第16話 暗躍する者達
「それで?身体を奪えなかっただけでなく危うく消滅させられかけたということか?」
玉座から降ってくる一切感情をのせていない声に、問い掛けられた本人はただ震えることしかできなかった。
「つまり、お前の話をまとめると、召喚者とはいえ、たかが小僧に精神面で敗北したと?お前、本当に天使か?いくら堕とはいえ…」
言葉は多大なる呆れを含んでいるがそれとは対照的に一切の感情を含んでいない声色に天使の恐怖が増していく。よく見ると声色の主の両手両足には拘束具がついており、足を組みなおすたびにじゃらじゃらと音を立てる。その音が天使の恐怖の増大させる。
とうとう、あまりの恐怖に耐えかね、天使が言い訳を口にするが―
「も、申し訳ありません…し、しかし!身体を完全に掌握しかけた時に忌々しい神の波動を感じまして―」
その先が天使の口から発せられることはなかった。天使が片膝をつき、震えていた場所には天使であった何かと血だまりが存在するだけだった。
「…私がいつ発言を許可した。少しは礼儀を知れ」
玉座に堂々と鎮座する何者かはため息をつきながら煩わしそうに天使だった肉塊を見つめる。
「ソリス様、失礼いたします。
ソリスと呼ばれた者は声をかけてきた執事のような男の問いかけに応えることなく男を木っ端微塵にした。
「お前はいくつだ。敬語の正しい使い方を身に着けろ。最上級敬語使うなら最初から使え。それから私を愛称で呼ぶな」
そう吐き捨てると両手についた拘束具を撫でる。
しばらく場を沈黙が支配した後、堂々とした態度でソリスに近づく者たちの足音が響く。
「あんたの周りはいつも血みどろなんだな。あんたの兄上様からの呪いかねぇ?」
「口を慎め、“傲慢”。申し訳ありません、破壊神様。突然の訪問と無礼を詫びます」
「プライド・ルシファー、ラスト・アスモデウス、久しいわね」
気安い態度で玉座に座る者に話しかけたのはプライド・ルシファーと呼ばれた男、それを窘めたのはラスト・アスモデウスと呼ばれた女だ。天使と悪魔の名を冠し、どちらも人とは思えないほど優れた容貌をしている。
「お久しゅうございます、
「その呼び名はやめてくれない?私はあんたの母親なんかじゃないってーの。暇だったから堕としてみただけのこと」
「おーおー謙虚なこって」
最初に消された男と木っ端微塵にされた男よりも遥かに失礼な態度であるにも関わらず、破壊神と呼ばれた者には怒りなど微塵も感じない。むしろ旧友との再会を喜んでいるかのようだった。口調も威厳をかんじさせるものではなく親しみを感じさせるものに変わっている。
「破壊神様、折り入ってお耳に挟んでおきたいことがございます」
「その呼び名はよせと何回言ったらわかる?あんたはほんと変わらないね」
「はっ、申し訳ありません。では改めましてデア・ソリス様、本日は報告があってまいりました」
「なに?」
「実は神聖国家イ・サントがイリニパークス共和国との戦争に勝利いたしました」
「ふーん、それで―ってちょっと待ってイリニパークス共和国って―」
ラストと呼ばれる女の報告にどうでもよさそうに耳を傾けていたデア・ソリスだったがラストの言葉に思い出したように自身の言葉を遮る。
「はい、魔人族の国です」
「…そう、負けたの。まぁ、たしか今の王は激甘だったからね」
「はっ、人間族を殺めることを渋って敗北した模様です」
「馬鹿ね。人間族なんて生きている価値はない。殺すだけよ」
吐き捨てるようにそう、呟いた。
「かの国が敗北したことにより、悪魔が召喚される機会がかなり減りました。“強欲”すら外界に行くことを渋っております」
「面倒ね。悪魔召喚自体は欲望にまみれたバカな人間たちが行うでしょうけど、魔人族が人間族に虐げられているというのは気に食わないわ」
「はっ、それ故意見を伺いたいと思い参りました」
「なんつーかよぉ、要は人間族の国ぶっ壊せばいい話なんじゃねぇのか?」
ソリスとラストの会話にめんどくさそうに口を挟むプライドだったが、ラストから人すら殺せそうな強烈な視線を受け、押し黙る。
「あっはは、あんたは単純ね。まぁ、召喚者が何人いようともあんた一人で潰せるだろうけどね」
その言葉に喜色を浮かべるプライドだったが―
「だったら!―」
「でもダメ」
すぐにソリスからストップがかかる。
「な、なんでだよ」
「数千人程度だったら気づかれないだろうけど数十万、数百万って人間族を殺せばアイツが動くに決まってるだろう?」
「だけどヤツはあんたと同じで肉体を持っていないんだろ!だったら―」
「“傲慢”!」
突然、自分の罪障名を隣で頭を垂れる“色欲”に呼ばれたことで我に返るプライド。
その視線の先には禍々しいオーラを纏い、玉座の手掛けを握りつぶしているデア・ソリスの姿があった。
「くっ…し、失礼した。わ、悪気があったわけじゃねぇんだ…」
「いいさ、お前はいつも少し余計なところまで言う癖があるからね。私だって慣れているさ」
段々とオーラが消え、威圧から解放された二人は深く息を吐く。
「大変失礼いたしました、デア・ソリス様。それで、神聖国家への対応はいかがいたしましょうか」
「あぁ、放置でいいさ。もし、何かあれば私に知らせるといい」
「はっ承知いたしました。それからこちらは手土産です」
そういうとラストは懐から一枚の羊皮紙を取り出し息を吹きかける。するとその羊皮紙は姿を変え、鳥になると命が芽生えたかのように飛び立った。その鳥は差し出されたソリスの手のひらに留まり再びただの羊皮紙に戻った。
「これは?」
「デア・ソリス様が探し求められていた“器”の姿絵でございます」
「ほう…」
そこに描かれていたのは少し長めの銀髪を水で遊ばせた少年、紛れもないシノアの姿であった。
「これはこれは…くっくっくっ…」
笑みをこぼすソリスにラストが訝し気に尋ねる。
「どうか、なさいましたか?」
「いや、なんでもないさ。偶然というのは恐ろしいと思ってね」
そういうとシノアが描かれた姿絵を握りつぶし、窓から空を眺める。
濁り切った空には無数の雲とその間にいくつかの鎖が見え隠れしていた。
「これは偶然か必然か、神すらも悩むことがあるとは思わなかったよ。ねえ?兄様」
独り言のように呟きソリスはただ孤高を眺め続けた。体に纏わりつく鎖を愛でながら過去に決別した兄を思う。
「いつかこの手で跪かせてやる…創造神デウス・クレアトール!」
美しい声音が巨大な城の中を木霊していった。
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