SS とある兵士の信仰
「あなた~起きて~」
あぁ…もう朝なのか。メリーの甘い声が聞こえる。
「ほら、布団にもぐらないで。今日は大切な日なんでしょう?」
そうだ、今日は異世界から勇者たちを召喚する日。遅刻などとんでもない。
「あぁ、もう起きるよ。そろそろ俺も兵舎で暮らしたいんだがな…」
「あら、そうなったら一緒に暮らせないわよ?結婚して2年しか経っていないのに、旦那様と別居なんて冷たいと思わない?」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべ舌を出す彼女を抱き締める。
「ははっ、それはそうだ。まぁ、王城近くの兵舎なんて王国騎士団の中でもエリート中のエリート、近衛騎士にでもならないと入れないから大丈夫さ」
「それならいいけど…さ、早く起きて。このまま二度寝するつもり?」
くぅーこのまま寝てしまいたい。
だが、今日の任務はいつにもまして重要なものだ。さっさと準備しよう。
◇◇◇
「皆、わかっていると思うが今日は召喚者達がこの城にやってくる」
兵士長の声が周囲に響き渡る。
「くれぐれも失礼のないようにしてくれ。それから、これは“語らいの指輪”だ」
言葉と共に天高く、赤い宝石の光る指輪を掲げる。
「召喚者達は異世界から来る。無論、言葉など通じないだろう。しかし、王宮兵士である諸君らはなにかと召喚者達と触れ合う機会が多い。そこで、第二師団の用意したこの指輪を装備してもらいたい。なにか異論はあるか?」
「はいはーい」
俺の近くにいた兵士が声を上げる」
「む、どうした?」
「この指輪任務終了後ってもらえるんすか?」
たしかにそれは気になる。
あの指輪はたしか、一つ売れば1年は遊んで暮らせる金が手に入るといわれている。王宮兵士といえど、安月給な俺たちには喉から手が出るほど欲しい代物だ。
「そんなわけあるか。任務終了後は返却だ。わかったら訓練に戻れ!指輪を取るのを忘れるなよ」
兵士長の解散の合図とともに周りは動き始める。
「シド、残念だったな」
「ギースか。まぁもらえたら嬉しかったんだがな」
「まぁ、そんな都合のいい話はないさ。ほら、今日お前見回りだろ?行って来いよ」
「わかってるさ。ちくしょーこいつがありゃぁ冒険者卒業できるんだがなぁ」
先ほど兵士長に指輪の所有について尋ねた男、シドが心底残念そうに愚痴る。
こいつは王宮兵士の給料だけでは家族を養えず、冒険者として危険な依頼もこなしている。
俺はメリィが宿屋をやってくれていることもあるから不自由なく暮らせている。看板娘があれだけの美人なら当然だがな。
◇◇◇
「おい、ギース。あれ見ろよ」
「ん?どうした」
シドの呼びかけに俺は剣を磨いていた手を止め、シドの指の先に焦点を合わせる。
そこには―
「ほぉーあれが召喚者たちか」
見たこともない素材の変な服を着た少年たちがいた。
「なんか、あんまり強そうじゃないな」
「あぁ、まったくだ。本当にあんなガキがいるだけで戦争に勝てるのか?」
周りの兵士たちは値踏みするような視線と共に召喚者たちを批評する。
まぁ、俺も同じ意見なんだがな。
どうやらステータスチェックに来たようだ。メリギトス様がお手本としてやって見せたが、その内容に兵士長が驚いていた。俺は遠すぎて直接は見えなかったが、神聖王国騎士団の4人しかいない団長のうちの一人なのだ。きっと、とんでもないのだろう。
そして、召喚者達もステータスチェックを終え、それぞれきちんと圧倒的な力を持っていたようだ。
最後に召喚者達の中で悪目立ちしていたあどけない顔の少年が終わり、周りが静まり返った。
「お、おい、どうしたんだろうな?」
俺は隣のシドに小声で尋ねる。
「あぁ、どうやらあの少年、レベルは最低の1だし、スキルもなし、それに加え魔法の適性や属性適性もなんもねぇみたいだ」
シドは遠視スキルを持っているのでこの程度の距離は簡単に見通せる。
「あちゃーかわいそうにな。送り帰されんのかな」
「まさか、第二師団にいる奴から聞いたが、返還の儀はまだまだ未完成らしい。殺されるんだろうよ。かわいそうにな」
あんな年端もいかない子供を殺すなんて…と思うが声を上げれば殺されるのは俺だ。かわいそうだが、自分の運命を受け入れるしかないだろう。
その無能だった少年を連れてメリギトス様が中庭を出て王宮内に入っていった。
「おい、ギース。お前に特別任務だ」
「はい?俺ですか?」
いったい何なんだ…胸糞悪い時に。
◇◇◇
本当に何なんだよ!
