第31話 剣聖の太刀
「で、その妖刀ってのがある場所はどこなんだよ?」
乱暴にジャッキグラスを机に置く青年の声に怯えているのは、巷では有名な詐欺師だ。
「ひっ…い、いやその、俺はこの場所にお宝があるって…」
「だーかーらーよー。そのお宝ってのがすげーいわく付きの刀なんだろ?」
「こ、これを奪った家族からは、そ、そう聞いてる」
詐欺師の言葉に青年─いやまだ少年とも呼べるかもしれない─はニヤリと笑うと金貨を渡した。
「あ、あんた、まさか行く気なのか?」
恐る恐るといった様子で尋ねる詐欺師に犬歯を覗かせた笑みを浮かべ、堂々と答える。
「当たり前だ。俺は世界一強くなる!剣の腕を磨き、誰にも負けない強さを手に入れる」
そして、自らの名を名乗る。
「俺の名はヴァルハザク!いつか世界一の剣豪になる男だ!!」
◇◇◇
「ここか…」
ヴァルハザクは詐欺師から聞いた場所にやって来ていた。
そこは崖っぷちであり、下にある洞窟は見えない。
「こりゃ、落ちたら死ぬな…どうする…」
考え込んだ末、鉤縄を崖の淵に掛け、ゆっくりと降りていくことにした。
危険度は言うまでもないことだが。
「よっ…ふっ…よいしょっと」
一歩一歩確実に降りていき、とうとう洞窟にたどり着いた。
そこは真っ暗闇で松明無しでは方向すら危ういだろう。
ゆっくりと壁伝いで奥に進み、噂の刀を探すヴァルハザク。
その首筋を狙う牙がゆっくりと忍び寄る。
「ギャァウ?!」
「馬鹿かよ。俺が気付かないわけねーだろ」
音もなく飛び付いたブラックパンサーだったが、首の骨を砕かれて絶命する。
「ふぅ…この場所に、この魔物…普通のトレジャーハンター達が生きて帰れないわけだな」
冷静に判断を下し、ゆっくりと慎重に進んでいくヴァルハザク。
この先に何が待っているのかも知らずに…
しばらく進むと行き止まりにたどり着いた。
少し開けた広場のような場所の中央には台座のようなものがあり、紅い刀が突き刺さっていた。
「あった…!これが─」
見つけた喜びから周囲を警戒することなく刀の元へ走っていくヴァルハザク。
刀に触れた瞬間、その意識は闇に包まれた。
◇◇◇
「…うっ…ここは…」
目を覚ますと仰向けで横たわっていることがわかったヴァルハザクは上体を起こし、周囲に漂う匂いに思わず顔を顰める。
「何だこの匂いは…血なまぐせぇ…」
そして自分の掌を見て驚愕する。
恐ろしいほど赤く染まっていたからだ。
「くっ…なんだこれは…!」
周囲は霧で囲まれておりよく見えないが自分のいる場所が血で染っていることは明らかだった。
足首まで血で満ちており、動きが制限されそうだ。
「どこなんだよ…ここは…」
しばらく周囲を歩き回り、かなりの広さを有する場所であるとわかった頃、ヴァルハザクの足に何かが触れる。
「…これは…なんだ…?」
それは桜の花びら。だが、この世界ではあまり桜は流通しておらず、知るものはかなり少ない。
ヴァルハザクも知らない者の一人だった。
「あらあら…子羊が1匹…迷い込んでしまったのかしら?」
突然現れた気配に驚き、声のした方を向くヴァルハザク。
霧でよく見えないがそこにたしかに存在すると、気配が告げていた。
「誰だ!ここは一体どこなんだ!」
持っていた刀を握り、周囲を警戒するヴァルハザク。
そんな彼を嘲笑うかのように気配は四方八方から放たれていた。
「ふふふ、元気だこと。こっちよ、坊や」
その言葉と共に霧は晴れ、ヴァルハザクの前に絶世の美女が現れる。
人外としかいえない美貌に思わず見蕩れるヴァルハザクだったか、放たれる殺気に気を引き締める。
「あんたは誰なんだ?ここは一体どこなんだ?」
刀を握ったまま油断なく目の前の女を誰何し、場所の詳細を尋ねる。
その問いにゆっくりとした口調で答える。
「とても似ているわ…懐かしい、雰囲気」
答えになっていない女の返答に若干の苛立ちを感じながらも再び誰何するヴァルハザク。
「あんたは誰なんだ?ここはどこだ?」
その言葉にゆっくりと目を開き、女は答えた。
「せっかちは嫌われるわよ坊や」
そして、手に持っていた刀を胸に抱き、答える。
「私の名は紅桜。貴方達の間では妖刀、とか呼ばれてるのかしら?」
紅桜と名乗った女の言葉にヴァルハザクは歓喜する。
(紅桜?やったぜ!大当たりだ。人間に姿を変える変幻自在の呪われた刀…まさか本当に存在してるとはな…)
その内心とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたまま場所の詳細を尋ねる。
「そうか、あんたが何者かは知らないがここは一体どこなんだ?」
