第23話 冒険者ギルド

「勝ったら欲しがってた魔導書買ってあげるよー!」


フィリアの言葉にシノアが俯き、雰囲気が一瞬で変化する。


「…あの、これって武器と魔法の使用は禁止なんですよね?」


突然のシノアの感情のこもっていない問いに面食らうフラギリスだったが、なんとか気を取り直し答える。


「お、おうよ。もちろんだ」

「じゃあ、スキルの使用は?」

「スキル?お前、やっぱりスキル持っていやがったな」


二度目のシノアの問いに今度はにやりと笑い、答える。


「もちろんだ。持てる力すべてで俺にかかってきな!」

「そうですか、安心しました」


するとシノアが顔を上げる。

そして、その目を見てしまった。


瞬間、目を合わせたフラギリスに背中を百足が這いまわっているような悪寒が訪れる。

シノアの目には感情など一切なく、ただ目の前の獲物を狩るという意思が存在していた。


(ま、まずい、来る?!)


フラギリスが殺気を感じ構えを取った刹那、試合が動く。

シノアが今までの動きがお遊びに思えるほどの速度でフラギリスに後ろ回し蹴りを放った。

ぎりぎり反応できたフラギリスだったが、せいぜい腕を交差させ防ぐことしかできなかった。

結果、シノアの蹴りの衝撃が腕を介して脳天に浸透し、意識が飛びかける。


(ガハッ…なん…て、重い蹴りだよ…)


失いかけた意識を気合で取り戻し、シノアの動向を探ろうとするフラギリスだったが認識できないほどの速度で放たれた正拳突きにより、完全に意識を失った。


唖然とする観客と受付の男。


「ふう…えっと、これで勝ち…でいいんですかね?」

「え?あ、あぁ勝ち…なのか…?」

「気は失ってるみたいですけど…」

「…ほんとだ。な、なんてガキだ…恐ろしい…」

「約束のお金もらえますか?」

「あ、あぁ約束は約束だからな。ほらよ」


多少投げやりになりながらもフェンスが詰まった袋をシノアに投げる。

シノアは軽い動作で受け取るとスキップをしながらフィリアの元へ戻る。


「なんだったんだ?最後の」

「さぁ…お前見えたか?」

「いや…気づいたらあの子が懐にいて大男の腹にこぶしが…」


観客たちはようやく思考が追いつき、シノアの見事な動きを称賛する。


「坊主やるな!」

「すごかったぞー」

「また会いに来てくれ!」


拍手する観客たちを背にシノアとフィリアはその場をあとにし、当初の目的通り冒険者ギルドを目指す。


「シノア、すごかったねぇ。最後の体術スキル?」


試合を一部始終、先生として見ていたフィリアが思わず感嘆の声をあげる。


「はい…正直、使えるかどうかはわからなかったんですけど、気合でなんとか…」

「あれ、たしかLevel2の刹那蹴りとLevel1の意識搾取だよね。同時に使うなんてやるじゃん」

「た、たまたまですよ」


そう言いつつも、まんざらでもない様子で頬をかくシノア。


この世界のスキル、特に戦闘系スキルにはほとんどの場合、Levelごとに奥義が存在する。この奥義の存在こそ、スキルの有無が戦闘能力の測りになることの原因だ。努力して後天的にスキルを身に着けたものと先天的にスキルを所有していたものとでは、ほとんどの場合後者が強く、奥義も使いこなすことができる。それは直感的に身体がスキルの使い方を覚えているからであり、天性の才能といったところだろう。


また、スキルの利点は戦闘能力の向上だけではない。スキルがあれば騎士団に入団できたり、冒険者ギルドで一定のランクまで引き上げることができたりと生活にもかなり役立つのだ。会社などで資格を持っていたら給料アップ…と似たようなものだ。


「執念だねぇ…そんなに魔導書ほしかったの?」

「そりゃそうですよ!あれ高いし、大きな街じゃないと売ってないですから」

「それでも同時に使っちゃうとはね…まぁお金に余裕出来たからいっか」

「よかった…」

「魔導書買うなら武器買う余裕がないかもね。ついでだし、ギルドで稼いじゃおっか」

「はい!まずは登録しなくちゃですよね。こっちの道であってるんでしょうか?」

「うーん地図にはあそこの角を曲がったところって書いてあるんだけど…」

「あ!あれじゃないですか?」


シノアが指さした先には西部劇に出てくる酒場にしか見えない建物があった。

だが、看板にはきちんと“冒険者ギルド:アルゴネア支部”と書かれている。


「あぁ!間違いないね、ここだよ」

「なんだか酒場みたいですね…すごい声も聞こえる…」

「冒険者ギルドはだいたいそんな感じだよ」


苦笑いしながらフィリアが言い、ギルドの入り口ドアを開く。

その瞬間中から聞こえていた豪胆な笑い声や怒声はぴたりと止み、代わりにいぶかしむような視線が入り口に集結する。


「な、なんだかすごく見られてますね…」

「冒険者ってだいたい男の人ばっかりだからね。珍しいんだよ」


堂々と受付に歩いていくフィリアとは打って変わって、シノアは男たちの視線にビクビクしながらフィリアの後ろをついていく。

だが、その歩みを拒む者がひとり。


「待ちな!ここは女子供の来る場所じゃあねえ。帰った方が身のためだぜ?」


いかにも雑魚といった感じで登場したのは机に突っ伏したまま酒瓶を加えていた男だ。顔が真っ赤に染まっており、酒に酔っているのかフィリアの美貌に酔っているのかわからない状態だ。