思わず俺は心の中でぼやく。
王宮兵士専用の転移紋を使い王都の外へやってきた。ここからさらに転移紋を使い、国の入り口付近まで移動する。そこから馬で迷いの森へ向かう。
自分の属性適性を恨む日が来るとは思ってもいなかった。
思い出すのはメリギトス様の言葉だ。特別任務だとか言われて連れていかれたのはメリギトス様の執務室。そこで、よりにもよって毒で痺れているあの少年を山へ捨ててこいと言われたのだ。
「よいか、召喚者たちにはくれぐれも気取られるな。王宮の裏通路を使い極力誰とも接触せずに行け。もし、失敗でもしようものなら…」
あの目を思い出すだけで体が震える。殺されたくはないし、逆らう気力もない。家で家族が待っているんだ。ここで死ぬわけにはいかない。
俺は釈然としない気持ちをごまかすように馬を走らせる。
迷いの森の入り口へやってきた。地面に魔法陣を描き詠唱を始める。
「“我、迷いし子羊の、案内人なり、樹々に隠され、閉ざされた真なる道、我が前に顕現せよ、
魔法陣が輝きだし、俺の目の前に光の玉のようなものが現れた。
俺は木属性に適性があるおかげで迷いの森でも迷うことなく、散策することができる。だからこそ、この任務に推薦されたのだろうが…
30分ほど歩いた位置で少年を降ろす。だが―
「ぅ…ぃあ……」
「あん?」
ふと何か声がして辺りを見渡す。
おかしい…確かに聞こえたのだが。
そう思い、少年を見下ろすと―懇願するような目でこちらを見ていた。
「ッ!……」
「た、たすけ…お、おねがい…」
既に身体全体に毒が回っているのだろう。しゃべるのがやっとのようだ。
「悪いな坊主…助けてやりたいのは…やまやまなんだが、お前を助けたことがバレれば殺されるのは俺なんだ…すまねぇ…家族がいるんだ」
俺は言い訳のようにそう吐き出すと、少年の横にべネノテングダケ―食べて数分で快楽を味わいながら死ぬとされている先ほど見つけたキノコを置いて、逃げるように立ち去った。
「ったく…なんて嫌な仕事だよ。これで安月給なんだからもう兵士やめて冒険者にでもなろうかな…」
少年が少なくとも苦しんで死ぬことがないように祈りながら俺は王宮へ戻った。
◇◇◇
10年後…
「あなた、起きて」
うん?メリーの声か。だが、今日の依頼は昼からのはずだ。もう少し眠れる。
「パパぁ!起きて~今日、釣りに行く約束~」
そういって俺を揺さぶるのはもう8歳になる娘、ルリアだ。
「あぁ、そうだった。わかったわかった。すぐに用意するよ」
すっかり忘れていた。仕方ない。昼まで時間はあるし、付き合うとしよう。
ベッドから身体を起こし、キッチンまで歩く。
「はい、これ、お弁当。今日の依頼はそんなに難しくないんでしょ?前々からルリアと狩りの約束をしていたし、ついでに連れて行ってもらえない?」
「そうだね。よし!わかった。ルリア、今日はパパと一緒に狩りにいくぞ!」
「ほんと?!やったー!!」
両手をあげて喜ぶ我が子に思わず頬が緩む。
「だけど、くれぐれも気を付けてね?最近、魔物が活性化しているらしいから…」
妻が心配そうに言うが大丈夫だ。俺は元とはいえ、王宮兵士として勤めていたんだ。ちょっとやそっとの魔物じゃびくともしないさ。
「あぁ、もちろんだ。それじゃ、留守番頼んだよ」
「ママ!いってきます!!」
手を振るメリーを背に俺は馬で30分ほどのところにある川へ向かった。
「ほら、ついたぞ」
「すごーい!おっきい!!」
はしゃぐルリアを肩車し、川の近くまで歩く。
「ルリア、まずはえさ探しだ。あそこの森に行って、探してきてくれるかい?深くまでは行っちゃだめだよ」
「わかった!パパと競争ね!」
まったく、なんてかわいいんだ。
トコトコと駆けていく娘を見ながらまた、シドに親バカと言われてしまう、などと考える。
あぁ、幸せだ。本当に兵士を辞めてよかった。
あの少年を処理したことは俺の中でトラウマになっていた。あんな年端もいかぬ子供を残虐な方法で処分する国に嫌気がさし、俺は隣国のクラルリーチェに亡命したのだ。最初は追っ手も来たが、人徳というのかなんというか、追ってきた兵士たちはみんな顔なじみで、国にはその場で殺害したと言うといって引いてくれたのだ。本当にいい奴らだ。ついでになぜかシドも冒険者を本業にし、この国に移り住んできた。引っ越し先が隣だったときはしばらくお互い笑いあった。
そんな風に過去を懐かしんでいるとルリアが森から後退りしながら出てくるのが見えた。
何をしているのかと思ったがその表情を見て凍り付いた。
「ぱ、ぱぱ…た、たすけ―」
ズドォォォン!!
