第40話 戦場の熾天使

「こいつだァァァ!!」


司会の男の声に合わせて登場口から出てきたのは2メートルは超えるであろう巨漢、上半身を剥き出しにしてどこかの少佐のようだ。


「極悪非道!大逆無道!暴力第一主義の大男、人呼んでぇぇぇ!粉砕のドルマ!!」


司会の無駄に漢字の多い説明に観客達はヒートアップし、耳をつんざくような歓声を上げている。


「グヘヘェ、俺、お前らコロスゥ」


どうやらドルマは典型的な脳みそ筋肉マンのようだ。

学がないとかそういうレベルの問題ではない。


「くっ…また面倒そうなやつが…」

「シノア休んでて。私ひとりでやる」

「なっ…フィリアさんそんな!僕だって─」

「いいから。さっきの技、魔力の消耗激しいんでしょ?」


フィリアはシノアを休憩させるという名目・・で一人で戦うことを選択した。その本心は、シノアにまた人を殺めさせたくないという優しさ、フィリアなりの親心だった。


「おぉぉっと、どうやら銀髪の美少女は休憩のようだぁ!代わりにたった1人でこいつを相手にしようとしているのはこれまた美しい女人だぁぁ!!」


司会の声に先ほどよりも男声強めの歓声が響く。


「グヘヘェ、なんだぁ?おめぇがおれの─」


フィリアを指さし挑発しようとしたドルマだったが、一瞬で間合いを詰めたフィリアの剣閃が頭に直撃─しなかった。


「なっ!─」

「グヘヘェ、せっかちだなぁ」


なんと、目で追うことが困難な程の速度で放たれた剣閃を持っていた棍棒で受け止めたのだ。


その一撃で相手が只者ではないと判断したフィリアは間合いを取り、相手の出方を見る。


「グヘヘェ、来ないのかぁ?」

「グヘグヘうるさいなぁ。さっさとかかってきて」


フィリアがドルマに嫌悪感を顕にしていると不意にドルマが動く。


フィリアに突進しながら、下段から上段へ振り上げる攻撃を繰り出したのだ。そのスピードは相当なもので、普通の冒険者であれば為す術なくあばらを折られていただろう。

普通の冒険者であれば。


「グヘ…おぉ?」

「セイッ…ハァ!」


ドルマの攻撃をいとも簡単に受け止めたフィリアは棍棒を弾き飛ばし、追撃する。

フィリアの剣は見事にドルマの肩に突き刺さり、血を噴き出させた。


(とった!)


これ以上、ドルマが戦闘を続けることは出来ないと判断したフィリアは内心でガッツポーズを取る。

だが、まだ終わりではなかった。


「グヘヘェ、なんか刺さったぁ」

「なっ─」


なんとドルマはフィリアに刺された右肩の痛みなどまるで感じていないかのように笑っていたのだ。


「痛みを感じないの…?」

「あぁ、そいつは生まれた時から感覚がにぶくてね。痛みはもちろん、熱や酸、毒も効かない」


フィリアの呟きに答えるようにイディオータはドルマの体質を説明する。

その、あまりの厄介さにフィリアは思わず歯噛みする。


(スピードは大したことないけど厄介な体質と、とんでもないパワー…はやく終わらせないとやられるのは…)


早急にケリをつけるため、フィリアは圧倒的なスピードをもってしてドルマに攻撃を仕掛ける。

その動きはドルマはもちろん、観客達も捉えることは出来ていない。

ギリギリ見えているのはシノアぐらいか。


(速い…フィリアさん、はやく決着をつけるためにかなり本気を出してる。でも…)


猛攻の間隙を縫って放たれたドルマの棍棒をフィリアは受け止めずに躱し、距離を取る。そして、再び距離を詰め攻撃を再開する。


(あのドルマとかいう男のパワーは未知数だ。フィリアさんもまともに受けることは避けてる…ただでさえスタミナを消耗してるから受け止める余裕がないんだ…)


シノアの言う通り、フィリアの息は微かに上がっていた。全力で攻撃を仕掛けているにも関わらずドルマの顔からその笑みを剥がせていないという、精神的な疲労も重なっているのだろう。


そこでシノアは異変に気付く。


(おかしい…どうしてフィリアさんは本気じゃないのにあんなに疲れてるんだ?)


