第6話 比丘田のクローン

「……処遇に困る事、せんといてくれませんか」


 署に戻ってきた二人は、心底困った顔をした太陽に見下ろされていた。ウサギもカメも最初から後輩の話など聞く気が無いと見え、まったく面白くなさそうにそれぞれ別の方向を向いている。

 そんな二人に、太陽は本日何度目か分からぬため息をついた。


「ええですか? 名前を聞いたらツブツブになって死んでしもたって、そんなん信じられるワケないでしょ!」

「お前の私見は知らんよ。 だって事実だもん」

「今回ばかりはウサギに同意だ。時に真実とは、太陽君の想像外の場所に鎮座してしまうもんだよ。引きずり下ろすより下から眺めて敬ってしまう方が楽だぜ」

「んんんんんん!」


 短髪を苛々とかきむしり、太陽は呻いた。しかし、どんなに怒りをぶつけられた所で、見たものを見ていないとは言えない。ウサギは、今しがた彼に怒られた真実を目の前の報告書にいそいそと書き始めた。


「書くな!」


 が、奪われた。


「いくらそれが本当やからって、もうちょい詳しゅう書いてください! 例えば、謎の光線を食らったとか……」

「防犯カメラで確認してもらえば分かるけど、そんなもん無かったぜ」

「自爆ボタンを押したとか」

「それならそもそも拳銃を自分に突きつける必要自体無かったはずだ」

「ぐうう」


 ……まあ、確かに自分が彼の立場であれば、名前を尋ねた途端ツブツブになって死んでしまったなどという報告書なんて、提出したくないだろう。ウサギは少しだけ太陽に同情したが、彼の手腕を信じて引き続き書類を作成することにした。


 そんなウサギの行動に、太陽は最後に大きくため息をついたのだった。










 太陽が肩を落として撃滅機関を去った後、ウサギはぼんやりと天井を仰ぎながら、今日起こった出来事を反芻していた。


 特徴の無い中年男の顔。食べていたバナナ。存在しないID。存在しない名前。

 どれもこれも、曖昧である。むしろ曖昧そのものが、あの男を表しているように思えた。


 ――そんな彼を、彼たらしめていたものは何だったのだろうか。ふと、そんな奇妙な考えが頭をよぎった。


「なぁ、カメ」

「なんだ」


 呼びかけられたカメは、さっきから一心不乱に自分の日記帳をめくっている。このご時世に日記という超アナログなものをつけている物好きなんて、世界中を探してもこの男ぐらいしかいないだろう。半ば呆れつつ、ウサギは彼に問いかけた。


「人間ってさ、何をもって人間と定義できると思う?」

「この忙しいのが見て分からんのか? まあ貴様にしては珍しく難しい事を考えているようだから、多少の敬意を払ってやってもいいよ。人間とは、人と人の間に生きる、尊厳だの権利だのが認められたヒト亜族の総称だ。一つ賢くなって良かったな、今日はケーキにロウソクを立てて眠ればいい」


 余計な一言までも早口で言い切り、カメはまた日記帳に顔を埋める。これ以上邪魔をしては肩の関節を外されそうなので、ウサギはまた大人しく物思いにふけることにした。確か最後に外されたのは四年前である。


 そういえば、もう検死は終わったのだろうか。ウサギはパソコンに向き直ると、情報サイトにアクセスをした。

 たちまち視界一面に男の情報が広がる。その殆どはアンノウンだったが、検死結果の項目は報告済みの緑ランプが点灯していた。そこにカーソルを合わせ、展開する。


 現れたのは、見覚えのある粒山の写真。しかし調査結果によると、どうもただの粒山ではないらしい。

 その一つ一つは、人間の内臓や皮膚などの成分とピタリ合致したとのことだった。


 ……粒を集めて、人間を作り上げたのか? 子供が粘土遊びをするように?


 まさかこんな特殊な粒が、せーので集まって自ずと人間になるわけがない。ならば、誰かがこれを作り上げたのだ。

 だとすると、誰がそんなことを?


「あった」


 ウサギが腕を組んで考えていると、カメが声を上げた。老眼の彼は眼鏡をかけ、日記のとあるページを見つめている。


「あったって何が?」

「今から二十年前に起きた事件だ。覚えてないか? 比丘田風蘭びくたふうらんという一人の科学者が、とある人間のクローンを作り出したんだ」

「そんな坊さんみてぇな名前のヤツ、いたっけか?」

「脳みその代わりにオガクズが詰まっているお前には、聞くだけ無駄だったな」

「うるせぇなぁ。でもアレだろ、ヒトのクローンを作るのって禁止されてるだろ」


 そうなのである。24XX年の日本においてなお、ヒトのクローンを作ることは法律により固く禁じられていた。

 ウサギの指摘に、カメは渋い顔で頷く。


「……無論。だからこそ、比丘田は捕らえられ、スリープ装置の中に入れられた」

「順当な結果だよな。で、そのクローン人間はどうなったんだ」

「そこまでは詳しく書いていない。恐らく廃棄されたんだろうが、あまり表沙汰にするとクローン人間にも人権があるとか何とか言って馬鹿騒ぎするアホが湧いてくるからな。警察も情報を伏せたんだろう」

「フーン。で、その比丘田とやらを何で今になって調べてんだよ」


 机に肩肘をついて言うウサギに、カメはこれでもかと言わんばかりに顔を歪めてみせる。腹の立つ男だ。


「まだ分からんのか。このタイミングでこんなヤツを引っ張り出すなんざ、答えは一つに決まってる」

「じゃあさっさと言えよ。面倒くせぇジジイだな」

「おお、おお、それじゃオガクズ頭にも分かるように教えてやるともさ」


 カメは椅子から立ち上がり、大袈裟な動きで両腕を広げた。


「……比丘田の人間の作り方は、とても画期的で変わったものだった。従来であればヒトの精子と卵子の結合により生み出されるクローンだが、そいつはDNAの情報から逆算して一つ一つ細胞を作り上げた。それらを緻密に組み合わせることで、一体の人間を作り出したんだ」

「ほぅ、すげぇな」

「理解していないならそう言え。なら、もっと手っ取り早く答えをやるよ」


 カメの顔がずいとウサギに寄る。その人差し指は、ウサギが空中に展開している中年男の哀れな姿を指していた。


「あれを見ろ。中年男のツブの山だ。あんなものを仕掛けられる人間がこの世にいくらもいると思うか?」

「思わねぇな」

「そうだろ? だからこそ、類似案件の抽出が必要になってくる。似たような事ができるヤツはいないかな、と」


 カメは、どこまでも冷たい瞳で言葉を紡いでいく。


「――同じなんだよ。比丘田の作り上げたクローンの元と、この男の末路がな」


 ウサギの目が、驚きと緊張に見開かれた。その姿に、ようやくカメは満足げに鼻で笑ったのであった。

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