地響きのような音と振動、次いでドタッという何かが地面に落下した音が俺の耳に届いた。
砂埃が消えるとそこには、頭から血を流し、倒れるルリアがいた。
「ルリア!!」
急いで駆け寄り状態を確認するが、生きているようでひとまず安心する。
だが、背筋の凍るような何かを感じ、視線を森の方へやるとそこには―
「グルルルゥ…」
呻りながら近づいてくる巨大なモンスター、熟練の冒険者パーティでも出会えば全滅は免れないといわれているグリフォンたちがいた。
一体でもいれば大規模な討伐隊が派遣されるというのに、それが5体だ。グリフォン級の魔物が集団行動するなど聞いたことがない。
俺は腰が抜けそうになるのを必死でこらえ、娘を抱きかかえ、走った。馬はグリフォンを一目見た瞬間一目散に逃げだした。
必死で走ったが、所詮は人間の脚力だ。翼があり、鋭い爪のついた強靭な脚には勝てるわけもなく、俺は簡単に囲まれた。
(あぁ、すまない、メリー。今日はお前のもとに帰れそうにない)
悲嘆し、生存を諦めかけた、俺の足元に突如魔法陣が出現する。
それは光系の魔法陣だったようで瞬く間に俺の周りに結界が張られた。
「な、なんだ?!」
思わず、声を上げる俺だったが、次の瞬間には声にすらならない悲鳴を上げる事となった。
「よかった。間に合いましたね」
森の方から悠然と歩を進める謎の人物が片手にグリフォンを掴んでいたからだ。
そして次の瞬間には俺の近くにいたグリフォンめがけて投げ捨てた。
「グギョォ?!」
グリフォンが驚いたような悲鳴を上げる。それを皮切りに周囲のグリフォンが謎の人物に殺気を浴びせる。だが―
「うん?」
次の瞬間にはその人物から先ほどのグリフォンたちの殺気が子供の癇癪に思えるほどの濃密な殺気が放たれた。優し気な笑顔を浮かべながら放たれたそれは、もはや物理的圧力さえもっていそうだ。グリフォンたちは思わず後退りをしている。直接浴びていない俺でさえ冷や汗が止まらない。
「ほう…抑えたとはいえ、これで逃げませんか。できれば殺したくなかったんですが…」
謎の人物は困ったような声を上げる。そして、片手をグリフォンたちに向け、一言呟いた。
「“
それと同時にグリフォンたちの足元と頭上に深紅に輝く魔法陣が出現する。
そして次の瞬間、辺りは紅く染まった。
結界の中にいる俺と娘は無事だが、グリフォンたちはそうはいかないだろう。だが、俺にはそんなことを考えている暇なんてなかった。
「火系…最上級魔法…それを無詠唱でこんな威力を…」
そんなことを考えているうちにグリフォンたちは骨さえ残さず消し炭となった。魔法に高い耐性を持つグリフォンを肉片すら残さず一瞬で消し去ったその力量は今の俺には到底理解すら及ばない領域のことだ。
「あの、大丈夫ですか?」
突然声をかけられ、挙動不審になる俺だったが、娘が重傷を負っていたことを思い出し、錯乱状態になりかける。
「る、ルリア!む、むすめが、け、けがして、それで、あ、あぁ…」
止めどなく流れる赤い液体に俺の心拍は急上昇していく。
そんな俺を謎の人物が落ち着かせる。
「落ち着いてください。ちょっと失礼しますよ」
そういって俺に娘を降ろさせ、状態を見る。近くで声を聴くと若い男…いや、少年といってもいいかもしれないぐらいだ。なんだか聞き覚えがあるような…いや、今はそんなことはどうだっていい。
「お、おい、あんたいったい何を…」
「僕は治療の心得があります。少し待ってください」
そういうと右手を娘の出血部に当て、静かに具合を確かめだした。
