訪れた出会い


 ほんの数分ほど進んだところで、改めて男の声が聞こえてきた。

 その声を頼りに、ジュードは足を速めてそちらに向かう。

 すると、見るからに荒くれ者と言わんばかりの男たちが、一人の少女を取り囲んでいた。


 その様を確認して、ジュードの表情は彼が自分で意識するよりも先に不愉快そうに歪んだ。


「(いかにもワルって感じだな……)」


 軽く足元を見下ろして、ちょうど近くにあった石を拾い上げる。

 小振りのミカンほどのサイズだが、硬度を持つ石となればこの大きさでも充分だ。

 あとは致命傷にならない程度の箇所にぶつければいい。


 ジュードの善からぬ思惑に当然ながら気づいていない男たちは少女ににじり寄ると、女性特有のその細い腕を力任せに引いた。


「ようやく追い詰めたぜ、お嬢ちゃん。もう逃げらんねーな」

「あんたが困ってるようだったから力になるって言ってんのに、逃げるなんてヒドいねぇ」


 角度的に少女の表情こそ窺えないが、嫌がっているのは明白だった。

 嫌々と頭を振る少女に対し、手を引く男は不自然なほどに顔を近づけ舌舐めずりをした――と、同時。


 辺りに乾いた音が響き渡った。少女が半ば反射的に男の頬を逆手で打ったのだ。

 だが、それは男の神経を逆撫でする行為にしかならない。


 ――次の瞬間、お返しだとばかりに今度は男が片手で少女の頬を打った。

 短く、そして小さく洩れた少女の悲痛な声。長く柔らかそうな藍色の髪が叩かれた衝撃で宙を舞う。

 少女は受け身も取れず、地面へと倒れ込んだ。

 その一連の光景を目の当たりにして、ジュードは目の前が真っ赤に染まるような錯覚に陥った。


「あんたが俺たちと遊んでくれるなら連れてってやるって言ってるだろ、そう嫌がるなよ」


 少女を殴った男は口元に笑みを刻み、倒れ込む彼女の身に跨った。

 だが、それと同時に側頭部に走った衝撃と鈍痛に男は苦悶の声を洩らす。

 目の前に星が散り、衝撃を受けた箇所がジリジリと熱を持ち始める。

 脈打つのに合わせて痛みを訴えるそこを片手で押さえながら男は地面を見下ろし、自分の頭に当たっただろう石を拾って周囲を見回した。


 それはジュードが咄嗟に投げつけた石だった。

 逃げる気も隠れる気もないジュードは茂みを片手でかき分けて、そちらに足を向ける。

 当然ながらそれに気づいた男たちは一斉に彼を見遣り、怒りと嘲笑を込めて厭らしく笑った。


「女の子相手に大の大人が寄ってたかって、恥ずかしくないのかよ!」

「テメェか、ふざけたことしやがったのは……!」

「勇敢なボウヤだねぇ、少し痛い目を見ないとわからないみたいだな――やっちまえ!」


 お楽しみを邪魔された、暴漢たちの顔にはそう書いてあるかのように不快感と怒りが滲んでいる。

 しかし、それはジュードとしても似たようなものだ。

 ジュードは女性に乱暴を働く男が大嫌いである。

 それは男は女を守るもの、と固く認識しているからという以外に、「母」というものを知らないからだ。

 彼に母親はいない。いないからこそ、女性という存在を大切にしたくなる。それは一種の憧れにも似ていた。


 男たちは一斉にジュード目がけて駆け出す。

 一人の男の突撃を横に飛び退くことで回避した後、素早く真横に回り込む痩せ型の男の顔面を肩に担ぐ鞄で強打し、叩き伏せる。

 身軽なジュードを捕まえて殴ろうと、少女を打った大柄な男は正面に回り、抱き潰す勢いで太い両腕を伸ばしてきた。

 それを身を低くすることで避けると、ジュードは地面に片手をつき身を支えながら男の両足へ勢いよく足払いを叩き込む。

 すると、大柄な男の身体は呆気なく後ろにひっくり返った。


 次に最初にいなされた男がいきり立ち、躍起になって再び彼へ向き直る。

 顔面を押さえて苦悶していた痩せ型の男も徐々にダメージから復活してきたらしく、ジュードを睨みつけながら腰から短剣を引き抜いた。


 お楽しみを邪魔する生意気な小僧にちょっとお仕置き――程度の考えだったのだろう。

 男たちの表情からは先ほどまでの余裕はすっかり消え失せ、怒りと共に僅かな焦りが滲んでいた。


 屈んだ反動を活かし、ジュードはそこから飛び退いて少女を庇うように立つ。

 そうして愛用の短剣を引き抜き目を細めた。

 できれば致命傷を負わせるようなことはしたくない、相手はどれだけ嫌いな人種でも同じ人間なのだ。


 ならば、とジュードはにじり寄る男たちを見据え、短剣を持つ手を横真一文字に薙ぐ。

 すると――その刹那。

 短剣に鎮座する蒼水晶が呼応するように輝き、男たちへ向けて無数の氷柱が飛んでいく。

 大きさこそ疎らだが、刺さればそれなりの傷になるだろう。


 暴漢たちは目を見開き「ぎゃあ! ひぃ!」などと情けない声を上げながら、飛んでくる氷柱を慌てて避けた。


「さぁ、まだやんの!? やるなら加減しないよ!」

「く……っ、くそ! 覚えてやがれぇ!」


 一度こそ男たちも応戦しようとはしたが、辺りに飛散した氷柱を見ると数拍の思案の末に舌を打つ。

 足払いを喰らって倒れた際に打ちどころが悪かったのか、目を回している大柄な男を二人がかりで引きずり、そして逃げ出した。


 ジュードは男たちが逃げていった方を暫し眺めていたが、戻ってくるような気配もないことを確認すると、短剣を鞘に戻す。

 それから少女を振り返り――そして、固まった。


 なぜって、その少女を見た瞬間、彼の心臓が大きく跳ねるような錯覚に陥ったからだ。

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