第50話 特殊な慰め方

「あれ…ここは…」


シノアは現在、ある場所に向かうために船着場を探していた。

その折、懐かしい場所を見つけ思わず扉を開き中に入る。


「はいはーい、どちら様─」


来客を知らせる鐘に反応し猫耳と共に登場したのは、シノアに錬金術師と錬成士の違いをしっかりと教えたライデン・ゾーシモスだった。


「お久しぶりです、ライデンさん」


すっかり様変わりしたシノアに、ライデンは目をぱちくりさせると思わず駆け寄る。


「うへぇ~久しぶりっすね~てか、この髪どうしたんすか?あ、目の色も違うし。そいやあの巨乳さんはどうしたんすか?」


久しぶりの再会のため、シノアを質問攻めにするライデンだったが、シノアの臭いに思わず鼻をつまむ。


「うっ…な、なんという血なまぐささ…さては、お風呂入ってないっすね」

「み、水浴びはしているんですが…」

「あーだめっすね。全くこれだから男ってのは。ほら!こっち来るっすよ」


そういうとシノアの手を引き、奥へと連れ込むライデン。

一刻も早く船着場に向かいたいシノアだったが逆らうことができず、家の中にあった水場へと連れていかれた。


「あの…ここは?」

「風呂っす。この水入れは魔導具で、魔力を込めたら中の水を熱してちょうどいい温度にしてくれるんすよ」


小さめの銭湯のような場所の中央にかなりの大人数が入れそうな湯船が置いてある。

どうやら、それが魔導具のようだ。


シノアが改めて魔法の凄さに圧倒されていると、ライデンが海パンのようなものを持ってきた。


「さ、これに着替えるっす。使い方とかわからないと思うんで、私も入るつもりっすけど問題ないっすよね?」

「…は?いやいやいや、問題大アリというか問題しかないですよ!」


思わずシノアが声を上げるが、ライデンはとぼけた表情で言い訳を並べる。


「いや、使い方もわからないのに適当に触られて壊されたらそっちの方が問題っすから」


最もらしいことを述べるライデンに何も言えなくなり、仕方なくシノアは着替えることにした。


「それじゃ、私も着替えてくるんで」

「は、はい分かりました」

「…覗いちゃダメっすよ?」

「の、のののの覗きませんよ!」


ニシシと笑いながら自分の部屋へと去っていたライデンに恨めしそうな視線を送ると着替え始める。


「ふぅ…あれ?これ、びっくりするぐらいピッタリだな…」


サイズが合うか心配していたシノアだったが、何故か丁度よくまるで測ったかのようにシノアの腰周りにフィットした。


「おー結構似合うっすね」


声がしたほうを向くとそこには、オレンジを基調とした可愛らしい水着を着こなすライデンの姿があった。腰周りにはヒラヒラと動くレースがあしらわれており、異世界には相応しくないほど現代風だ。

さらに、服で隠されていたのか、尻尾がフリフリと動き、シノアは思わず感嘆の声を漏らす。

見栄でも張っているのか胸にはパッドが入れられており─


「ふんすっ!!」

「だ、大丈夫ですか?」

「なんか、また不穏な気配を感じたっす」


誰も・・いない空間に向けて近くにあった石鹸を投げつけるライデンだったが、当然誰にも当たらずに床をすべる。


「まぁ、いいっす。さ、こっちっすよ」


思考を切り替えたライデンは、シノアを鏡の前に座らせるとシャワーヘッドのようなものを取り出した。


「じゃ、背中流すっすけど…傷が凄いっすね。染みないんすか?」

「あ、はい。ほとんど治ってるので大丈夫ですよ」

「ほぇ~ほとんど切り傷だし、色々あったんすね」


魔導具でシノアの背中を流しながら、傷を撫でるライデンの顔は少し暗い。

まるで、辛い過去を思い起こしているかのようだ。


「それじゃ、頭洗うんで目閉じて欲しいっす」

「何から何まで申し訳ない…」


ライデンの言葉に従い、しっかりと目を閉じ身構えるシノア。


だが、訪れたのは髪に触れるライデンの指ではなく、背中に触れる柔らかな感触だった。


「あ、あのライデンさん?なにを─」

「慰めてるんすよ。大変な思い、したみたいっすから」


首に巻かれたライデンの腕の片方がシノアの頭に伸び、優しく動かされる。


「大切なものを喪った辛さは、よく分かるっすよ」


耳元で囁かれる、優しく全てを包み込むような声にシノアは思わず、ライデンの手を握った。


「だけど、それを全部自分のせいにして自分をいじめたって、いなくなった人は喜ばない。きっと、あの人はあんたに幸せになって欲しいと思ってるはずっす」


ヴァルハザクよりも直接的で優しい説得に、シノアは涙を堪える。

シノアの中でフィリアを喪った悲しみは癒えておらず、おそらく生きている限り癒えることはないだろう。

だが、それを理由に自分を追い詰め、何度も死に直面することは、果たしてフィリアは喜ぶだろうか?

