《魔法武器》


「えーと、今日でアウラの街を越えて……渓谷の手前で野宿かなぁ、馬車があればいいんだけど」



 その日、ジュードは一人荷物を背負ってどこまでも広がる平原を歩いていた。左手には地図を持ち、ぶつぶつと独り言を呟きながら道なりに進んでいく。


 現在彼がいるのは、いつも通っていた村から随分と南下した場所。この先には森がひとつと、その森を抜けた先にはアウラという名の街がある。あまり大きくはないが、長閑でよい街だとジュードは気に入っていた。


 なぜ彼が一人でそんな場所にいるのかというと、風の国ミストラルの南に位置する――火の国エンプレスへと向かう途中だからだ。



 * * *



『手紙? 火の国から?』



 父に呼ばれたジュードは、朝食が終わってからすぐにその作業場へと向かったのだが、そこで父グラムから告げられた話は一通の手紙に関することだった。



『ああ、昨日の夕方に届いたんだ。昨夜はお前が寝込んでいたから話ができなくてなぁ』



 父から渡された手紙の紙面に視線を落とすと、そこには非常にシンプルな一文が記されていた。


 “親愛なるグラム・アルフィア。今一度、貴殿の助力を願う”


 という、非常にシンプル且つ簡潔な文が。共に作業場にやってきたウィルは、ジュードが逆手に持つ封筒を手に取ると、封となっていた部分を見せてきた。



『この封蝋、わかるか? これは火の国エンプレス王家の紋章だよ、つまりこの手紙は王族から直々に送られたものってわけだ。王族がわざわざ助けを求めてくるってことは、十中八九魔物に関することだろうさ』

『王族から……』

『グラムさんは世界中に名が知れてるような名匠だからな、多分武具のことだとは思うんだけど……』



 ウィルはそこで言葉を切ると、困ったようにグラムの片腕に目を向けた。現在は衣服に隠れていて確認できないが、その腕には今も包帯が巻かれている。いくら名匠と謳われていても、ハンマーを握ることができないのでは良い武具など生み出せない。



『火の国の状況は聞いとるからワシとしても応えたいところではあるんだが、この状態ではそれも難しい。……そこでだ、ジュード。ワシの代わりに火の国まで行き、現在の状況を聞いてきてくれんか』

『グラムさんも俺も武具に関することだとは思ってるけど、本当にそうかはわからないし、そうだったとしても現在の状況がわからないことには、どうにもできないしさ』

『そっか、まあ……そうだな』

『幸い、火の国の王都ガルディオンには腕のいい鍛冶屋が揃っている。状況さえわかればお前たちの――を生み出す技術が役に立つはずだ』



 魔法武器――グラムのその言葉に、ジュードは自らの腰裏に据え付ける短剣をちらりと見遣る。

 魔法の力を具現化させる、それこそが彼らが持つ技術だ。ジュードたちはまだまだ鍛冶屋としては半人前以下ではあれど、この特殊な技法はジュード、ウィル、マナの三人しか今はまだ知らない。


 ジュードが現在扱っている短剣はその試作品で、氷属性を有している。いよいよ本格的に質のいい武器を使って生み出そうとしていた矢先に、グラムが怪我をしてしまったのだ。


 肝心の武器を造るグラムが抜けてしまった以上、計画は頓挫。彼らの技術はまだ表に出ていない。もしも、凶暴な魔物が数多く生息する火の国で効果を出せれば、その技術は瞬く間に世界中に広がっていくだろう。それは多くの者の希望と支えになってくれるはずだと、グラムはそう考えた。



『わかった、じゃあすぐにでも行くよ。ウィルもマナも、確か他に予定があったはずだし』

『うむ、病み上がりのお前に頼むのは気が引けるが……頼んだぞ、ジュード。火の国の現在の女王アメリア様とは、若かりし頃に少し縁があってな、大層よくして頂いたのだ。あの方がお困りなら、ぜひ力になりたい』



 父のその言葉にジュードはしっかり頷くと、早速旅の支度をするべく作業場を後にした。

 火の国エンプレスはこの世界にある五国のうち、一番魔物の狂暴化が進んでいる国だ。謂わば、一番危険な国とも言える。準備を万全にしておくに越したことはない。

 


 * * *



 程なくして森に着いたジュードは、辺りを軽く見回す。


 この森を抜ければ正午を過ぎて一時間ほど、といったところだろう。夜通し歩けば渓谷を越えることはできそうだが、夜は魔物が活動的になる。ジュードもそれなりに戦い慣れしているとはいえ、危険であることに変わりはない。それはさすがに無謀に近いと判断した。


 街に馬車がいればよいのだが、エンプレス方面に行く馬車が果たしてあるかどうか。火の国エンプレスには、風の国ミストラルとは違い凶悪な魔物が多数存在すると聞いている、そんな中を馬車が走ってくれるとはあまり思えない。



「……あ」



 何気なく投げた視線の先、そこには緑色をした液体型の魔物――スライムがいた。スライムは、ジュードの姿を見つけるなりふるりと身を震わせ、そのまま慌てたように逃げていく。



『コワイ、コワイ、コワイヨォ』



 その際、ジュードの頭には当たり前のようにそんな声が響いた。


 ――ジュードは、なぜだか魔物やら動物やら、本来は言葉が通じないはずの生き物の言葉がわかるのだ。それがなぜなのかは、本人にもわからない。ただ、気づけばいつも動物や魔物が好きなように喋っていた。


 現在は、世界各地で魔物が狂暴化している。

 そんな中で「魔物と喋れる、言葉がわかる」などと言えば、どんな目で見られるかわかったものではない。だからこそ、ジュードはこのことだけは誰にも言わないようにしてきた。恐らく、共に暮らしている父グラムや、ウィル、マナとて知らないことだろう。


 魔法を受けつけない特異体質に、魔物の声が聞こえる奇妙な頭。

 自分は何なのかと不思議に思うことも不安になることも多いが、考えたところでわからないものを考えても仕方がない。ジュードはそういう単純な男だ。頭を使うのは何よりも得意ではない。



「――待ちやがれ!!」

「!」



 そんな時だった。

 のんびりと森の中を歩くジュードの耳に、穏やかな雰囲気には似つかわしくない怒声が届いたのだ。何事だと辺りを見回してみても、声の出どころらしき姿は見えない。咄嗟に耳を澄ましてみると、微かに争うような声が聞こえてきた。


 厄介事に首を突っ込んでいられるような余裕はないのだが――わずかばかりの逡巡の末、ジュードは騒ぎとなっているだろう方へと駆け出した。

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