第24話 剣聖との仕合

「ワシのギルドで騒いでいるのはどこのどいつだ?」


その声に傍観していたものたちは震えあがり、無関係なことを雰囲気で醸し出していた。

彼の名はヴァルハザク、冒険者ギルド:アルゴネア支部のギルドマスターであり、現役のハンターでもある。


ヴァルハザクは辺りを見回し、現場の惨状にため息をつく。そして、シノアの手に握られた刀を見て片眉を面白そうに吊り上げる。


「ほう?ワシの刀を盗みに来たのか?」


ヴァルハザクはシノアが男に絡まれ、仕方なく刀を使っていたことをもちろん知っている。知ったうえでわざと言っているのだ。自分の愛刀を使いこなす者と戦うために。


「いいえ、違います。そこの人から投げられて…仕方なくですよ」


丁寧に否定するシノアだったが、ヴァルハザクの目に宿った炎を見て直感的に刃を交えることになるだろうと察知していた。


ヴァルハザクはシノアの周りを見回し、フィリアを見た瞬間なぜか目を見開いた。

だが、すぐに視線をシノアに戻し口元を吊り上げる。


「クックックッ…なんと数奇な運命かな。小僧!どうしてもお前と戦いたくなったぞ」


そういうと腰にさしていた刀に手を伸ばし、右手を目貫の部分に添え構える。


一方シノアはこの世界の人たちはどうしてすぐ喧嘩したがるのだろうか…と悲嘆していた。


「む、そうか、その刀では短すぎるな。小僧、その刀に魔力を込めてみろ」


一向に構えようとしないシノアに武器が不満なのか、と勝手に自己解釈したヴァルハザクはシノアに指示を出す。


「は、はぁ…」


しぶしぶといった様子で持っていた刀に魔力を流すシノア。

すると、せいぜい一尺半程度しかなかったシノアの刀がみるみると伸びていき、倍以上の長さとなった。

突然の変化にシノアが目を丸くしていると―


「ほう…一発でそれを成し遂げるとは…ますます貴様と戦いたくなったぞ」


なぜか感心した様子でヴァルハザクが笑む。

その様子にもう逃げられないと覚悟を決めたシノアは伸びた刀を刃を上に、柄の部分を顔の前に持つという攻撃を受けやすい構えを取る。


「行くぞ、小僧!」


その言葉と共にヴァルハザクの姿が掻き消える。シノアが狼狽えていると脇腹に認識不能な衝撃が響く。

「うっ…グハッ!」


今まで感じたことのない痛みに悶えるシノア。口の中に生臭い鉄の味が広がる。


なんとか痛みを抑え込み、ヴァルハザクの方を見るとシノアは驚きのあまり目を見開いた。


ヴァルハザクはなんと、近場の椅子に座り堂々と酒を飲んでいたのだ。


「休憩は終わったか?」


悪党顔負けの笑みとともに放たれた言葉に思わず歯噛みするシノア。


先ほどの酔っぱらいの男との戦闘で分かる通り、シノアは強い。フィリアにみっちりと剣術と対人戦を教え込まれたことにより、冒険者の中でも上位に入る強さだ。

それゆえに、自身の努力により培ってきた自信を粉々にされた屈辱は半端なものではないだろう。


シノアとて、勝てるとは思っていなかった。相手は冒険者ギルドの長であり、相当な実力者であることは予想していたのだ。だが、それでもある程度善戦はできるだろう、それこそ剣を弾くぐらいはできるだろうと踏んでいたのだ。

しかし、結果は残酷だ。善戦どころかまともに相手にされていない。


「ぐっ…!ま、まだだっ!」


悔しさから少々乱暴な攻撃を繰り広げるシノア。

対してヴァルハザクはまるでそよ風のごとくそれらを捌いていく。それはまるで舞い、洗練された剣捌きは弾く者の体力を最小限に、そして弾かれた者の体力を最大限奪っていく。


距離を置き、片膝を着いて呼吸を整えるシノアにつぶやくようにヴァルハザクが告げた。


「小僧…お前さんの実力は相当だよ。お前さんがさっき戦ってたのはゾイル…別名、鬼斬のゾイルと呼ばれるC-ランクの中でもかなり上のやつだ。そいつを相手にお前さんは完璧に立ち回った」


思わぬ称賛にヴァルハザクを訝しむシノア。

そんなシノアを無視してヴァルハザクは言葉を続ける。


「だがな…お前さんの剣には迷いがある。人を斬るという覚悟…いや、生物を斬るという覚悟が圧倒的に足りんのだ」


するとヴァルハザクは抜いていた刀を納刀し、シノアに背を向ける。


「恐れるなとは言わん。だが、その恐れをいつまでも放置しておけばいつか大切なものを失うことになるぞ」


それだけ言うと奥へと消えていった。


残されたシノアは自分に足りていなかったものを指摘され歯噛みする。ヴァルハザクが言った“大切なもの”の意味を理解しているが故に。


◇◇◇


シノアがギルドマスターと刀を交えたその夜、冒険者ギルドはいつにも増して喧騒に満ちていた。

カウンターで独り酒を呑んでいるのは冒険者ギルドのギルドマスターであるヴァルハザクだ。

そんな彼に近付く女が一人。


「相変わらず喧嘩癖は治ってないんだね」


フィリアだ。フルーツカクテルを片手にヴァルハザクの隣に腰掛ける。


「試したくなったのですよ。貴女の傍にいるに足る人物がどうかを…」

「変わってないな~それでどうだったの?シノアは合格?」


歴戦の戦士といった面持ちのヴァルハザクが冒険者にも見えないフィリアに敬語を使っているのは滑稽に思える。


「彼はおそらく召喚者でしょう?召喚されるのは14.5歳であることが多い。鍛錬を始めて1年も経っていないのにあの腕前というのは正直、末恐ろしい。さすが貴女の弟子というだけある」

「あはは、それ自画自賛してるの?」

「私は15で貴女の元を去った。当時の私とあの小僧とでは、私の方が分が悪いでしょうな」


2人は自然に会話をしているが内容はかなり矛盾している。

まず、ヴァルハザクは今年で65だ。50年前にフィリアの元を去ったというと少なくともフィリはヴァルハザクよりも年上でなければならない。

だがフィリアはどう頑張っても20歳程度にしか見えない。下手をすれば10代でも通る見た目なのだ。


「そうだね、本当にわんぱくだったからね~」

「貴女が下さった名前のおかげですよ。嘗て龍を打ち破った英雄の名を与えるなど…」

「うぅ…だから名前のセンスはないって言ったのに…てか!嫌なら変えればいいでしょ!」

「せっかく貴女からもらった名を簡単に変えられるわけがないでしょう…」


傍から見ればとても砕けた関係であるように見える二人だが、ヴァルハザクに少し緊張の色が見られた。


「…まさか、こんなところで再会できるとは思ってなかったよ」


フィリアが笑みに憂いを含ませ呟く。


「まさか私もこんなところで母とも呼べる貴女と再会できるとは夢にも思っていませんでしたよ」

「懐かしいね。たしか7歳だったかな?ヴァルを拾ったのは」

「ええ、その頃でしたな。あの頃の私は何も知らない子供でした」

「ふふ、なにそれ?なんだかお年寄り臭いよ」


しばらく二人は昔話に花を咲かせ、酒を酌み交わした。

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