答えは否。彼女ならば、自分を忘れてしまったとしてもシノアの幸せを願うだろう。

自分の命を差し出してまでシノアを守ったのだ。

心の底からシノアの幸せを願っているはずだ。


「そう…ですね…」


若干声をくぐもらせて、ライデンに答えたシノアは、後ろを振り向こうと体勢を変えようとする。


「な、なにしてるんすか!このバカ!!」

「ヘブゥ?!」


ところが、ライデンに首を締められ、そのまま後ろへと投げ飛ばされてしまった。

お湯が張られた浴槽に直撃すると、シノアは頭を抑えながらライデンを見る。


すると、そこには女の子座りで両腕を使い胸を覆っているライデンの姿があった。

それを見てシノアは悟る。背中に当たっていた柔らかい感触の正体を。


「ま、まさかさっきのは…」

「なに、急に振り向こうとしてんすか!こっちは胸丸出しなんすよ?!」

「いやいやいや!わかるわけないでしょう?!普通2.3回会っただけであんなことしますか?!」


シノアの最もな指摘にライデンは唸ると、ボソボソと呟き始めた。


「…だってよく来るオッサンが、これをされたら男は一発で元気になるって言ってたんすよ…」


ライデンの常連が言っていた“元気になる”とはおそらく別のことだろう。まず、間違いなく。

それを実践したライデンは、ピュアなのか、自分の魅力に気付いていないのか…


とにかく、いつまでも放っておく訳にはいかないと、ライデンにタオルをかけ後ろを振り向くシノア。


「と、とにかく、はやく水着つけてください。目のやり場に困ります」

「ど、どうもっす」


ライデンはシノアが後ろを向いたのを確認すると、その場に落としていた水着を拾い、つけ直した。


「よし、いいっすよ。ついでなんで私も入るっす」


そして、そのままシノアが浸かる湯船へと侵入する。


「ふぅ~極楽っす」

「…なんていうか、ライデンさんって、こういうの慣れてます?」


仮にも成人済みの男であるシノアと堂々と同じ風呂に入るなど、普通なら考えられないし、ある程度身構えたりするものだろう。

ところがライデンは身構えるどころか、むしろ自分からあられもない姿を晒そうとしている。

俗に言う痴女というやつ─


「ふんすっ!!」


またもライデンが誰も・・いない虚空に石鹸を投げつけていると、シノアが湯船に浮かぶ何かを見つける。


「…ん?なんだこ─」

「オラァァ!!」

「ぐぽぶぅ?!」


謎の物体を拾い上げようとしたシノアだったが、湯船の中でボディーブローをお見舞いされてしまい悶絶する。


「な、なにするんですか…」

「余計なこと気にしちゃダメっすよ」


シノアが腹の痛みに悶えている隙に、水面に浮かぶ謎の物体を拾い上げ胸部に収納するライデン。これにより彼女のバストサイズがBよりのAからCへと進化した。


「ふぅ、落ち着くっす」

「人のお腹殴っといて落ち着かないで下さいよ…」

「まぁまぁ、ちっちゃいことは気にしちゃダメっすよ」


ヘラヘラと笑うライデンだったが、突然笑みを悲しげなものに変えると首まで湯船に浸かる。


「…男と風呂入るの、慣れてるかって質問っすけど─」

「え?あぁさっきの…」

「慣れてるといえば慣れてるっすよ。よく弟と入ってたっすから」

「弟さんいらしたんですか…」


その言葉に静かに頷くと、シノアの後ろに回り腰に手を回した。


「…こうやって私が後ろで弟が前で…よく、脇腹くすぐってやったっすよ」


シノアの耳元で囁かれる声色は僅かに憂いが含まれており、それが何を意味するのか分からないほど、シノアは鈍感ではない。


「ライデンさんみたいに素敵なお姉さんがいて、弟さんは幸せだったと思いますよ」


シノアの言葉にライデンは目を見開き、微笑みとともに静かに声を震わせた。


「…そうっすね…そうだと…いいけれど…」


その表情には、隠しきれない哀しみが浮かんでおり、信じられないほど可憐だった。


「…弟は、あんたに似てるんすよ」



※注意喚起※


いつも”むのかみ”をお読み下さりありがとうございます


次々回は今回よりもさらに過激な性的描写が描かれます

直接的な表現はしていませんが、人によっては不快に思われる方もいらっしゃるかもしれません

御容赦ください


細かい点ですが補足を何点か置いておきます


猫人族ケットシー含む亜人族は基本的に人間よりも寿命が長く、平均で150歳ほどまで生きます

そのため成人も人間族ヒューマンよりも遅く、30歳でようやく大人の仲間入りです

ライデン・ゾーシモスの年齢は初登場時37としていましたが29に変更致しました


次回は彼女の過去と弟を喪った理由などが明らかになります

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