一触即発


 ラフィンとアルマは赤毛の少女とその父に連れられて彼らの自宅へと赴いた。

 家の中は完全に明かりが落ちており、非常に暗い。ルネというあの赤毛の少年は既に就寝しているのだろう。


 少女は手慣れた様子でロウソクに火を灯すと、食堂テーブルの中央に置いた。続いて台所や壁の燭台にも火を点けていく。すると、ようやく部屋全体が暖かな明かりで包まれた。


「――それで! なんでアンタらがルネのことを知っとるんや!?」

「な、なんでって……」

「プリム、そう喧嘩腰になることもないだろう。……どうぞ、おかけください」


 プリムと呼ばれた少女はテーブルを片手の平で思い切り叩き、その先に立つラフィンとアルマを睨みつける。彼女の猫目には明らかな敵意と警戒が宿っており、迂闊に失言でもすれば襲いかかってきそうだ。

 アルマはそんな彼女を前に完全に委縮してしまい、身を縮めている。


 だが、彼女の父は娘を宥めながら穏やかな声でラフィンとアルマに着席を促した。

 ラフィンは片手で己の横髪をかくと、アルマと共に椅子に腰を落ち着かせる。見るからに怯えているような親友の背を撫でてやりながら。


「……夕方にギルドに行こうとして、ぶつかったんだよ」

「ぶつかった……ぶつかったやと!? あの子は病気なんやで!?」

「わ、悪かったよ……」

「悪かったで済むかい、ボケェ!!」

「だから謝ってんじゃねーか! 大体、ギルド行かなきゃならなかったのも誰のせいだ!」

「んなモン知らんわ! 金のない貧乏人が悪いんやろが!!」


 ラフィンの言葉に対してプリムは表情を怒りに染め上げたまま、今度は両手でテーブルを叩く。彼女が上げる怒声に触発されたようにラフィンも座したばかりの席から立ち上がると、片手をテーブルにつきながら声を張り上げた。


 ギルドに行かなければならなかったのは、宿に泊まる金がなかったからだ。そして、その元凶を作ったのは金を盗んだプリム――彼が言うことは別に間違っていない。

 しかし、彼女もまったく引き下がろうとしない、可愛らしい風貌を怒りで真っ赤に染めながら顔を突き出してラフィンと真正面から睨み合った。


「プリム、やめなさい」

「せやけど!」

「どのような理由があろうと、この方々から金を盗んだお前が悪い。……すみません、娘が失礼ばかり……」

「い、いえ、そんな……ほら、ラフィンも座って」


 そんな二人の口論を止めたのはプリムの父だった。四人分のお茶をトレイに乗せて戻ってきた彼の顔には、疲労が色濃く滲んでいる。

 自分たちの前に置かれていく花柄の可愛らしいティーカップを見て、アルマは慌ててお辞儀をするとラフィンの服を引っ張って着席を促した。


 するとラフィンは暫しプリムと無言で睨み合っていたが、ややあってから不承不承ながらも改めて腰を落ち着かせる。

 アルマはほのかにリンゴのような甘い香りを漂わせるカップの中身を、興味深々といった様子で見つめる。そして両手で大切そうに持ち上げると一口喉に通した。

 途端――その蒼の双眸は嬉しそうに輝き、先ほどまでの怯えた様子もどこへやら、すっかり上機嫌に表情を破顔させる始末。


「おいしい!」

「お気に召しましたかな、これはカモミールのお茶です。夜も遅い時間ですので、よく眠れますようにと」

「ありがとうございます、すごくおいしいです。ラフィンも戴きなよ、ホッとするよ」

「あ、ああ……」


 プリムは暫しアルマの様子を睨むように見つめていたが、傍らから父に「座れ」と促されれば従うほかない。

 渋々といった様子でどかりと乱暴に腰を落ち着かせると、テーブルに頬杖をついて明後日の方に顔を向けた。――さっさと出ていけ、言葉にされずとも、彼女の全身からはそんな雰囲気が滲み出ている。


「……申し訳ありません、娘が失礼なことばかりを。私はレーグルといいます、既におわかりでしょうがこの娘の父親です」

「あ、俺はラフィン、こっちはアルマです」

「ラフィンさんとアルマさんですね、本当にウチの娘が大変なことをしてしまい、なんとお詫びをすればよいのか……」

「あ、あの、僕たちお金のことで息子さんを探してたわけじゃなくて……詳しくお話を聞かせてもらえませんか? もしかしたら、お力になれるかも……」

「はっ、お力にってなんや? 大金でもくれるんか?」


 プリムの言葉にレーグルは横目に娘を睨む、言葉には出さずとも「黙っていろ」との意味が込められていることは、知り合ったばかりのラフィンでさえ理解ができた。

 レーグルは娘がそれ以上口を開かないのを確認すると、ひとつ咳払いをしてから静かに語り始める。


「はあ……私の息子のルネは元気な子だったのですが、先月のことです。急に高熱を出して寝込んでしまいまして、最初はただの風邪かと思い、様子を見ましたところ――」

「熱が下がらなくて、医者に診せたらモール病って診断された……ってとこか?」

「!!」


 レーグルの言葉を先をラフィンが呟くと、プリムは弾かれたように彼に向き直る。そして再び敵意を露わに睨みつけ、身を乗り出してラフィンの胸倉を掴み上げた。


「なんでモール病やと思う!?」

「……俺の母さんがそうだったから。ま、お前の弟がそうなんじゃねーかって気づいたのはアルマだったけどな」

「……!」


 その返答は、プリムにとって意外なものだったらしい。ラフィンの言葉を聞くなり目を丸くさせると、掴んだ彼の胸倉を静かに解放する。

 モール病――罹れば決して助からない死の病だ。彼も自分と同じ痛みを背負っていたのだと、そう思ったのだろう。そして再度、今度は何も言わず椅子に座り直した。


「で、モール病の進行を少しでも遅らせるために盗みを働いて薬を買ってたのか?」

「……そや、完治はできんでも……ほんの少しでも長く生きてほしいねん。パパとママとウチで必死に頑張ってきたんやけど、ママも身体壊してもうて……今は寝とる。普通の稼ぎやと段々足りんくなって、そんで……」


 ラフィンも家族がモール病に罹った者だと、それを知って多少なりとも落ち着いてきたのだろう。今度は特に突っかかるようなこともなく、プリムは彼の言葉を肯定して頷いた。

 ラフィンはそんな彼女とその隣の父を眺めた末に、傍らの親友を見遣る。


「……アルマ、本当にいいのか? やめるなら今のうちだぞ」

「え、なんで?」

「愚問だったな、ったく……」


 ラフィンとしては、アルマが躊躇っていないかを心配したのだ。

 親友が持つ祈りの力は非常に稀有けうなもの。下手をすれば善からぬことに巻き込まれる可能性がある。

 だが、アルマが目の前で困っている人を見捨てられるはずもないのだ。言葉通り愚問だったかと、ラフィンは思わず苦笑いを滲ませた。


「俺の母さんもモール病だったけど、助かったんだ。今はヴィクオンで元気に暮らしてる。……その弟はどこにいるんだ?」

「た、助かったですと……!? ルネなら二階で寝ているはずですが……」


 その言葉はプリムとレーグルを驚かせるには充分すぎたらしい。父娘は目を丸くさせると、互いに顔を見合わせる。信じられないとばかりに。

 その様はまさに、鳩が豆鉄砲を食ったようなものであった。

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