そんな男に冷たく言い放つフィリア。


「冒険者ギルドは実力至上主義では?」

「あぁん?俺様がてめぇみたいな見てくれだけ一丁前のやつに負けるだァ?」


フィリアの言葉に思わず拳を上げ牽制する男。寸止めのつもりだろうが、酔って千鳥足になっている状態では難しいだろう。

だが、男の拳がフィリアに届くことはなかった。


「っ!この、ガキ!」

「フィリアさんに手は出させない!」


シノアが拳を薙ぎ払ったことにより大きく体勢を崩し尻餅をつく男。それを見た周りは男の失敗を嘲笑する。傍から見れば男が空振りし、勝手にコケたようにしか見えなかっただろう。


「いいぜ…そんなに俺と遊びてぇなら遊んでやるよクソガキが…」


周りから笑われ、子供に軽くあしらわれたことが男のプライドを傷付け暴力的な行為に走らせる。


「オラァ!オラオラオラァ!」

「ぐっ…」


男の猛攻に思わず身構えるシノアだったが、思ったよりも軽く、簡単に捌けてしまうことに驚く。

そして、それを口に出してしまう。


「あ、あのもし手加減されているようでしたら奥は大丈夫ですから全力を出してもらってもいいんですけど…」

「………」


シノアに悪意は一切ない。

もう一度言おう。シノアに悪意は一切ないのだ。

だが、完全に挑発と取れるそれを聞いた男は頭の血管をピクピクさせながらイスにかけてあった剣に手を伸ばす。


「へ、へへ、へ…ふざけやがって…このガキがァ…!」


そして、怒り心頭といった様子で大振りのバスターソードを振りかぶりながらシノアに飛び掛かる。

さすがに武器を使われることは予想外だったのかシノアの顔には驚きが見えた。


「ぶ、武器は卑怯では?!」

「っるせぇ!!てめぇは刻んでやらァ!」


剣筋を完全に見切り難なく躱すシノアだが、傍から見れば万事休すといった様子だ。


「おい!こいつを使いな!」


傍観していた男の一人がシノアに投げたのは軽く反りが入った剣、いわゆる太刀…正確には脇差と呼ばれるものだ。

日本にいたころに何度か目にした刀に思わず目を白黒させるシノア。


「そいつはギルマスが昔使ってた武器だ!そう簡単には壊れねえから使っちまいな!」


その言葉に思わず刀を投げてきた男の方を向き声をあげる。


「そんな貴重なものつかえ―っ!」

「へっ…余所見なんざ、余裕カマしてくれるじゃねえかよ…」


シノアの余所見は男には


“お前とか眼中にないですぅ、余所見しても勝てますぅ”


と受け取れた。切り刻まれたプライドをさらにミキサーにかけられたごとき所業に、男の頭の血管は破裂寸前だ。


「くっ…真剣の対人戦は慣れてないのに…」


そういいながら渡された刀を抜き放つシノア。


しばらく抜かれることすらなかったのか僅かに引っ掛かりを残しつつも、鋭い音を立てて抜刀されたその刀は、見た目だけで長年使いこまれていたことが素人目にもわかる。

だが、手入れが完璧に行われており、幽かに紅い刀身には刃毀れどころか傷一つついていない。

名刀という言葉がまさしく、ふさわしい美しい刀だった。


「す、すごい…」


滅多にお目にかかることができないような武器に思わず感嘆の声を上げるシノア。


「へっ、武器だけ立派でも扱えなきゃ意味はねぇよ。てめぇみたいなガキにその武器が扱えるわきゃねぇ!」


そう言い放ちながら男は、シノアに斬りかかる。直撃すれば致命傷は免れない位置だ。

だが、シノアの首に吸い寄せられるように放たれた斬撃が届くことはなかった。


「っ!このガキがァ!!」


右手を逆手にし、刃を下に向けられた刀にいとも簡単に受け止められたのだ。

必死にシノアの刀をはじこうとするが、決して子供の膂力とは思えない腕力に阻まれ拮抗状態となる。


「チッ!」


このままでは埒が明かないと思ったのか、男は後ろに大きく跳び体勢を整える。

一方シノアは呼吸ひとつ乱しておらず、余裕さえ窺えた。


「次からはもう容赦しねぇからな…」


シノアの様子に頭の血管をさらに太くした男は負け惜しみ染みたことを言いながら攻撃を放つ。


「セイヤァ!ハァ!ウラァ!!」


重々しい掛け声とともに、上段、下段、突き、右、左と様々な方向、力加減で打たれるが、それらはまるで約束稽古のようにシノアの刀によって完璧に受け止められる。


剣舞という言葉がふさわしいシノアの防ぎに思わず声を発するのを忘れ、見惚れる冒険者たち。


そんな中、勝負が動く。


「っふ…はぁ…はぁ…クソガキがぁ…あんま舐めてんじゃ―」


再び後ろに跳び、呼吸を整えていた男の姿が突然掻き消える。

数瞬の後、すさまじい音と共に男の姿が再び現れる。カウンターに頭ごと突き刺さった姿ではあったが。

もともと男が立っていた場所には筋骨隆々の初老の男性が仁王立ちしていた。


「ワシのギルドで騒いでいるのはどこのどいつだ?」

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