その言葉に思わず笑いをこぼす紅桜。
「何がおかしい!」
「ごめんなさいね。でも、嘘はついちゃだめよ?」
まるで心でも読んでいる、とでも言いたげな紅桜の言葉に思わず本気で驚くヴァルハザク。
「う、嘘だと?」
「ええ、あなたは私を探していたんでしょう?じゃなきゃ、ここに入れないわ」
ここは精神世界、いわば紅桜の中だ。自身に触れたものの精神に作用し、自身の中へ引きずり込んだのだ。
「そうか…あんたがここに俺を呼んだのか?」
冷静な判断に紅桜は少し感心する。
「あら、驚いたり激昴したりしないのね。お金目当てで来た人達はほとんど取り乱していたけれど」
紅桜の言葉にニヤリと笑うとヴァルハザクは堂々と言い放った。
「俺は強くなりたい。そのために強い武器、強い力が必要だ。強者と戦えるのに取り乱すわけないだろう?」
傲岸不遜という言葉が相応しいその態度に紅桜は苛立つどころかむしろ歓喜すら感じていた。
「ふふふ…嬉しいわ、私と同じ考えなのね。強いヒトと戦えることほど嬉しいことは無いわよね…」
言葉と共に紅桜の覇気と殺気は増していき、常人ならば立っていることすら出来ないだろう。
だが、ヴァルハザクはそれを一身に受けて尚、堂々と立っていた。
苦虫を噛み潰したような顔ではなく、ギラギラと目を輝かせ口元を釣り上げた笑みを浮かべていた。
「いくぜ!跪かせて俺のものにしてやる!」
「ふふ…威勢のいい坊やは好きよ。たっぷり躾けてあげるわ」
そして、常人には観測すら不可能な命のやり取りが始まった。
◇◇◇
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「あら、もうばててしまったの?口先だけなのかしら」
紅桜の挑発に血を吐きながら立ち上がり、刀を構えるヴァルハザク。
「抜かせぇぇぇ!!」
上段、下段、中段、突き、流れるような動作で打ち出される刀を紅桜はいとも容易く捌く。
未だ完全には刀を抜いておらず、受け止める時のみ僅かに抜くだけであった。
「はぁ…はぁ…くそ…!舐め…や、がって…」
相手にされていないと言外に言われているようでヴァルハザクは苛立ちを隠せない。
「坊や…期待していたけれど…外れかしら」
さらに紅桜からの挑発を受け、激昴するヴァルハザク。
「ふざ…けん…な…!ま、だ…やれる…ぜ…」
口ではそう言っているものの満身創痍のヴァルハザクは焦点すら定まっていなかった。
「ふぅ…無理はしちゃダメよ。少し期待はずれだったけれど楽しかったわ」
そして、ヴァルハザクの首に刀を当てる。
「まだ来るといいわ。その時はもっと楽しませてちょうだいね」
だが、ヴァルハザクは倒れなかった。
紅桜の刃を歯で受け止め、持っていた刀で切りつけたのだ。
「っ…!…無茶するわね」
「はぁ…はぁ…まだ、だ…俺はまだ…」
半ば無意識で刀を構え、紅桜に向ける。
「そうね。まだやれそうね。だったら居合い勝負よ。本気で来るといいわ」
とうとう刀を全て抜いた紅桜は手加減なしの殺気をヴァルハザクへ向ける。
「いくわよ」
「俺は…まけ…ねぇ!」
紅桜はヴァルハザクに、ヴァルハザクは紅桜に視点を固定したままお互いに向かって走り出す。
そして2つの影が交差し、静止する。
頬から僅かばかり出血した紅桜は刀を一振すると鞘に納めた。
その瞬間、ヴァルハザクの刀が木っ端微塵になり、本人も全身から血を噴き出させる。
「終わりよ。坊や」
その言葉と共にヴァルハザクの意識は闇に包まれた。
◇◇◇
「ぐっ…!ゲホッゲホッ…」
目を覚ますと冷たい地面の上に寝そべっていたヴァルハザクはあたりを見回し自分が生きていることを実感する。
「くそ…あんなに強いなんて…」
そして、紅桜の強さを改めて知り歯噛みする。
「いつか絶対に─あん?」
拳を握り締めたヴァルハザクだったが、その手が何かを握っていることに気付き、目をやる。
「っ…?!こ、これは…」
その手には小ぶりの太刀─脇先と呼ばれるものが握られていた。
◇◇◇
血の海に佇む美女が一人、口元に笑みを浮かべていた。
「私ったら馬鹿みたいね。昔のオトコに似てるからってあげちゃうなんて」
その手には紐─刀を腰に差すためのものが握られていた。
「私自体はあげられないけど、妹ならあげるわ。精々大切にして使いこなしてちょうだい」
その言葉を皮切りに霧が立ち込め出し、当たりを包み込む。
「あぁ…誰か私を殺して」
微かな美声が紅く響いていた。
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