第41話 母の泪
「“神剣解放”」
その一言でフィリアの剣は神々しい光を放ち始め、周囲を暴風が吹き荒れる。
神剣エルペー。文字通り、神すら屠るその剣は太古の昔、神によって創り出された。
同族を殺すために生み出された剣、それは何千何万という長い年月を神格に触れながら過ごしたことで神の血を吸い、恐ろしい力を顕現させた。
「“全てを
フィリアの聖句に従い、剣の先から光線が発せられる。
それは全てを貫く絶対的な閃光、神の力を含んだ最強の攻撃手段だ。
フィリアに背中を向けていたドルマは、胸を貫かれ絶命する。
直径10センチの大穴が胸にぽっかりと空いたのだ。心臓も綺麗に消え去っている。
フィリアの聖句で発動した力はドルマの身体だけでなく、コロシアムも貫通し穴を開けた。
「…また武器固有のスキルか」
今までと違い、忌々しそうに吐き捨てるイディオータは拳を握り締め眉間に皺を寄せている。
どうやらドルマが敗れるとは思っていなかったようだ。
「ふぅ…」
剣を一振し、鞘に納め一息つくフィリア。顔には大粒の汗が浮かんでおり、消耗が激しいことを示唆していた。
神剣エルペーの武器固有スキル、“神剣解放”
自身の魔力を聖気に変換し、剣に込めて一気に撃ち出す必殺の技。
魔力の変換には人並外れた魔法制御技術と桁違いの魔力量が必要で、剣技でありながら高い魔法適性がなければ発動できない強力なスキルだ。
ただの人間が耐えられるわけはない。
「…お、おぉぉっと!どうやらドルマは倒されてしまったようだぁぁぁ!」
司会の男の声に一拍遅れて歓声が響く。観客達はようやく状況を飲み込み、フィリアが勝利したことを察したようだ。
だが、フィリアにとってそんなことはどうでもよかった。
「シノア…」
シノアを抱きかかえ、頭を撫でる。
出血は止まり、顔色もかなり良くなっているため、わずかに安堵するフィリア。
しかし、安心はできない。本来ならば今すぐに回復魔法をかけ、安静にしなければならないほどの大怪我なのだが、今のフィリアにはどうすることもできない。
ただ自分の無力さを悔やみながら、シノアの頭を撫でることしか出来なかった。
「ごめんね…」
思わず溢れた言葉と共にシノアの頬に雫が落ちる。
守れなかった悔しさ、違いを果たせなかった申し訳なさ、傷付けてしまった自分の不甲斐なさ、様々な感情がフィリアの内心を吹き荒れ、一滴の涙となって零れたのだ。
その涙はシノアにとって最高級の回復薬よりも貴重で、意識を覚醒させるに足るものだった。
「フィ…リ…アさ…ん…」
「シノア!シノア、大丈夫?!意識が…」
か細く、弱々しいシノアの声にフィリアは目を見開く。
あれだけ強い衝撃を頭に受けているにも関わらず、こんな短時間で意識を取り戻すとは思っていなかったのだ。
「うっ…あ…たま…が…」
「動かないで。頭を強く打ってるんだから…」
シノアが上体を起こそうとするが、頭の痛みに呻き、叶わない。
「…フィリアさん…あいつは…」
「大丈夫、勝ったよ」
「はは…よかった…」
腕の中で微かな笑みを見せたシノアを見て、フィリアも釣られ、笑みをこぼす。
二人の間に幸せな空間が出来上がるが、それを許すほどこの国の王は粋ではない。
「おい、皇国近衛騎士達を出せ」
「はっ、あの男もでしょうか?」
「当たり前だ少しは考えろ!」
苛立ちを執事にぶつけながら命令を下すイディオータ。
自分の
(クソっ…どうして近衛騎士まで…ゴミ共めが!手こずらせおって…)
心の中で毒づきながらワインを飲み干す。
一方命令された執事、バルフッドの方はというと─
(全く。こんな無能にいつまでも顎で使われるのは勘弁だな。…潮時だな。あの二人からは嫌な予感もするし、逃げさせてもらおう)
早々に国を裏切り国外逃亡を決断した。
さすがはアウトクラシア皇国天皇。父親を殺してその地位に着いただけのことはある。人望が絶望的にないようだ。
