第59話 最終形態・黒獣
「ふん、ガキが何を生意気な!お前たち、やってしまえ!」
シノアの纏う殺気をものともせず、村長は村人たちをけしかけた。
彼らの持つ農工具たちはシノアの身体を引き裂き、血を噴き出させ、内臓を地面にぶちまける。
「はっはっはっ!所詮は口先だけのガキか!たいしたことも―」
「すみません、なにかしましたか?おしくらまんじゅうでもしたいのですか?」
早合点し、村長が勝利の雄たけびを上げるがそれに冷や水を浴びせたのは、他ならぬシノアである。
村人たちに殺されたはずの彼はケロッとした顔でその場に佇み、その身に滾らせた殺気はより強いものへと変わっていた。
「ば、ばかな…一体なにを…」
まず、訂正しよう。村長はシノアの殺気をものともしなかったわけではない。
彼の殺気に気付けないほど鈍感な弱者だったのだ。
強者は強者しか恐れず、弱者は強者も弱者をも恐れる。そして、愚者はなにも恐れない。
彼は根っからの愚者であり、それは何度生まれ変わったところで変わることはないだろう。
「そもそも、まともに戦闘経験のない村人が冒険者に敵うわけないでしょう?その程度もわからないんですか…」
シノアの口調から侮辱されていることを察した村長は怒りに震え、近くに控えていた彼らに指示を出す。いや、出してしまった。
「おい!あの男を殺せ!金ならいくらでも払う!」
その言葉で笑みを深めたのは、先ほどまでシノアたちと対峙していたスキンヘッドの男だ。
彼は村人たちの中に紛れていた仲間に指示を出し、シノアたちを取り囲む。
「すんまへんな~依頼されてしもうたからには、アンタを殺さなあかんわ。ま、この村に来たのが運の尽きやった思うて諦めてや」
スキンヘッドの男はシノアに話しかけながら仲間たちに指示を飛ばし、一斉に攻撃を開始させた。一人一人がBランクに到達しているプロの冒険者たちだ。
戦闘に特化した彼らを30人まとめて相手するのは骨が折れるどころの騒ぎではないだろう。
相手が普通の人間であればの話だが。
「“舞い散れ血桜、切り刻め、
その言葉で地面の血だまりは桜へと姿を変え、盗賊たちへと向かっていった。
それらは一枚一枚が必滅の刃となり敵を切り裂く。
「ギャァァァ!いてぇ、いてぇよぉ!」
「クソっ!動きが速すぎて斬り付けられねえ!」
次々とやられていく仲間にスキンヘッドの男は思わず舌打ちをする。
しかし、その視線がアルクの腕の中で怯える少女を捉えるとすぐさま嫌らしい笑みを浮かべ、別のプランを実行に移すために近くに控える仲間に指示を飛ばした。
「おい、あの薬は万全なんやろな?」
「もちろんでっせ。錬金術師のババァは元からこっちの手駒でやしたから」
「そかそか、そりゃあ重畳…」
謎の会話を繰り広げるスキンヘッドたちだったが、シノアに刀を向けられた途端必死の回避行動をとり始める。
目視すら不可能な攻撃をなんとか捌くが、それは二人がかりだということが大きい。
たった一人でシノアの相手をしたとしたら10秒持たないのが現実だろう。
それに加え、今のシノアは全くと言っていいほど本気ではない。アルクの親殺しや村長への怒り、ラフレルの横取りを裏で手引きしていたことなどがシノアの逆鱗に触れ、本来優しいはずの彼に残虐性を与えたのだ。
「クソっ!なんて強さや!ほんまバケモンかいな?!」
「兄貴、無駄口叩いてる暇があるなら集中─」
「無駄口ってこの口のことですかね?」
戦闘中というのにベラベラと会話を繰り広げる男たちだったが、シノアが仲間の口に刀を突き立てたことで、スキンヘッドの男はとうとう一人となった。
「さて、あとはあなた一人ですね」
「ほんま強すぎやな…アンタ、ワシと組んで世界征服でもせーへんか?」
たった一人となっても相変わらず飄々とした態度でシノアをからかい、挙句の果てには共闘まで持ち出すスキンヘッドだったが、それに対するシノアの返答は言葉ではなく態度で示された。
「ガハッ?!」
「これが答えですよ」
シノアは刀すら抜かずにスキンヘッドの右腕を切り落とし、片膝を付いた男の首に刀を突き付ける。
「…何か言い残すことはありますか?」
その言葉に男は頭を上げ、相変わらずの嫌らしい笑みを浮かべ言い放った。
「あほかいな。ワシがアンタみたいなバケモンを相手するのに何の策も用意してないわけあらへんやろ」
男の口からその言葉が放たれた瞬間、アルクの腕の中で怯えていたミーシャが苦しみ始めた。その身体からは微かに黒い瘴気が発せられており、それはあることを示していた。
「なっ?!あれは、まさか…!」
「へへ…博識なアンタのことやから知ってたか。せや、あれは獣化病の最終段階、黒獣や。あの状態になったらもう手は付けられへん」
「そ、そんなバカな!ミーシャはまだ治療可能な段階だったはず…」
初めて見せるシノアの驚愕にスキンヘッドの男は余裕を取り戻し、自慢げに事の仔細を語り始める。
「せやけどな、あの錬金術師のばあさんは元からウチのやつやったんや。ラフレルを売った金の半分をやる言うて釣ったんやが…ホンマよー働いてくれたわ」
「っ…くそっ!」
「おっと」
自分たちが手のひらで踊らされていたことを知り、シノアは激昂する。
その怒りをぶつけようと男に向けて乱暴に刀を振り下ろすが、片手を失っているにも関わらず、男は身軽に躱し村長の近くに避難した。
「シノア君、ミーシャが!」
「くっ…今行きます!」
アルクの呼び声にシノアは走り、アルクの近くに跪いた。
ミーシャはもはや意識がないようで、まるで悪夢にうなされているような苦し気な声を出している。
その右手は肥大化しており、首元まで伸びる血管は激しく脈動を繰り返し、何かの誕生に備えているかのようだった。
「まずい…このままじゃ…」
手の施しようがないほど病が進行してしまったことにシノアは歯噛みし、ミーシャの左手を握る。
だが、事態はより悪い方向へと進んでしまう。
「よいしょっと!」
「なっ─」
スキンヘッドが投げたナイフがミーシャの右腕に突き刺さり、表面に塗られていた緑色の液体を体内へと侵入させた。
それを確認したスキンヘッドはシノアに斬られた右腕を押さえながら、狂ったように笑う。
「へっへっへっ…さぁ、絶望はこれからやで!」
「グヲオォォォ!!」
その場に希望の散る音が響き渡った。
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