第3章・蒼き祈法師デューク
旅の目的
「んと、あのスケベジジイをぶっ飛ばしてアルマちゃんを元に戻すのが旅の目的なんやな?」
「ああ」
「ああ、じゃない!」
アーブルの街を後にしたラフィンたちは、新しく加入したプリムを連れて道なりに南下していた。目的地がひとまず同じということもあり、彼女の父であるレーグルも同行している。
オリーヴァの街はアーブルからであればそう遠くはない、道なりに進んで行けば今日中には到着できるだろう。
その道中、プリムはこの旅の目的をラフィンと共に確認していたのだが――至極当然のことのように返事を返したラフィンに対し、声を上げたのはアルマだ。
この旅の目的はあくまでも、各地で平和の祈りを捧げる祈りの旅。ジジイ神をぶっ飛ばすことがメインではない。少なくともアルマにとっては。
「ははは、わーとるってアルマちゃん。大丈夫やから、そんなに心配せんといてや!」
「う、うん、それならいいんだけど……」
そう笑いながら、プリムは隣を歩くアルマの肩を抱いた。
だが、そこで彼女は大きな猫目を丸くさせる。
「……?」
アルマが、そっと自分の顔を盗み見て赤くなってしまった。即座に逸らされる視線に彼女は思わず目を瞬かせ、不思議そうに小首を捻る。
ほんのりと頬を赤く染めながら、それでもアルマはどこか嬉しそうに――照れたように笑っていた。
「(……こ、これは、もしや……)」
言葉には出さぬものの、プリムはそっと生唾を飲み込む。
現在のアルマの姿は少年だ、そして元々彼は男性なのである。アルマとプリムは同い年、かなり年頃。強引に肩を抱いてしまったために、彼の片腕には現在プリムの豊満すぎる胸が衝突しているではないか。
もしや、アルマは結構なスケベなのでは。それも、口には出さぬムッツリ派。ならばもう少し押しつけて、青少年らしい反応を楽しんでやろうか。
だが、プリムがそこまで考えた時――彼女は後頭部に衝撃を感じた。ガツン、と固い感触からして鉄製の何かだろう。
「いだッ! ラ、ラフィン、何すんねん!?」
「今、内心でアルマを侮辱しただろ」
「な、なんでわかんの!?」
「なんとなくそんな気がした」
「こわッ!」
その犯人はラフィンだった、鉄製の何かは――彼が両手に填める手甲だ。
彼女は内心で思ったことをジジイ神のように口には出していない、だというのに見事に言い当てられてプリムは大仰に後退る。
ラフィンはアルマに関することであれば、いっそ鬼だ。人の考えていることまで見透かしてしまう悪魔のような男だと思った。もう人間業ではない。
先頭を歩く父の元へ逃げていく彼女を見送り、ラフィンはそっと斜め後ろから親友の様子を窺う。声をかけないのは昨夜の気まずさゆえに、だ。
アルマは寝ていたが、それでもやはりラフィンには気まずさがある、どうしても払拭しきれない。
「(なんか俺、結構ヤバい気がする……いや、けど男ならあの状況は仕方ないだろ)」
健全な男が可愛らしい少女に密着されて、その挙げ句柔らかい胸を押し当てられたらどうか――喜ぶに決まっている。例えそれが、よく見ないとわからないほど小さな膨らみであっても、だ。
しかし、アルマは本来は男。ラフィンの親友だ。決してそのような目で見たくはない。
親友は親友なのだ、ここでもしも変な目で見てしまうようになったら――アルマが男に戻った時、これまで通り仲良くしていくことが難しいような気がする。
「(……だってのに)」
こうしている今も、昨夜の様子が頭に焼きついて離れない。
自分の腕をしっかりと抱き締めて、それはそれは幸せそうな――安心しきった顔で眠るアルマ。ついでに言うのなら、ずっと片腕に感じていた柔らかい感触も。
思い出せば思い出すだけ、ラフィンの胸は不自然なほどに高鳴る。
神殿にこもっていることが多かったために白い肌と、落ち着いた茶の髪、優しい色を宿す蒼の双眸。ポンチョに隠れていてよくは見えないが、腰は細く――抱き寄せたらどんな反応をするだろうか。
朝方は寒そうに身を震わせていることが多く、抱き寄せて暖めてやりたいと寝不足の頭で今朝はぼんやりと考えて――
「――って、何考えてんだあああぁ!!」
「ラ、ラフィン……!?」
自分は何を考えているのかと、ラフィンは近くにあった木に両手を添えると何度も幹に己の頭を打ちつけた。気持ちを落ち着かせるかの如く。
だが、傍から見ればその光景はあまりにも怪しい。アルマが疑問を抱かないはずがなかった。
* * *
「ここがオリーヴァの街だよ、アーブルの二倍ほどはあるかな」
夕方にオリーヴァの街に到着したラフィンたちは、その街のあまりの大きさに思わず唖然とした。
彼らがこれまで暮らしてきたヴィクオンもかなりのものだったが、この街も非常に大きい。
建物の造りなどもアーブルとは異なり、全体的にアンティークな街並みだ。レンガ造りの建物が所狭しと並び、古びた印象を与えてくる。だが、実際に古いものもあれば、雰囲気を出すために古く見せている建物も多い。街の雰囲気に合わせるための工夫なのだろう。
「この街には宿が三つほどある、北側と中央の宿はやめておいた方がいいだろう。ギルドや酒場が近いせいで荒くれ者が多いんだ」
「なるほど……ってことは、アーブルに比べて治安は悪いのかな?」
「そうだね、騎士団が目を光らせているから無法地帯とまではいかないが……夜に街に出てはいけないよ。プリム、お前もな」
「わーってるって、ダイジョーブやからそんな心配せんといてや。パパは騎士団に顔出さんとあかんやろ? ほんまに大丈夫やから、心配せんとはよ行ってらっしゃい」
ラフィンはレーグルの言葉にしっかりと頷き、プリムは父と離れる寂しさを感じつつも努めて明るく振舞い、ヒラヒラと片手を揺らす。
この街に留まる間はいつでも顔を合わせられるが、遅かれ早かれ別れはやってくるのだから別れるなら早い方がよいと思ったのだろう。
「……そうだな、では……ラフィン君、アルマさん。娘をよろしく頼みます」
「はい、色々ありがとうございました」
「レーグルさんも、お仕事頑張ってください」
そんな娘を見て、レーグルは苦笑いを浮かべつつもラフィンとアルマに深く頭を下げると、静かに踵を返して街の奥へと消えていく。
ラフィンもアルマも、そんな彼の背中を見つめるプリムの姿をどこか心配そうに見守っていた。
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