この逃亡の選択によりバルフッドと、その一族は生き延びることになる。
イディオータの命令により、コロシアムの登場口に騎士達が集められる。兵士の中から選ばれたエリート、選りすぐりの戦士達だ。その数は100程度と、あまり多くはないがたった2人を潰すには過剰戦力といえるだろう。
そんな彼等の中で一際異彩を放つものが一人。
全身を西洋風の甲冑で覆っており顔は見えないが、携えている剣や佇まいから只者ではないとわかる。
この男こそ、イディオータの懐刀であり、皇国近衛騎士団団長、別名神の剣技と呼ばれる騎士だ。
その名は─
「フィリアさん…き、きましたよ…」
「くっ…こんなときに…」
シノアを腕に抱えたまま歯噛みするフィリア。
すると、突然シノアが上体を起こし、刀を杖替わりに立ち上がる。
「シノア!まだ立つのは─」
「だい…じょうぶです。痛みも…引きました。僕も…戦えます」
満身創痍といった様子のシノアだが、その目には確固たる戦いの意思が宿っていた。
それを見たフィリアはシノアを止めることを諦め、剣を構える。
「…絶対、無理しちゃダメだよ」
「その言葉…そっくり…そのまま…お返し…しますよ」
刀を杖替わりに立つシノアとそれを守るように佇むフィリア。
その2人の美しさに当てられ、見蕩れている者も少なくない。
だが、不意に試合開始のゴングは鳴る。
「総員かかれ」
団長の声に反応し、騎士達はフィリアとシノアへ向かっていく。
それぞれ殺意を顕にし、目の前の命を散らすために剣を振りかざす。
だが、その剣が届くことはない。
「“神剣解放”」
フィリアの聖気を纏った剣により、薙ぎ払われ10人近い騎士が命を落とす。
その圧倒的な力と殺気は騎士達の心を折るのに充分過ぎるものだ。
だが、それだけで終わりではない。
「頼む…桜小町…“舞い散れ血桜、”
シノアの
それにより更に20名近い騎士が命を落とす。
─
かつて紅桜と対峙した時に“これを越えてみろ”と見せられた大技、
そんな大技をこんな土壇場、しかも怪我を負った状態で成功させたシノアの集中力は賞賛に値するだろう。
「な、なんだこいつら…こんなボロボロなのに、こんな…ぐはぁぁ!」
シノアとフィリアの強さに怖気付き、後退しようとしていた騎士の胸に剣が突き立てられた。フィリアでも、もちろんシノアでもない。
「何を後退している。目標はまだ生きているぞ」
くぐもった声で騎士達に告げた男、皇国近衛騎士団の団長だ。
「おい、女。貴様なかなかやるようだな」
騎士の胸から剣を引き抜き、一振りして血を払うと言葉と共にフィリアに剣を向ける。
「だが、この私の前では所詮、弱者。すぐにこの剣は貴様の血で湿ることになるだろう」
それを言われたフィリアは内心、焦っていた。
もちろん、こんな雑魚に負ける気などさらさらない。
ただ、この男と戦闘を始めればシノアの守りが薄くなってしまうと考えたのだ。
先程の大技をシノアが連続して長時間使えるなら話は別だが、それは甘い考えだろう。
考え込むフィリアだったが、団長の言葉を聞いて理性を失いそうになるほどの怒りが込み上げる。
「私はデウス・クレアトール。よく覚えておけ、貴様を殺した者の名だ」
デウス・クレアトール。それはこの世界の最高神の片割れ、創造を司る最強の神の名。
只人が名乗るのはあまりに傲慢な行為であり、ここが宗教国家であれば極刑に値する重罪だ。
だが、フィリアにとってその名は別の意味を持つ名だ。
神以上に親しみがあり、特別な存在である者の名を自称されることはフィリアの逆鱗に触れる行為だろう。
「その名…その名を、貴様が名乗るなぁぁぁ!!」
全身を聖気と殺気が駆け巡り、恐ろしい程の覇気を放つフィリア。
それを迎え撃つのは神を自称する愚かな男。
伝説がまた、生まれようとしていた。
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