いじめっこカネル


「えーと、薬草類はこんなモンでいいだろ。食糧は出発の前日に買うとして、あとは……」


 紙袋を片腕に抱きながら、ラフィンは必要なものを記載した紙切れに視線を落とす。傷や簡単な病に効く薬、着替え、護身用の武器などひと通りはこれで揃ったはずだ。

 ちらりと横目でアルマを見遣ると、彼は先ほどから物言いたげな視線をラフィンに送ってきては逃がす、を繰り返していた。何か言いたいというのは明白だ。


「どうした?」

「え、あ、うん……あの……」

「うん」


 今は女になっている――そのせいもあるのかもしれないが、こうして見るとアルマは非常に可愛らしい顔立ちをしている。元々あどけなさが残るような顔はしているのだが、性別が入れ替わったことで輪をかけて可愛らしくなっているような気さえした。

 ほんのり丸みを帯びた頬、透き通った蒼の双眸に普段よりも長いまつ毛。淡く色づいた唇。余計なクセのないサラサラの茶の髪。


 そんな可愛い少女にちらちらと見つめられることに悪い気はしない、ラフィンは特に急かすようなことはなくアルマが口を開くのを待った。

 だが、そんな時。不意に当のアルマが「ふぎゃッ!」と潰れた声を出したかと思いきや、ラフィンの視界から消えたのである。


「ア、アルマ!?」


 なんてことはない、転んだのだ。だが、後頭部を押さえている様子と、その傍らに落ちているボールを見れば外部からの襲撃だとは容易に理解できる。

 またか――ラフィンは小さく舌を打つと後方を振り返った。

 するとそこには、いかにもやんちゃそうな少年少女がしたり顔で立っていたのだ。年頃は十代半ばほどだろう。


「おいガキども、ボール遊びは広場でやれ。あと人にぶつけんな」

「ごっめーん、ついうっかり蹴る方向間違っちゃってさぁ」

「でもさぁ、こんなのも避けられないでアポステルなんて務まるのぉ?」


 わざとらしい謝罪と続く侮辱の言葉にラフィンは眉を寄せる。この少年少女たちはいつもこうだ、事ある毎にアルマに喧嘩を吹っかけてくる。

 そして彼らを率いているのは――


「本当にそうよね、もっと言ってやってちょうだい。ファヴールの祈りしか使えないアポステルなんか役に立たないって」

「アルマは落ちこぼれだから他の祈りなんか使えないもんなぁ」

「それに比べてカネルはすごいのよ、まだ十四歳なのにクラフトの祈りをいっぱい覚えたんだから」


 次々に好き勝手な言葉を並べる彼らの中心にいるのは――ピンク色の髪をした少女だ。両手を腰に添えて得意気に胸を張っている。

 カネル、というのはこの少女のこと。全てを見透かしてきそうな猫目が、その性格が勝気であることを伝えてくる。


「ラフィンは立派な祈り手の守護者ガーディアンになるのが小さい頃からの夢なんでしょ? 今のうちにわたしに乗り換えておいたらどう?」

「そうそう、カネルはアルマなんかよりも立派だしね!」


 ラフィンはボールがぶつかっただろうアルマの後頭部を撫でつけてやりながら、カネルたち一味を冷めた目で眺める。


 アルマはこのヴィクオンの都で一人暮らしをしている。内向的な性格も手伝い、昔からいじめられっ子なのだ。その筆頭がこのカネルたちだった。

 自分の方が優秀なのだとカネルはいつもアルマに言いにきては、彼を貶し、見下して去っていく。

 はぁ、と深い溜息を洩らすとラフィンはアルマを立たせてやりながら返答を向けた。


「クラフトの祈りなんて破壊的な祈りじゃねーか、火の玉出してぶつけたり雷を呼び起こして攻撃したり……アルマは誰かさんと違って優しいやつだから、他人様を傷つけたりするような祈りは使えないんだよ」

「んな……っ!」


 クラフトの祈りというのは、ラフィンが言うように誰かや何かを攻撃する祈りのことだ。

 火、水、風、雷、土、氷など様々なものを操って相手を攻撃するのである、その数は非常に多い。このクラフトの祈りは、祈り手を志す者にとっては基本中の基本となるものでもあった。


 しかし、アルマはこのクラフトの祈りをひとつも扱えない。それをいつもカネルたちにバカにされ「落ちこぼれ」の烙印を押されている。

 ラフィンのその言葉は彼女たちの反感を買うには充分だったらしい、カネルは顔を真っ赤に染めると怒りで拳を震わせた。


「それに、俺はアルマのガーディアンになるってガキの頃から決めてたんでね。ワガママお嬢さまなんか眼中にねーの」

「こ、のわたしが……せっかく目をかけてあげてるのに……ッ!」

「そりゃどーも、じゃあな」


 アルマはラフィンとカネルを困ったように何度も交互に眺めている。ラフィンはそんな親友の腕を引くと、その場をあとにすべく早々に足を進めた。

 彼女たちとこれ以上言葉を交わしていたら本気で殴りかかりそうだと、そう思ったからだ。

 アルマはもうずっと彼女たちにいじめられてきた、自分よりも落ちこぼれだと嘲笑されて、今回のようにボールや――ひどい時は石をぶつけられて泣かされることも多かった。


「(何も知らないクセに、よくもあんなに好き勝手言えるモンだ)」


 しばらく歩いてから、アルマは自分の腕を掴んで歩くラフィンの手を軽く揺らす。

 また泣いているのだろうと、ラフィンはそう思って振り返ったのだが、その予想は大きく外れていた。泣いているどころか、随分と嬉しそうだ。


「あ、あの、ラフィン。子供の頃から決めてたって……」

「……ん、ああ……さっきの話か」


 アルマのガーディアンになることを子供の頃から決めていた――カネルたちにそう言ったのが気になっているのだろう。

 だが、それをアルマ本人に言うのは多少なりとも気恥ずかしい。なんとか誤魔化せないものか、そう思いながらラフィンは先ほどの続きを促した。


「そ、それよりお前、さっき何言おうとしてたんだ? 何か気になることあるんだろ?」

「へへ……それはもう解決したからいいや」


 カネルたちが襲撃してくる直前、アルマは確かに何かを言おうとしていた。だが、既にそれは解決しているらしい。


「カネルが言ってたこと、気になってたんだ。ラフィンは立派な祈り手のガーディアンになるのが夢なのに、僕なんかと一緒に来ていいのかなって」

「バーカ、お前は変なことばっかり気にしすぎなんだよ。それより今日は俺の家に泊まりに来いよ、オヤジから旅の心得でも聞こうぜ」

「うん、お邪魔するよ」

「んじゃ、残りの買い物済ませてからにするか」


 わーい、と幼い子供のように駆け出していくアルマの背中を見つめて、ラフィンは眉尻を下げて笑った。

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