シノアの知るフィリアの本気はこんなものでは無い。3ヶ月ほど前に模擬戦で体感したパワー、これを目標にと見せられた狩りのスピード、それらは圧倒的でまさに神がかったものだった。

シノアの目で追うことは出来なかったのだから。


しかし、今のフィリアの動きはシノアの目でもギリギリ追えている。

とてもではないが本気とは思えないのだ。せいぜい実力の半分ほどか。

にも関わらず、フィリアの息は微かにではあるが上がっている。それの意味することはフィリアが手加減しているか、何か本気を出せない理由があるかだ。、


(…っ!そうか、僕を気にしているから…)


シノアはフィリアが自分を守りながら戦っているため、本気を出せないのだろうと判断した。その証拠にフィリアは、ドルマの視線の先をシノアに向けないように立ち回っていた。


そう判断したシノアは、ドルマから距離を取ったフィリアに声を掛ける。


「フィリアさん!僕も戦えます!フィリアさんはもう休んでください!」

「シ、シノア…」


呼吸を整えながらシノアを見るフィリアだったが、シノアにまたあんな辛い思いをさせたくないと立ち上がる。


「シノア、大丈夫。休んでて。私はまだ戦える」

「フィリアさん…」


そして再びドルマに剣を向け超高速戦闘を始める。


それを見るシノアは唇を噛み締め、拳を握りしめていた。

自分の無力さと守られる苦しみを内に抱いて。


「ハァァ!」

「グヘヘェ…おぉ?」


そんなシノアをよそに試合は動く。


ドルマの左腕が根本から断ち切られ、宙を舞う。

フィリアがドルマの攻撃の合間を縫って剣閃を放ちようやく、決定的なダメージを与えることに成功したのだ。


ドルマの腕が飛んだ様子を見た観客達は興奮、歓喜、立腹、様々だ。どうやら試合の勝敗で賭け事でも行われているらしい。


フィリアはさすがにもう終わりだろうと思い、剣を納める。

だが─


「グヘヘェ、やったなぁ?」


ドルマはまだ戦えそうだった。

フィリアは思わず目を見開き、隙が生じる。


ドルマは足元に落ちていた拳ほどの大きさの石を残った右手で握り、思い切り投げ付けた。

シノアに向かって・・・・・・・


「なっ!?シノア!!」


フィリアが声を上げるが、勝利を確信し安心しきっていたシノアに避けることは出来なかった。


石はシノアの頭に直撃し嫌な音を立てた。


「グヘヘェ!仕返しだぁ!」


飛び跳ねるドルマを無視してシノアの元へ駆け寄るフィリア。


「シノア!シノア、しっかりして!!」


シノアを抱きかかえ呼び掛けるが返事はない。

頭に強い衝撃を受けたことで脳震盪を起こし、意識を失っているのだ。


フィリアは嵐のように荒ぶる内心を無理矢理落ち着け、シノアの容態を見る。


息はある。石が直撃した部分はわずかに窪んでいるが骨には到達していないようだった。血を流し、少し青ざめた顔をしているがひとまずは無事と言えた。


だが、フィリアの精神はそうもいかない。


守ると誓った大切なものを傷付けられた激しい怒り─いや、怒りなどという言葉では言い表せないほど苛烈な感情は、普段は冷静なフィリアを支配し、殺意をたぎらせた。


「グヘヘェ、死んだかぁ?」

「おぉぉっと、ドルマが突然銀髪の少女を狙い、石を投げつけたぁ!少女は無事なのかぁ?!」


周囲の声など、もはや届いていない。フィリアの思考にあるのはただ一つ。

すなわち、大切なものを傷付けた目の前のゴミを存在諸共抹消する。


「貴様─」

「おぉ?」


立ち上がり、剣をだらりと構えたまま下を向いているフィリア。

そして、彼女から段々と濃密な殺気が放たれる。

その殺気を浴び、何人かの観客は気を失い、対峙しているドルマでさえ、冷たい汗を流している。


「貴様だけは、私が殺す!」


その言葉と共にフィリアの殺気は爆発的に膨れ上がる。

もちろん、上がったのは殺気だけではない。


言葉を置き去りにして動いたフィリアの速度は今までとは比べ物にならないほど速い。

怒りが頂点に達したことで、普段無意識のうちに課していたリミッターがはずれ鬼のような戦いぶりを発揮させたのだ。


あまりの速さにドルマは攻撃を返すことも出来ない。


そして、ドルマの右腕が飛ぶ。

あまりに圧倒的な戦いのため司会の男も魅入っている。


舞うような連撃、容赦の無い剣閃、これら全てが彼女を冒険者の頂点に君臨せしめているのだ。

彼女こそ伝説、その強さはまさしく熾天使と呼ばれるに相応しい。


「おぉぉ、おでのうでがぁ」


ドルマが自分の飛んだ腕を追いかけ走っていく。が、それを見過ごすほど今のフィリアは甘くない。


彼女の全力戦闘の証、神剣エルペーを顔の前に構え一言、呟いた。


「“神剣解放”」

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