「ふむ、命に別状はありません。ただ、出血がひどい。このままでは―」
「そ、そんな!あんた、頼む!治療師を呼んできてくれ!ここから15分ぐらいのところに家が―」
俺が喚き立てるがその人物は毅然としていた。
「落ち着いてください。治療に心得があるといったでしょう?」
「だ、だがこんな大怪我はスキル持ちでもないと…」
そんな俺のつぶやきを無視してその人物は立ち上がり、おもむろにフードを外した。
そして、俺は違和感を覚えた。
別段美形だったわけではない。いや、整った顔はしている。美しく輝く銀髪に透き通るような白い肌、そして、一際目を引く、優しさをともした赤い瞳。だが、それだけだ。俺が前にいた国では銀髪や白髪は珍しくはなかったし、赤い目もいないわけではなかった。ただ、違和感がある。どこかで…
だが、俺の違和感は次の瞬間には思考の遥か遠くに追いやられた。
「治療術でも治りますけどそれだと失った血液までは厳しいので…ちょっと失礼しますよ…“聖母の微笑み、神々の加護、創造神の祝福、神の愛し子の祈り、全てを見通す、神の瞳、全てを癒す、神の手、失われた灯火に、再び光を与えよ、
突然、詠唱を始めたかと思うと、それと同時にメリアの身体が宙に浮かび輝き始めたのだ。だが、俺の驚きは最愛の娘が宙に浮かんだことなどではなかった。
(神官でもない人間が神聖魔法?!)
目の前の少年のような男は明らかに神官ではない。神官とは、基本的に教会か王宮にいるのだ。国外を旅することなどありえないし、まして、気まぐれに誰かを救うなど聞いたこともない。だが、目の前の人物は神聖魔法を使い、現在進行形で娘を癒している。信じられなかった。見る見るうちに娘の傷口が塞がり、顔色が良くなっていく。奇跡だった。
「さて、もういいかな。やっぱり神聖魔法はまだ上手く使えないな…」
ため息交じりにつぶやくと宙に浮かんだルリアを抱き上げ、俺に渡してきた。
「もう大丈夫ですよ。傷は塞がりましたし、失った血液も再生しました」
「あ、ありがとう…い、いったいあんた何者なんだ。あんなすごい魔法を無詠唱で撃ったり、神聖魔法を使ったり…それにどうして助けてくれたんだ…」
そんな俺の疑問にその人は答えなかった。ただ、微笑んで―
「さぁ、名乗るほどのものではありませんよ。助けた理由は…そうですね、目の前で苦しんでいる人がいて、その人を救える力を持っていたから…ではだめですか?」
少し誇らしげにそう告げる彼に俺は何も言えなかった。身に纏うオーラがあまりにも神々しかったから。今なら、教会で祈りを捧げている連中の気持ちがわかる。
「か、神よ…」
思わず俺の口から出た言葉に彼は少し驚いた様子だった。
「僕は神様なんかじゃありませんけどね。それでは、これで。あなたと娘さんに創造神のご加護がありますように」
彼は軽く礼をするとフードを被り、歩き去っていった。
俺はその後姿をいつまでもながめていた。
「パパ、パパ、あのおっきな魔物どこいったの?」
「あぁ、大丈夫だよ。神様がやっつけてくれたんだ。もう大丈夫だ」
最愛の娘を抱き締めながら自分に言い聞かせるようにそう告げる。あぁ、今日からは毎日教会に通おう。もう冒険者やめて、神父になるべきだろうか。
そんなことを真剣に考えながらルリアと手を繋いで俺は帰路についた。
この日、非常に信心深い神父が誕生したという。
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