのであった。
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