性別変化


「きゃああぁ! アルマちゃん可愛い! とってもよく似合ってるわあぁ!」


 買い物を全て終わらせて、いつもしているように街の中を冷やかして回ってからラフィンはアルマを連れて自宅に戻った。

 時刻は夕暮れ時、夕飯にはちょうどいい時間帯だ。


 そうなのだが――ラフィンの自宅には母クリスの心底嬉しそうな、そして興奮した声が響いていた。


 というのも、現在ラフィンたちの前には女物の衣服を身に纏ったアルマがいる。それはクリスが若かりし頃に着ていた服らしい。

 裾が広がったふんわりとした白いワンピースだ、袖部分は半袖で普段長い法衣で覆われている二の腕までがしっかりと見える。裾や袖部分にあしらわれたフリルが可愛らしさを強調していた。


「母さん、ちょっと落ち着けって……」


 当のアルマ本人は複雑そうだ。

 それもそのはず――現在は少女の姿になっているとはいえ、アルマは元は男なのだから。それがわかっているからこそ、ラフィンは興奮気味の母に控えめに言葉をかけた。

 しかし、クリスは止まらない。恍惚とした表情で頬に片手を添えつつ、対面キッチンに立ったまま鍋の中身をお玉でグルングルンかき混ぜている。手元などまったく見ていない、中身が地味に辺りに飛び散っていることにも気づいていないだろう。


「母さん、こぼれてるって」

「あ、あらやだ、もったいない。でもねぇ、アルマちゃん本当に可愛いんだもの、母さん興奮しちゃって」

「ガハハハ! おっぱいは母さんより小さいみたいだがなぁ!」

「おいオヤジ! セクハラ発言やめろ!!」


 食卓には、既に家族全員が揃っている。ラフィンは一人っ子で、他の家族は両親だけ。今日は家族三人の食卓にアルマが加わっている状況だ。

 ラフィンの父――ガラハッドはジョッキに注いだビールを豪快に呷りながら高笑いを上げる、ラフィンは恥ずかしいとばかりにそんな父に一声向けた。

 息子の制止の声にガラハッドは喉を鳴らして酒を胃に流し込んでから、逆手の甲で口元を拭う。そして目を細めながらニタリと薄く笑った。


「んで、ラフィン。お前もうアルマちゃんのおっぱい触ったのか?」

「触るか! アルマは男で、俺の親友だ!」

「ガッハッハ! 顔、真っ赤だぞラフィン!」

「誰のせいだよ!!」


 愉快そうに声を上げて笑うガラハッドとは対照的に、ラフィンは悔しそうだ。この父にはいつも敵わない、色々な意味で。

 そうこうしているうちに夕飯ができたらしく、クリスが四人分の食事を次々に食卓に運んでくる。

 すると、それまで借りてきた猫のように静かだったアルマが控えめに口を開いた。


「あ……あの……これ、着替えてもいい、ですか……」

「あら、どうして? せっかく似合ってるのに」

「あとで風呂入る時にでも脱げばいいさ、汚したって別に母さんは怒らねーから心配すんなって」

「で、でも……うん……」


 それでもアルマは何かしら言いたそうにはしていたが、自分に集まる視線のせいかそれ以上は何も言わずに小さく頷いた――と言うよりは俯いたようにしか見えないが。

 そんな親友の様子を気にかけながらも、ラフィンは食前の挨拶をすべく胸の前で両手を合わせた。


「今日はカレーかぁ、母さんのカレーは特にうまいからなぁ!」

「うふふ、いっぱい食べてね」

「いただきまーす」


 スプーンで米とルウをすくい一口頬張れば、口内にはスパイスが程よく効いた辛味が広がる。舌に感じる熱を上手く逃がしてやりながら咀嚼して味を楽しんだ末に飲み下すと、ラフィンは視線のみでアルマを見遣った。

 どうしたのか、アルマは料理にまったく手をつけていない。


 アルマがラフィンの家に泊まりにくるのは別に珍しいことではない、昔からよくあること。その都度、アルマはクリスの手料理を大層気に入って嬉しそうに食べていたはずなのだ。

 だが、食事を始めるラフィンたち家族を見つめてアルマは暫し黙してはいたものの、やがておずおずと胸の前で両手を合わせる。


 そしてアルマが小さく、本当に小さく「いただきます」と呟いた時にそれは起こった。


「……アルマ!?」

「な、なんだぁ!?」


 その矢先、ポンっという非常に可愛らしい音と共にアルマの身が真っ白な煙に包まれたのである。

 煙が晴れた先には当然ながらアルマがいるのだが、その身は先ほどよりも幾分か大きい。

 ラフィンたち家族は暫し黙り込んでいたのだが、程なくしてぶわあぁ、とアルマの目から涙が溢れ出すのを見て理解した。――男に戻ったのだ。

 つまり、男の姿で女物の可愛らしいワンピースを身に着けているというわけで。


「……いや、その……アルマ、俺たちが悪かった」

「うう……」

「でも可愛いわよ、アルマちゃん」

「そうだそうだ」


 アルマはラフィンより二歳年下の十七歳だ、多感な時期と言える。女物の衣服を身に着け、更には「可愛い」などと言われることには抵抗があるのだろう。

 よしよしと、アルマの頭を撫でてやりながらラフィンは薄く苦笑いを滲ませた。


「しっかし、こりゃ驚いた。食前の何気ない挨拶も祈りとして見なされちまうのか」

「あ、そうか。そういや祈りを捧げる度に性別が入れ替わるんだったっけ……もしかして儀式受けてからずっとなのか?」

「……うん」


 ということは、食前と食後の挨拶をする度にポンポン性別が変わるということだ。今の状況であれば「ごちそうさま」をするとまた少女の姿になるのだろう。この調子だと朝晩の就寝と起床の挨拶とて怪しい。


 カネルたちが言っていたように、アルマはクラフトの祈りを扱えない。だからそうそうアルマが祈りを捧げることはないだろうとラフィンは思っていたのだが、どうやら状況は彼が考えていたよりも深刻だったらしい。

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